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3.公爵令嬢のしあわせ

「まあ、ブリジット様。素敵ですわ。今まではお屋敷の中だけでしたのに学園でも解禁することにしたのですね?」


「ええ。実はお父様が屋敷の中だけでなく学園内ならいいのではないかと言ってくださったの。何だか恥ずかしいけど思い切ってみたわ」


 彼女はヴィンセント様の一人目の元婚約者候補でアッカー侯爵令嬢のチェルシー様だ。私たちは気が合い所謂親友だ。私の趣味である小説や観劇に共感してくれる同志であり、私の派手な恰好を知る数少ない一人だ。

 チェルシー様は女性の地位向上を進める宰相様である父君を敬愛している。なので時代錯誤のヴィンセント様では考えが全く合わず、最初から婚約者候補を降りると言っていた。陛下に頼まれて(真逆な人間同士が惹かれ合うことを陛下は期待したようだ)形式的に三カ月ともに過ごしたが、会うたびに頭の血管が切れそうと憤っていた。ヴィンセント様はプライドが高いのでこちらから断ると怒りそうだから、断られるように仕向けたそうだ。


(怒りで頭に血が上るのはすごくよく分かる!)


 そして正式に候補を辞退した次第である。

 ちなみにチェルシー様が誉めてくれたのは今日の私の格好だ。


 元々の私の髪はハニーブラウンだ。綺麗だと言われるがたまには変化って必要だと思う。だから今日の髪型は趣向を凝らした。左右にツインテールにしているが片方はピンク色で片方は水色だ。これは残念ながら付け毛で本当は染めたいのだが髪が傷むと侍女に強く止められ断念した。この髪型は今読んでいる本の主人公を真似してみました!


 カラフルって楽しい。髪色を変えただけでも気分が明るくなるし自分の新たな面を見い出せた気持ちになれる。

 どうせならと制服のスカートの裾やブラウスの袖口には大きなフリルを付けて可愛さアップを図っている。自分でもちょっとやり過ぎているのは理解しているが、成人して社交界に出たらさすがにこんなことは出来ないので、学生ならではだと許して欲しい。ちなみにキラキラなスカーフも巻いている。もちろん家族の理解を得た上での行動だ。ちゃんと出発前に今日の格好の可否の確認は取っている。


 一応、教師たちには朝一で許可を貰いに行った。困惑していたが「まあこのくらいなら」と許してくれたので(諦めているとも言う)問題ないだろう。この学園は制服でも私服でもいいことになっている。制服のアレンジ不可の校則もないのでダメと言えなかったのだ。


 なぜこんな格好をしているのかと言えば、今私の心を占める小説が『世界に彩りを~令嬢は社交界を鮮やかに染める~』という、伯爵令嬢が奇抜なアイデアで人気デザイナーになっていくサクセスストーリーなのだ。彼女はとにかく派手。最初はみんな眉を顰めるが段々と受け入れられ、大人気のデザイナーになっていく。その主人公に影響されてちょっと……それなりに派手にしている。主人公の口癖は「どんなに派手でも可愛ければ許される!」その言葉は私の心の指針だ。ちなみに弟は遠い目をしていた。


 男子生徒たちは目を丸くして驚いているが女子生徒たちは「真似してもいいですか?」と言ってくれている。みんな刺激を待っていたのかしら? とにかく嬉しい!


 教室でチェルシー様と一緒に女子生徒たちに囲まれ小説の意見交換をする。この時間はブリジットにとって大切なものだ。楽しく談笑していたら後ろから小さい声で呼ばれ振り返った。


「まさか……ブリジットなのか?」


「はい」


「…………」


 そこにはヴィンセント様がいた。クラスが離れているしすでに婚約者候補でもないので用はないはずだが、何をしに来たのだろうか。一応挨拶はしておいたほうがいいかなと思い向き合ったら、その瞬間に彼は白目をむいてそのまま倒れた。

 

「え? なんで? ……」


 これ、何かの罪になります?


 どうやらヴィンセント様は私の派手な姿に驚いて失神したらしい。傲慢不遜な彼がそんな繊細な心を持っていたとは驚きである。そのまま疎遠になると思いきや……。


「ブリジット。よかったら観劇に行かないか?」


 何故か度々、お茶や外出に誘われるようになった。よほど頭を強く打ったに違いない。


「申し訳ございませんがお断りします」


「……なぜ?」


 ヴィンセント様は断られると微塵も思っていなかったようで困惑している。その困惑に困惑してしまう。私はもう婚約者候補ではないので交流を持つ必要がなくなった。こちらこそなぜ誘うのか聞きたいが、藪をつついて蛇が出ては困るので聞き返したりはしない。


「私は観劇が大好きです。一緒に行くのはこの気持ちを理解してくれる人がいいのです。それに殿下にとっては時間の無駄なんですよね?」


 ヴィンセント様はぐうと唸ると弁解を始めた。


「あの時の私は先入観で物事を決めていた。愚かだったと思う。謝ってやってもいい。その姿も慣れれば新鮮に感じて嫌じゃない。最近のブリジットは楽しそうで、その……一緒に過ごしてみたくなった」


 反省している言葉が聞こえたが態度が大きすぎて全く響かない。むしろ癇に障る。彼の語尾が小さくなっていく。最後に小さな声で「無邪気な笑顔に惹かれた」とか聞こえた。なんですかそれ? あなたが頬を染めても可愛いとか一ミリも思わない。

 それに謝ってやってもいい? ――――。謝ってもらわなくて結構です。今更……面倒くさいなあ。失神するほど私の姿に驚いたのにどこに興味が湧いたのか謎だ。それに私のことは『無』なのでしょう?(この言葉はかなり根に持っていますよ)


「私ではお力になれないと思います。殿下に於かれましては新しい婚約者候補が内定したと伺っております。どうぞ、そのご令嬢を誘って差し上げて下さいませ」


 新しい候補者がいるのに他の女性を誘うなど不誠実だと思う。


「いや、私は――」


 殿下がなおも話を続けようとするので不敬を覚悟でそれをぶった切った。


「では、失礼します!」


「あ――――」


 私は身を翻しまだ何かを言おうとするヴィンセント様の前から消えた。婚約者候補じゃなくなってから「無邪気な笑顔に惹かれた」とか言われても困る。自由に振る舞った途端好かれても、今までの努力していた私を否定されたような複雑さも感じる。


 何よりも私には新たな婚約の話がある。チェルシー様のお兄様のチェスター様だ。彼はチェルシー様と一緒に我が家に遊びに来ていたので私の本性を知っている。


 アッカー侯爵家は服飾系の仕事で繁盛している。彼は私の流されやすい性格を受け入れ「流行って大事だよね」と派手な恰好を好意的に受け入れてくれた。なんなら絶賛してくれる。小説にハマっては流されまくる口の悪い公爵令嬢である私を好きだと言ってくれる稀有な人なのだ。挙句の果てには派手な恰好のままの私を「デートに行こう」と誘ってくれた。派手な恰好は基本的に自邸だけなのだが彼は一緒に歩いてくれるという。その言葉に胸がときめいた!!


 もちろん好かれてると単純に浮かれている訳ではない。この派手さが家の事業の利益になる可能性や私が公爵家の娘であるメリットもあると思うがそれでも私はチェスター様に惹かれていた。


 まだ具体的に話は進んでいない。とりあえずお互いの距離を縮めている最中なのでヴィンセント様に邪魔をされたくない。

 ヴィンセント様が今までの言動を反省し歩み寄ろうとしてくれるのは気付いているが、それでもうまくやっていけるとは思えない。私は自分の感情を抑えなければ過ごせない人と結婚したくないと知ってしまった。その点チェスター様は親友の兄だと思って最初から私の素を見せてしまっていたので我慢する必要がない。そんな私でいいと望んでくれている。もちろん結婚すれば立場を弁えて外では相応に振る舞うつもりだが屋敷の中くらい自由でいたい。


 もう、私の心は決まっている。密かにチェルシー様に相談したら「私たち姉妹になれるのね!」と喜んでくれた。


 ヴィンセント様の横やりが入る前にチェスター様に婚約したいとお返事しようと思っている。私はお父様に話を進めてもらうことを決め、ウキウキと軽い足取りで屋敷に帰っていった。

 




 そのころ教室には一人取り残されたヴィンセントが歯を食いしばり床をじっと凝視していた。


 ヴィンセントは父に敬愛するお祖父様の話を聞かされても嘘だと思っていた。それでも気になってずっと仕えてくれている執事に確認すると父の言葉こそが本当だった。勇気を出して隠居しているお祖母様に話を聞きに行くと、出てくる出てくるお祖父様の愚痴! 愚痴どころか呪詛だった。このままだと自分も将来の伴侶に嫌われる。何なら呪い殺されるかもしれない。

 お祖母様は帰り際に言った。


「ヴィンセント。あなた、このままならお祖父様の二の舞になるわね。ふふふ」


 意味ありげに目を細め口角を上げる姿が鬼女に見えた。こわいこわいこわい!! 確かに幼い頃にお祖母様にはもっと女性に優しくしなさいと口を酸っぱく言われていたが、お祖父様は豪快に笑いながら「女に媚びるな」と言っていた。その未来がこれなんて…………。


「そんなの嫌だ――――!!」


 ヴィンセントはこの日から心を入れ替えたのだが、不遜な態度はそうそう変えられない。

 実は最初に派手なブリジットを見た時はドン引きした。自分の好みは清楚でお淑やかな女性だ。一歩下がって自分を支えてくれるような人がいい。今のブリジットは真逆で足早に自分の前を颯爽と歩いているイメージだ。


 ところが慣れとは怖いもので見ているうちにそこに惹かれ始めた。なんだか新鮮でイイ! どんな姿でも気品は失われていない。さすが生まれながらの公爵令嬢だ。なにより屈託ない笑顔に見惚れてしまう。そうなると欲が出てくる。楽しそうに友人たちと小説の話をするときの笑顔を自分にも向けて欲しい。そう思って積極的に口説いた。ヴィンセントは自分が断られるとはまったく思っていなかったので酷いショックを受けた。みんな女性は王太子妃に憧れていると思っていたのに……。




 諦められないヴィンセントは一生懸命ブリジットに話しかけたがその努力は報われなかった。なぜなら俺様態度を急に変えることは出来ず、尊大な態度のまま口説いたからだ。その結果、しょんぼりと肩を落とし、新しい婚約者候補の令嬢と親睦を深めたのだが残念ながら相手から辞退されたそうな。彼の婚約者が決まるのは一体いつになるのか……。想像以上に婚約者の選定は混迷を極めた。


「普通は、王太子妃って立候補者が大勢出るほど人気なんじゃないのか?」


 ヴィンセントは寂しそうにつぶやいた。どうしてこうなった……。

 普通の王太子ならば立候補者は多かったかもしれないが、ヴィンセントをよく知る貴族たちは可愛い娘に苦労をさせたくなくて率先して候補者にしようとはしなかった。むしろ指名されないか戦々恐々としている。もう罰ゲームに近い。

 

 いよいよヴィンセントは反省し、父に女性とのより良い関係の築き方の指南を願った。みんなその成果が出ることを心から願った……。

 




 そして数年後、チェスターと結婚し幸せな日々を送るブリジットは、新しいファッションを流行らせ社交界を席巻するのであった。

 アッカー侯爵夫妻は誰もが羨むおしどり夫婦と評判だ。





お読みくださりありがとうございました。

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