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1.自称、完璧な王太子

よろしくお願いします。

 ヴィンセントは自分に自信を持っていた。天賦の才にあぐらをかくことなく常に努力を心掛け、王太子として相応しい行動をしてきた。

 十七歳になった時、父に言われた。「そろそろ婚約者を決めねばな」と。父の勧めで三人の婚約者候補が決まった。すでに二人の婚約者候補とお試期間の交流を持ったが彼女たちは王太子妃に相応しいとは言えなかった。そして現在私は三人目の婚約者候補、ブリジット・エイマーズ公爵令嬢と学園で交流を持つようになった。


 とある日、婚約者候補が私に言った。


「殿下。今日はサンドイッチを作ってきました。よかったらご一緒にランチを」


 頬を淡く染めはにかむ姿はいじらしいのかもしれない。だが女性にありがちなあざとさを感じ私は冷たく言い放った。


「私に料理人以外が作ったものを食べろというのか? それもお前の作ったものを?」


 私の食べるものには毒見が必要だ。学園内だからといって配慮が足らぬ。私の言葉に彼女は自分の考えの浅はかさに気付いたようで詫びるように深く頭を下げた。


「も、申し訳ございません」


 私はその籠を奪い取り床にぶちまけた。散らばったサンドイッチは見目も良く確かに美味しそうだが万が一ということがある。一瞥して片付けるように伝える。


「片付けておけ」


「か……かしこまりました」


 彼女は瞳を潤ませている。声と肩が震えている。高位貴族ならば動揺を隠すべきだろう。まったく淑女として如何なものか? 仮にも王太子妃候補ならば何事にも動じずに受け答えするべきだろう。マイナスだな。


 とある日、婚約者候補が私に言った。


「殿下、ハンカチに刺繍を刺しました。一生懸命心を込めて。どうか使って頂けませんか?」


 刺繍した後きちんと洗濯をしたのか? 刺繍をしている間に手汗で汚れているはずだ。疑いの眼差しを向けながら親指と人差し指で摘む。それなりに努力をしているようだが私が持つのに相応しいレベルに達しているとは言い難い。


「こんなみすぼらしい刺繍など」


 ハンカチをゴミ箱に放ると机に置いてあったインクの瓶をそこにめがけてさかさまに傾けた。真っ白なシルクのハンカチはたちまち真っ黒に染まる。もう少し腕を上げてから持ってこい。


「っ!!」


 彼女は息を呑んでそれをじっと見ていた。


 とある日、婚約者候補が私に言った。


「殿下。今大人気の歌劇のチケットです。お時間があったらご一緒しませんか?」


 観劇だと? くだらない。それなら研究者たちの発表会でも見た方が有意義だ。時間の無駄だ。私は遊んでいる暇などない。


「私はお前と違って忙しい。そんな時間はない」


「左様でございますか……」


 彼女は落胆を隠すように顔を俯けた。


 とある日、婚約者候補が私に言った。


「殿下は私をどう思っていますか?」


 まあまあ見込みはあるとは思っているが彼女がいい気にならないように辛めに伝える。


「そうだな。しいて言うなら『無』だな」


「『無』……。そう、そうですか……」


 彼女は顔をくしゃりと歪ませた。泣いてしまうのではと焦ったが彼女は涙を堪えた。

 彼女は誤解したかもしれないが私はこれをいい意味で言ったつもりだ。悪い印象はないのでこれから好感度を上げるよう努力をしろという意味だ。ただ少しキツク言い過ぎたかもしれない。でも王太子妃となる女性がこれくらいで動揺するようではまだまだだ。これは鼓舞してやったのだ。きっと候補を下ろされないために私に好かれる努力を続けることだろう。厳しい言葉はこのまま精進すれば私に相応しくなれる可能性があると見込んでのことだ。いずれ彼女はこのことを感謝すると確信している。



 これはこの国の王太子ヴィンセントと婚約者候補であるエイマーズ公爵令嬢ブリジットの学園内でのやりとりだった。



 ******



 ヴィンセントは王宮の自室で姿勢よくソファーに腰かけている。

 彼は完璧を重んじる男で他者にもそれを要求する。室内に控える従者も緊張感をもってそこにいる。当然である。どんなときも油断などしてはいけない。


 今、彼が考えているのは三人目の婚約者候補ブリジットのことだった。婚約者としての合否を決めるために頭の中で審査中だ。

 

 審査基準のまずは1番目。ブリジットは成績優秀で女子生徒からの人望もある。まあ合格。

 次に2番目。でしゃばらず控えめであることは好感が持てる。昨今、男女は対等だと張り合う女性が多い中、注意すれば謝罪して引き下がる。ハンカチを捨ててもヒステリックに怒ることもなかった。これも合格。

 そして3番目。彼女の化粧やドレス、アクセサリーは控えめで華美過ぎない。今の社交界は華やかさを競いがちで派手な色を用いる女性ばかりで目がチカチカする。ブリジットは髪型も化粧も服もかなり地味で、あか抜けないと言えばそれまでだが好感が持てる。これも合格。

 

 知識、教養、振る舞いに、容姿も合格だ。身分も問題なし。総合的に考えて順当にブリジットでいいだろう。

 学園では試すように少々厳しくあたったが、それでも果敢に声をかけて誘うほど私を愛しているのだ。彼女の振る舞いはまだ完璧とは言い難いがそれは私がしっかりと導いてやればいい。


 思い返せば一人目と二人目の婚約者候補の侯爵令嬢と伯爵令嬢は華美で気が強かった。しかも何かと私に言い返す。不敬だと言うと学園内で身分を持ち出すような狭量な男かと言い返された。一応、学園内では身分を問わず平等を謳っている手前引き下がったが不愉快極まりない。身分を持ち出したのではなく彼女たちの振る舞いを注意してやっただけなのに。あそこは感謝するべきところだ。謙虚さが足りない。その点ブリジットは静かに頷いていた。これが正しい姿だ。それを理解出来る令嬢がいてよかったと心から安堵する。


 ヴィンセントはこの国の王太子だ。まだ正式に婚約者はいない。国内外ともに平和で経済も安定しているので、政略など考えず好きな女性を婚約者に迎えてはどうかと両親に勧められた。ヴィンセントは日々完璧を目指し精進していたので色恋沙汰には興味がない。好きな女性と言われても……特に思いつかない。


「特に思い当たらないので父上の判断にお任せしたいと思います」


「いやいや、王なんて大変な仕事は好きな女性と支え合いながらする方がいい。特に思う女性がいないなら候補を三人用意するから、それぞれの女性と三カ月お試しで交流を深めなさい。それで決めてはどうだ?」


「はい」


 私は父の提案に従い三人の令嬢と交流を持った。一人目も二人目も三カ月を待たずに断った。何もかもが納得いかない。無駄に着飾り耳障りなおしゃべりをする。ドレスやお菓子以外の話はないのか? ヴィンセントの癇に障る行動や言動ばかりで相容れなかった。そして満を持して三人目のブリジットだった。彼女が駄目なら再び候補者探しからしなければならないところだった。それでは時間がもったいない。ヴィンセントは合理主義だった。


 私はこの結果に満足しながら父である王に婚約者を決めたことを報告するために執務室に向かった。


「父上。婚約者はブリジットに決めました」


 父上は眉を下げ憐れむような視線を向ける。何故だ?……。


「残念だがエイマーズ公爵令嬢から辞退の連絡が来た。再び候補者選定から始めよう」


「えっ?!」


 私は思わず大きな声を出した。そんなことはあり得ない。ブリジットは自分を愛しているはずだ。候補を降りる? 何かの間違いでは。それに王太子が返事をする前に断るなど非常識だ。家臣の分を弁えていない。私の中に激しい怒りが湧いた。(いや、待てよ)すぐに冷静さを取り戻す。きっと彼女は自分の実力不足から遠慮し辞退したのだ。なるほど。控えめなブリジットらしいと思い直した。(すでに婚約者候補を降りている二人についてヴィンセントは自分から断っていると思い込んでいるが、事実は相手から無理だときっぱりと断られる形で辞退されている。父は息子が不憫でその事実を伝えていない)


「父上。本当に私の婚約者という栄誉を自ら断ったのですか? でもきっとブリジットは自分の至らなさを反省して辞退したのではないでしょうか? 私も厳しかったかもしれませんが、全ては彼女を思ってのことです。改めて打診すれば喜んで受けることでしょう!」


 私は自信満々で言い切った。父上は残念なものを見るような視線を私に向ける。解せぬ……。


「お前の情緒の育て方を間違ったな……(しみじみ)エイマーズ公爵令嬢は正式に婚約者になりたくないと断っ……辞退したのだ」


 思わずカッとなった。今断ったと言いかけた? それはヴィンセントに恥をかかせることだ。


「父上! 公爵家のその言動は私を侮辱しています! 処罰を!」


 父上はこめかみを押さえ苦虫を噛み潰した顔になる。何故だ? ここは一緒に怒るべきところなはず。


「お前は……。ヴィンセント。エイマーズ公爵家だけでなく他の候補者だった二人の令嬢にも本人の意思を尊重すると伝えてある。一方が嫌がる結婚など不幸だからな。権力を以て婚約を命じるつもりはないと伝えてある。これは王の言葉だ。違える訳にはいかぬ。だから相手が否と言えばこの話は終わりだ。もちろん処罰などありえない。いいな?」


「そんな。父上は私が馬鹿にされたのに平気なのですか?」


 抑えきれない怒りに体を震わせながら訴える。父上! どうか正しい判断をと。


「お前は私の父に、お前の祖父にそっくりだ。権威主義で亭主関白、俺様言動、男尊女卑。最悪だ。お前のお祖母様はそれで散々苦労して私はよく愚痴を聞かされたものだ。その結果、母は父の今際の際に隣でシャンパンを飲んでいたぞ。しかも笑顔で。長年の恨みがそうさせたのだろうが父の絶望的な表情は見ていられないものだった。母のおかげで私は妻とは仲睦まじくしているが、まさかお前に影響が出るとは……」


「父上。お祖父様は立派な方です。だからお祖母様が間違っていたのです!」


 私を格別に可愛がってくれた祖父はヴィンセントにとって憧れで目標だった。民からは賢王と愛されていたじゃないか。

 

「まあ、王としては素晴らしかったのだがなあ。夫としては落第だと思うぞ。お前は知らなかっただろうが愛人もわんさかいた。むやみに愛人たちとの間に子供を作らなかったのは王としての責任を自覚していたからのようだが。父上はヴィンセントに失望されたくなくて隠していたがな」


「そんな、嘘だ。お祖父様は素晴らしい人だった……」


「昨今は貴族内でも恋愛結婚が推奨されている。王家は手本となるべきだ。王命で婚約などダサいぞ。平和な今となっては時代錯誤だ。好きな女性くらい自分で口説いてこい」


 父の後半の話はもう耳に入っていない。ショックだ。信じない。たとえ父上でも敬愛するお祖父様を否定するなど許せない。呆然としながら部屋に戻る。そして室内をうろうろと歩き回った。気持ち的には花瓶を投げて割ったり書類をぶちまけたりと物に当たりたいところだが、それは完璧な王太子の行動とは言い難い。奥歯を噛んでグッと堪えた。

 とりあえずお祖父様のことは置いといて。

 今の問題はブリジットだ。明日、学園に行ったら彼女の気持ちをその口から聞こう。きっと本心では婚約を受けたかったはずだ。ただ自信がなくて辞退した。私が導いてやるから安心するように言えば、きっと喜んで頷くはず。


 私はブリジットが頬を染め嬉しそうに微笑む顔を想像しながら眠りについた。

 翌日、登校しブリジットに会いに行ったヴィンセントの目の前にいたのは…………。


 ……目がチカチカする。


(この姿は一体なんだ?! 本当にブリジットなのか?)


 ヴィンセントは衝撃のあまり無様にも白目をむいてその場で倒れたのだった。






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