嘘も方便
*このお話はフィクションです。
「嘘も方便」
彼女と、半年前に別れた二階建ての二階の八畳一間のアパートで独り、福岡俊春は、観ないテレビをつけて、スマホの返ってこないメールの返事を待っていた。
別れて半年と言えば、寂しさと想い出が押し寄せる時期である。
ついつい去っていった、三島聡美のことを思い出す。
女々しいとは、思うけれど、勝手に頭のなかに浮かんでくるのだから、仕方がない。
世間は、正月も二日目。
気がつけば、初夢も覚えていなくて、せめて夢の中にでも、聡美が出てきてくれたらと思っていたのに、その夢も叶わず。
宝くじも、三百円。確かに、バラの十枚で当てようなんてのがどだい、無理な話なのかも知れなかった。
このまま、この部屋に居て、うじうじしていては、体にカビが生えると思い、思いきって初詣に行こうと、思った。
実家とは一時間ほどの距離しかなかったけれど、帰れば、母は結婚しろとうるさいし、黙っている父親のプレッシャーも、ただならないものがある。
歩いてすぐの、神社に向かう。
出店も出て、地元の人間がそこそこやってくる神社で、車の駐車場の渋滞もなく、元旦すぐの夜中から騒がしくもなく、何の神様かはわからなかったけれど、程好い神社なのだ。
大きな朱色の鳥居を、くぐる。
「今、俺は人間の住む俗界から、神域に入ったんだな」俊春はひとりごちる。
目の前から、スーツ姿の若い男性と、きらびやかな錦鯉のような着物の女性が、笑いながら歩いてくるのと、すれ違った。
気にはしていなかったけれど、通りすぎてから、ふたりのこそこそ話が聞こえた。
「独りみたいね」
「そうだね。髭も剃らずに、ジャージにサンダルでね」
「手ぶらって、お賽銭は持ってるのかしら?」
「さあ、人の投げた賽銭で、願うのかもね」
たまらず、振り返るとふたり、ニタリニタリで、シタリ顔を向けていたけれど、すぐに前を向いて、小走りに去っていく。
ふいっと出てきたものだし、近所だからという気安さから、身仕度もなしに出てきてしまったことを、後悔した。
一応、ポケットに財布とスマホは持っている。
帰って出直すかと思っていたら、出店の焼き芋屋が、目に入った。
焼き芋を持って歩けば、それなり絵になるかと、
「おじちゃん、焼き芋二本、ちょうだい」と、訊ねる。
「ハイよっ!包装紙はなんにするね?」と、おじちゃんが訊くものだから、
「選べるの?」と、尋ね返すと、
「朝日に毎日、読売があるよ」と、それは、新聞紙だよと、つっこんで笑う。
階段の中央を上がり、燈籠の間を歩いて、本殿前にたどり着く。
何人かが、両手を合わせて、うやうやしく、お願い事をしていた。
俊春も財布から小銭を出す。
「しまった、五円がなかった」
未だに、五円とご縁を掛けてしまうのは、自分だけだろうか?
そう思いながら、仕方なしに、二十円を投げ入れる。もちろん、二重縁に掛けている。
かといって、一度にふたりの女性から求愛されても、困るのだけれど。
そういうところは、几帳面である。ひとりにひとりが、正しい。
帰りに、自販機のおみくじをひく。神様の地で、自動販売機ってどうなのよって、思うけれど、どこも人手不足なのだと思う。アルバイトの巫女さんも、正月くらいは休みたいと思うのが、人情だろう。
「おっ、大吉じゃんっ」思わず、声が出る。周りに聞かれなかったか見回すも、人はそれぞれに忙しく、聴いていなかったようだ。
「待ち人、すぐに現れます」マジかよっと、思いながら、運の良い方角の、杉木の枝に、おみくじを結わい付ける。
チラッと見回し、これからの季節、神社は杉花粉が大変だろうなと、思ってしまう。
家路につく。
アパートの側面の階段を、小気味良いリズムで上がると、自分の部屋の前に、人影。
誰だと突っ立ったまま、見つめていると相手も気付いてこちらを、見る。
「あっ!」と、俊春が言い、
「あっ、どうも」と、女性が頭を下げる。
三島聡美だった。
とりあえず、部屋に上がってもらって、
「ど、どうしたの?いや、それよりまずは、明けましておめでとうございます。今年も・・・は、いいか」と、俊春は苦笑う。
「あっ、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と、聡美が、言うから、
「えっ、今年も、で、いいんですか?」と、尋ねてしまう。
「実は、勝手なんだけど、初夢に、俊君が出てきて、『聡美が、居ないと死んでしまう』って言うものだから、心配になって様子を見にきたの」と、言う。
そういえば、聡美は昔から、心配性で、それが原因で、ありもしない浮気をでっち上げられて、離れていったんだっけ、と思い出す。
ここは、ハッキリと言うべきだと思い、
「俺、福岡俊春は、あとにも先にも、愛した女性は、三島聡美さんだけですっ!」と、言い切る。
「そうなんだ、実は、あたしもそうなの」と言われて、チラッと疑問符が、後頭部から何個か浮かんでは消えたけれど、そこはそれ、大人の会話に嘘は付き物であるから、
「じゃあ、戻ってきてくれるんだね?」と、答えを急かす。
「いいの?」
「モチのロンですっ!」
久し振りの、聡美の淹れてくれたコーヒーを飲み、たまたま二本買った、焼き芋を頬張る。
落ち着いたところで、俊春は言った。
「さっき、聡美が、初夢に俺が出てきたって言ったでしょ?」
「うん、嘘みたいだけど、ほんとよ」
「信じてるよ。だって、俺の初夢にも、聡美が、出てきたんだから」
おわり