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第54話:罪の在処09


「だいたい命が無条件で尊い物ならスーパーの精肉の陳列はグロ画像で、ニュースの殺人事件を視聴した人間は全員葬儀に参列してお悔やみ申し上げながら泣く必要があるでしょ? でも実際には牛や豚の死体を平然と金銭取引して、朝の殺人事件のニュースを流し見しながら他者は朝食をとって吐き気を覚えることは無い」


「結論は?」


「テセウスの船」


「ほう?」


「たしかに今の私はフレイヤを形而上的に殺して白銀璃音の形相で上書きした。けど、ま……ゴールドーン財閥にとっては私こそがフレイヤだし」


 肩をすくめるフレイヤ。


「そもそもオリジナルのフレイヤだって多数の精子からたった一つを選んで受精した存在でしょ? もしかしたら不要となった精子の中には万物の理論を説き明かす才能を授ける精子があったかもしれない。アイドルになれる可能性……俳優になれる可能性……小説家になれる可能性……普遍的な一市民に埋没する可能性……精子の数だけフレイヤの可能性はあって、それ故フレイヤとの質料に対して選ばれた形相が他を押しのけてフレイヤとなったのなら私の人格の複写とどう違うの?」


「生まれた瞬間には既に人は罪を背負っていると……」


「そういうことね」


「じゃあ俺にとってのフレイヤは?」


「お母さんでしょ? 白銀璃音」


 さも当然と言ってのける。


「質料と形相の話に戻るけど、肉体が璃音であれフレイヤであれ形相が璃音なら私は自分を白銀璃音と定義出来るよ」


「スワンプマンでもか?」


「だからそんな事言ったらキリが無いよ」


 ぷにっと俺の頬を指でつつくフレイヤ。


「今日のご飯は美味しかった?」


「ああ」


「そのご飯が栄養となって私の愛が金也ちゃんを形作るの」


「光栄だ」


「じゃあ聞くけど子どもの頃の金也ちゃんと今の金也ちゃんは新陳代謝によって素材を入れ替えながら成長してきたわけだけど……どっちの金也ちゃんが偽物なの?」


「…………」


「でしょ?」


 ニコッと笑われる。


「テセウスの船の結論は凄く簡単なんだよ。例え材料を全て交換しても観測者がテセウスの船だと定義するのならどんな状態であれそれはテセウスの船と言える。少なくとも子どもの頃の金也ちゃんも今目の前に居る金也ちゃんも私にとっては大切な存在だよ?」


「さいか」


「うん!」


 胸をつく笑顔だった。過去の俺も今の俺も……そして未来の俺さえも大切な存在。
















「――――ないのか?」













 なら問わざるを得なかった。今まで何度か言いかけた言葉。


「俺は産まれる行為を以てお前を殺した」


「生きてるけどね」


「俺にとって母親は大切にすべき存在だったのかが……墓前に立っても分からなかった」


「…………」


「ただ罪科を背負わされて罪悪感の湧きようも無い状況だけが残った」


「…………」


「俺にとって母親とは何なのか。偏に母親の死についての理解が俺を構成する要素だった」


「…………」


「だから聞きたい」














「――――ないのか?」










「――――お前は殺した俺を恨んでないのか?」














 結論が出る。今まで考えて考えて……それでも得られなかった答えが目の前に居た。


「……っ!」


 フレイヤはギュッと自身の胸部に当たる服を握りしめていた。しわが寄る。


「金也ちゃんは……私のせいで……そこまで追い込まれていたの……?」


「追い込まれたって云うか……考察には値するよな」


 ぽやっと言うと、


「金也ちゃん!」


 我慢ならんとばかりにフレイヤが俺に抱きついてきた。豊満な胸に俺の頭部が包まれる。勘弁して欲しいが涙を流すフレイヤ突き放すことは出来なかった。


「ごめん。ごめんね、金也ちゃん……! 私が死んだせいで金也ちゃんに殺人の罪を背負わせて……」


「こっちの質問に答えろ」


 言ったはずだ。


「お前は俺を恨んでないのか?」


「愛してる! これっぽっちも恨んでない! 金也ちゃん!」


「何だ?」
















「生まれてきてくれて……ありがとう」














「ああ……」


 漸く答えを手に入れた。


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