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第46話:罪の在処01


「さぁ手を合わせよう」


 そんな父親に倣って幼い俺は手を合わせた。うちの宗派は浄土宗。南無阿弥陀仏と唱えれば極楽浄土にいける簡素な仏教だ。厳しい修行を己に課して悟りを得て初めて輪廻の輪から外れられる観念は取り払われている。南無阿弥陀仏の六文字を唱えるだけで平民も乞食も修行者同様に死後安らかになれる。要するに水は低きに流れるのだろう。断食や座禅をしなくとも誰しもに約束された簡易な天国へのチケット。


「…………」


 一定時間経過。俺が目を開けて合わせた手をダラリと下げると、隣で真剣に拝んでいる父親が居た。まぁいいんだが。


「ところで」


 と寺の倉庫に柄杓とバケツを返して帰路の途中、俺は父親に尋ねた。


「母さんは極楽浄土に行けてるかね?」


 さすがに墓参りの最中に問うことも出来なかったので帰路での話題提議になったのはしょうがない。


「きっとな」


 父親の瞳に哀惜の残滓が光る。感傷的になっているのだろう。大切な人だったのだ。父親にとって母親は。俺には無いものだ。


「なら何で墓参りをするんだ?」


「どういう意味だ?」


 怒っているわけじゃない。どちらかならば戸惑いの言葉だ。


「母さんは南無阿弥陀仏と唱えて極楽浄土に行った。その極楽浄土とやらの地理座標は何処? 地球の何処にあるの?」


「この世では無いあの世に在るんだ」


「そのあの世とやらが存在するとして、なら何で墓前にて祈るんだ? 母さんは極楽浄土に居るんだろう? 墓の下には居ない」


「どこでそんな知恵を得ているんだお前は」


「宗教は死を理解するための最高の哲学だよ」


 可愛げがないのは大目に見てもらいたい。


「母さんの骨は墓の下に在る。つまり物理的記録の母さんは墓にしか存在しない。だからこそ……その骨に向かって祈るのが常道だろ?」


「……むぅ」


「極楽浄土の母さんと墓の下の母さん。どちらが本物だ? 仮に前者が本物なら何で墓参りをして……この場に居ない母さんに祈らにゃならん? それとも極楽浄土と世界中の墓とはリンクで繋がっているのか?」


「金也の考えには魂の理論が欠落してるぞ?」


 父親は諭すように云った。


「肉体が滅び、魂が極楽浄土に行き仏になる。つまり肉体の名残である墓の下の母さんを想うことであの世に云った母さんの魂を想うことだ」


「つまり形而下の母さんと形而上の母さんが並列していると?」


「そういうことだな」


「ではあの世……極楽浄土も形而上だと?」


「観念論ではあるな」


「物理的に存在しない……と」


 しばし考え込む。


「じゃあどうやって形相を維持してるんだ?」


「形相というと……」


「プラトンの考え方」


「だから何処でそんな知識を……」


「図書館行けば幾らでも」


「はぁ」


 父親はため息をついた。


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