プロローグ
『JEWELRY・HEART』
本編 プロローグ
第1章 『玉造朱音村』
『プロローグ』
「幻の宝石の噂」
――時刻は昼を少し過ぎた辺り、快晴の空の下で2人の男が小さなベンチに横並びで座りながら談笑していた。
空にはカラスの群れが元気よく鳴き声を発しながら青空の下を飛び回っている。ここは小さな公園の様な場所で、カラスの鳴き声以外は何も聞こえない静かな所だ。公園の中には滑り台やブランコなどのちょっとした遊具に、公園を囲むように10メートル程の緑豊かな木々が立ち並んでいた。
――「ねぇ、『ジュエリーハート』って知ってる?」
大きな顔に鋭い目が特徴的な
子供が見れば、たちまち泣いて逃げてしまうのではないかと思う程の強面な男がその顔に似合わず、子猫を愛でるかの様に優しい表情と口調でそばに居たもう1人の男に話しかける。
もう1人の男は子猫の様な可愛らしいぱっちりとした目に丸くて白い顔をした中性的な顔立ちをしている。
体型は強面の方は『オールバックの大柄な大男』でもう片方の男は『女性の様にサラサラとした長い茶髪のセミロングに細身の体』とゴリラと猫の様に絶対に居合わせることのない異様な組み合わせの2人だ。
2人共、作業服の様な服を来ており、全身が茶色で染まっている。元々茶色の服なのだろうが、全身に付着している泥のおかげでより濃さを増していた。
仕事中かどうかは定かではないが、昼間だというのに2人の手には『酒瓶』が見える。中には酒がたっぷりと入っており、この談笑はまだ始まって間もないことが分かる。
「―ゴクゴク……。プハァ!、あぁ?ジュエリー……ハート……?なんだそりゃ?」
大柄の大男の問に細身の男ががぶがぶとその見た目に似合わず、酒瓶を真上に掲げ、豪快に酒を飲み干した。酒が胃の中に到達したことを確認した後、細身の男はそう答えた。
「なんだ、知らないのかい?
今、採掘者達の間で話題になってる幻の宝石のことだよ」
興味が無いのか細身の男はベンチのテーブルに肘をつけ晴天の青空を眺めながらふーんと興味なさげに呟く。
『ジュエリーハート』
大柄の男の話によれば
宝石の様に美しく、固い決意を胸に秘めたる者の前に突然現れるとされる謎の宝石。
見た目や質量などの詳細は一切不明で森の妖精がその宝石を手に空から舞い降りたり、目の前の地面に偶然埋まっていたりするなど、現れ方には様々な説がある。
その幻の宝石が『採掘者』達の間で話題となっているらしい。
「なんとなくは分かったが……普通の宝石とは一体何が違うって言うんだ?話を聞く限りじゃ、その宝石自体はただの宝石じゃねーかよ?」
首を傾げる細身の男に、大男は顔を近づけ
「実はその宝石にはどんな願いも叶う不思議な力があるらしいんだ……。『どんな願い』も……だ……」
聞かれてはまずいのか、先程までとは違い空を自由に飛び回るカラスの鳴き声よりも小さな声で細身の男に呟く。
その真妙な空気を察したのか、先程まで元気よく鳴いていたカラス達も、気がつけば音を出すことをやめていた。
さらに
大男が小声で、まるで男の子が母親に褒めて貰いたいかの如く、鼻高々に話を続ける。
「連中はその『幻の宝石を本気で見つけるらしい』
細身の男は、真剣な大男の顔をじっと見つめた後、言葉を返す訳でもなく、酒を口の中へと運んだ。
会話に少しばかりの沈黙が続く。空に浮遊しているカラス達も依然、音を殺したままだ。
すると突然
「ぶ……ぶっはっはっは!!!」
2人は互いの目を見つめ合いながら腹を抱えて笑い始めた。それに呼応するかの様に再びカラスの群れは鳴き始める。
「なんだよそれ!!!がっはっは!んなもんあるわけねぇだろ!?がっはっはっは!」
「ははは、全くだよね……。連中も馬鹿な噂話をしてると僕でも思ったもの。一体何時から彼らはメルヘンチックになっちゃったんだろうね」
2人の男はこの噂話の信ぴょう性の無さにおもわず笑いが込み上げる。
「幻の宝石なんてただの噂話でしか過ぎないよね……。でも、連中によるとその噂の起源とされる『とある村』が実際にあるらしいんだ」
そう話すと
大男はベンチから立ち上がると横に立てかけていた大きな登山用バッグを手に取り、その大きな背中に乗せた。茶色の革製のバッグでかなり使い古された物だ。中は開いていてツルハシや研石などの道具が入っていた。そして細身の男の横にも同じ様なバッグが立てかけられていた。
バッグの中身を見る限り、彼らも
『採掘者』なる者達なのだろうか。
「その村は原石の宝庫らしいんだ。だから、お宝を発掘するついでにこの目で確かめてみようよ、その幻の宝石の噂を……」
続けて細身の男も仕方ねーなと呟きながら面倒臭そうに立ち上がると、横にあったバッグを腰掛け、ここを後にする。
「んでその村はなんてゆーんだ?」
暫く歩いた後
大男の後ろに続く細身の男が地面にある小石を蹴り飛ばしながら問いかけた。
「うーん。なんだったかな……。あ!そうそう、たしか『玉造朱音』とかいう変な名前の村だったはずだよ」
その質問に少し悩んだ後、思い出したかのようにそう話す。
――玉造朱音村。
彼らはその謎の村へと足を運ぶのだった。
自由に空を飛んでいたカラスの群れは近くの木々にとまり、ある場所をずっと見つめていた。その瞳の中には先程まで談笑していた2人の男の背中を捉えていた。
そして先程までとは違い、蚊の様にか細い声をこぼした。元気な鳴き声とは言い難い、まるで彼らの行く末を案じているかのような、力のない声が……。
もしかするとカラス達は伝えたかったのかもしれない。
―― あの村には不穏な何かがあることを。
――プロローグ『幻の宝石』〜完。




