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確率でデレ"れる"彼女 〜宮園さんは素直に甘えたい〜

作者: 枕元

 ツンデレっていいものだ。


 心の奥底では好意が溢れてしまいそうなのに、照れ隠しにキツく当たってしまう姿は、見てて自然と口角が上がってしまう。


 「あんたのためじゃないんだからね!」何て言いながら、100%あんたのためな姿は、それはそれは素晴らしいものだ。


 比率は問わない。あっさり陥落するデレデレタイプもいいし、一貫してツンツンしているキツめのタイプもいい。


 前者は甘々な二人を楽しめるし、後者はデレた時のインパクトがそれまでのギャップによって引き立てられる。どちらも良さがあり、どちらも好きだ。


 だけどどちらも共通して言えることがある!



 ツンデレというものは、最終的に『デレ』に帰結するから許されるのである。


ーーーー


 うだるような暑さの中、私は通学路を歩いていた。


 まるで鉄板焼きの上を歩くが如く、地面のアスファルトからは熱気が漂ってきている。日差しもマックス。最悪だ。


 私の通う高校は、家から歩いて15分ほどのところにあり、電車通学よりはマシかなぁ、なんて考えながら歩いていた。


 ちょうど通学路を半分ほど歩いた頃だろうか、後ろから近づく足音に気づいた。


 振り返ると、そこには見慣れた顔があった。


 「あ、お、おはよう」

 「……」


 どこかおどおどとした様子で挨拶をしてきたこの男子、名前を鷹宮 椿(つばき)という。


 身長が私よりも少し高めの彼は、いわゆる私の幼馴染というやつだ。家も隣同士で、付き合いは生まれた頃から今までだ。つまり今までずーっと一緒。


 私はかなり歩くのが遅いので、後から家を出た椿は追いついたのだろう。


 そんな椿は挨拶同様に、どこかおどおどとした様子で私の横を通り過ぎた。


 「あっ……」


 この彼の態度には理由があった。その原因は私にあるのだが、それはもう呪いとすら言えるものだった。



 (おはよう!ちょっと待ってよ!一緒に行こ?)


 「はぁ?気安く挨拶なんてしないでよ、あんたと一緒とか恥ずかしいから先に行ってくれる?」


 

 「あ……その、ごめん、宮園さん」


 


 先に言っておこうと思う。私は決してツンデレなんてものじゃない。


 気まずそうにして歩くスピードを早めた椿を、私は呆然として眺めていた。


 きっと彼は落ち込んだだろう。もとより、落ち込むほど私の好感度があればの話だが。


 これがツンデレなら、落ち込んだ彼の姿を見て、自身の発言を反省して、

 『その、さっきは言いすぎちゃって、悪かったわよ。さっきのは別にあんたのこと嫌ってるわけじゃなくて、その……』

 なんて言って、顔を赤らめれば丸く収まるかもしれない。そもそもこれで丸く収まるのは創作の類の特権かもしれないが、ともかく謝れたりすればいいのだ。言ってしまえば、誤解が解ければいいのだ。


 だけど、それは私にはできないことだった。


 そう、それはおよそ2年前の夏。私が中学3年生の頃の話である。




ーーーー


 中学3年生のある日。私ーー宮園愛華は初恋をした。


 相手は椿だった。その頃からずっと今に至るまで、私は彼のことを好きなままだ。


 いつから、とかではない。いつのまにかである。


 椿とはずっと一緒に過ごしてきた。


 遊びも、勉強も、祭りも、お泊まりだって一緒に楽しんだ。


 家族絡みの付き合いで、思えばずっと隣に彼はいてくれた。


 だから恋をした、というよりは自覚した、という言い方の方が正しいかもしれない。私はずっと彼のことが好きだったのだ。


 自惚れではなく、両思いだったと思う。私から遊びに誘うことが多かったが、向こうからも何度も誘ってきてくれたし、その度に思い出を重ねていった。


 しかし、それまでのことが嘘だったかのように、そんな日常は崩れ去る。


 きっかけは彼からの告白だった。祭りの最後、花火を見ながら彼は私に告白してきた。


 「ずっと好きだった」と。


 「もっと深い関係になりたい」と。


 そう言ってくれた。


 もちろん私の想いは一つだった。


 彼が告白をしてくれたこと、何より同じ想いを抱いてくれたことが嬉しくて、幸せだった。


 なのに、なのにだ。


 (うれしい!私も大好きだよ!)

 「別にあんたのことは、何とも思ってないし?」


 頭が真っ白になったのを覚えている。それほどに、自分の口から出た言葉が信じられなかった。


 何とも思ってない?そんなわけあるか。好きで好きでたまらない。


 心の中では、しっかり返事をしたはずだった。だけど口から出たのは別の言葉。


 恥ずかしかった?怖気付いた?逃げた?


 違う。どれも違う。正真正銘、意思に反した言葉だった。



 その日を境に、私と椿の関係は一変したのだった。


 

ーーーー


 簡単に言えば、私はこの呪いによって"デレる"ことができないでいた。


 デレることが恥ずかしいとか、そう言う話じゃない。むしろ私はデレたい。甘えたい。好きだと伝えたい。


 だけどそういう行動をしようとすると、決まって先ほどのような言葉、態度が出てしまう。


 原因はわからない。誰かに相談しようとも、何故か金縛りにあったかのように口が開かなくなってしまう。


 絶望である。本当にどうしようもない。


 そのくせ、私の想いは変わらないのだからタチが悪い。どうせなら椿のことを嫌いになりたかった。


 だけどそれは叶わなかった。


 いまだに私は、彼のことが好きで好きでたまらないのである。


ーーーー


 そんな呪いにかかっている私だが、例外もある。


 デレれる瞬間というのも存在するのだ。


 しかしそれは完全に予測不可能であり、確率的にはかなり低い。


 しかもタイミングが読めない。前回なんて酷かった。


 

 休み時間にトイレに行こうと席を立ったところ、入り口で椿と鉢合わせるようになった時だった。


 (あ、ごめんね椿?今空けるから・・・)


 「ちょっと、早く退きなさいよ?」


 絶好調な呪いの影響で、そんなことを言ってしまう。私はただ道を譲ってあげようと思っただけなのに。


 「ごめん」


 申し訳なさそうな顔をする椿に、とてつもない罪悪感を覚える。悪いのは全部私なのに。椿はそんな態度をとる私を、誰かに訴えたりはしなかった。何故かはわからない。だけど、その事実が私を繋ぎ止めてくれているのは間違いない。


 「ありがとね」

 

 あ!い、言えた!ありがとうって言えた!


 確率である。こうして私はたまにお礼を言える時がある。前触れもなく、ふとした時に言えるのだ。

 

 正確に言えばデレれる改め、思ったことが言える、と言う感じだ。

 だけど考えてみてほしい。このお礼、ただの嫌味である。馬鹿にしてるとしか思えない。


 「あ、うん」


 案の定、この反応である。最悪のタイミング。最悪のシチュエーションでのデレ。もう、最悪オブ最悪である。てか、これもはやデレでも何でもないですね。


 いきなり何言ってんだ、こいつ?状態である。


 こんなツンデレ。需要ねーよ。


ーーーー


 ともかくだ。そんなこんなで私、宮園愛華は素直に甘えることができずにいた。


 正直、かなり辛いです。


 これが叶わぬ恋ならまだ良かったかもしれない。叶わぬ恋に夢こがれ、悲恋のヒロインにぐらいならなれたかもしれない。


 問題は叶う恋だった。なにせ向こうから告白してくれたのだから。あとはそれに答えるだけだった。時はすでに遅し。取り返しはつかない。


 現実はただの嫌な女。好きな人の好意を無下にして、きついあたりをしている酷い女。


 でもそれは椿に対してだけだった。他の人には普通に接することができるのだ。


 素直にありがとうもごめんなさいも言える。


 自分で言うのもあれだが、容姿だって整っている方だ。親に感謝。それにコミュ障ってわけでもない。そのため、男女ともに友達と言える人は多い。


 なのに椿に対しては、常に呪いが邪魔をする。


 ああ、前世の私は何をしていた人なんだろうか。できるだけ徳を積んでいて欲しかったものだ。


 あぁ、どうしたものか。何て思い続けてはや2年。私と椿の関係はもちろん良好とは言えないものだ。


 お互いの家に遊びに行くこともなくなり、会話自体も激減(あっても私のきつい言葉)。幼馴染と思っているのは、もはや私だけかもしれない。


 素直になれたらどれだけ楽か。いや、素直ではあるのだ。だって椿のことを大好きだもん。口に出したいもん。伝えたいもん。


 それができないもどかしさ。そして椿を一方的に傷つけていると言う罪悪感。


 私はもう耐えられそうになかった。




ーーーー


 そんなある日だった。私は衝撃的な体験をすることになる。


 授業が終わって放課後。生徒たちはやれ部活動やらカラオケやら各々の活動を始める。


 ちなみに私は帰宅部。部活動とか身に入らないのが分かりきってたから。はい、椿のことでいっぱいいっぱいです。


 先生に用があって、他の帰宅部さんたちより少々遅めの下校であった。


 そして廊下を歩いていた時、私は聞いてしまったのだ。


 「お前さー、よく宮園のいびりに耐えられるよなー」


 それは聞き覚えのある声だった。確か椿とよく教室で一緒にいる男子生徒の声だ。高畑君だ。ーーそしてその話し相手はおそらく椿だ。


 (聞いちゃダメだ!きっと、きっと立ち直れなくなる!)


 きっとこの後、私の悪口に発展するはずだ。

 

 それを悪いことだとは思わない。だって明らかに、私の態度は悪く捉えられてしまうものばかりだ。


 多分高畑もそこまで悪意を持った発言じゃないだろう。いや、むしろ椿のことを案じているとも言えるか。


 ともかくこれ以上はダメだ。きっと椿の言葉は、私の胸に消えない傷を残すだろう。きっと私の心は押しつぶされる。


 (それは、それで、いっか)


 結局私の心が選んだのは諦めだった。そうだ。ちょうどいいじゃないか。


 これですっぱり終わらせよう。そして、新しい恋を始めるのだ。


 幸い椿以外には普通に話せるのだ。だからきっと大丈夫。私は、平気。


 ほおを伝う涙を無視して、私は耳を澄まして会話に集中した。


 椿は程なくして話し始めた。


 「あれはーーーー僕が悪いんだよ」


 息を呑んだ。そしてその言葉の意味を、私はすぐに理解した。


 椿は優しい。それはもう底抜けに。だからきっとあの告白に罪悪感を覚えているのだ。

 私が望まないことをしたと、自分を責めてしまっているのだ。


 それは違うと、今すぐに飛び出していきたい気持ちを抑える。きっとそれでは、また呪いの餌食となってしまうから。


 「園田さんは、ううん、愛華は変わってしまった。僕が変えてしまった」


 名前を呼ばれて、胸が縮むような思いがした。今では直接呼ばれることのないその名前。昔はそう呼んでくれていた。今は苗字にさん付けだ。


 (違う、違うの、椿)


 悪いのは私なんだ。だけどそれを伝えられない。私の心は軋む音を上げていた。


 「僕が、あのときーーーー」


 だからお願い。自分を責めないで。


 お願い!それ以上は、言わないでーーーー







 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


 

 ーーーー?


 はぁ?、はぁ???



 時が、止まった。


 え、何言ってんの?椿?どうしちゃったの?



 「あーあれか。その動画俺も持ってるぜ。この前送ってもらったよ」

 「えぇ!?何で持ってるの!?」


 「あれだよ。中学の時に竹松ってやついたろ?アイツと俺、友達でさ」

 「アイツかぁ!もう!あんまり広めてほしくないのになぁ」


 いや、何言ってるんだ?全く話についていけない。ツンデレが大好き?いや、初耳なんですけど?



 「ほれ、流してやる」

 「や、やめろぉぉぉーー!」


  


 『 ツンデレっていいものだ。


 心の奥底では好意が溢れてしまいそうなのに、照れ隠しにキツく当たってしまう姿は、見てて自然と口角が上がってしまう。


 「あんたのためじゃないんだからね!」何て言いながら、100%あんたのためな姿は、それはそれは素晴らしいものだ。


 比率は問わない。あっさり陥落するデレデレタイプもいいし、一貫してツンツンしているキツめのタイプもいい。


 前者は甘々な二人を楽しめるし、後者はデレた時のインパクトがそれまでのギャップによって引き立てられる。どちらも良さがあり、どちらも好きだ。


 だけどどちらも共通して言えることがある!




 ツンデレは最終的に『デレ』に帰結するから許されるのである!』



 「うわぁぁあ!恥ずかしいぃぃ!」




 ーーーーなんだこれ。いや、知らんけどこんなの。



 「これをまさか、好きな子に聞かれちまうとは運がないねぇ〜」

 

 もしかしなくても好きな子って私では?いやこんなの聞いたことないけど。


 「確かこれ、宮園に告白する前日だっけ?お前がツンデレについて熱く語ってたのって」

 「うん」


 へぇ、そんなことがあったんだ。それで?


 

 「きっと愛華はこれを聞いていたんだ。僕のためにあんな馬鹿なことを。今までの態度も全部、ツンデレのふりをしようなんて思わせてしまった僕のせいなんだ!!」


 。。。。。。。


 「でも今更言えない!そのままで良かったなんて、ありのままの愛華で良かったなんて言えない!だって、だって愛華は僕のために!!だから僕は待つしかないんだ。正直に言えば椿は傷ついてしまうかもしれないから。自分で気づいて()()()に戻るまで、僕は待って決めたんだ!!」



 

 「椿のアホーーーー!!!!!」




 ガラガラガラ!!と勢いよく私は扉を開けた。二人は驚いた様子でこちらに振り向く。


 「愛華!?もしかして、今の聞いてた?」 

 「聞いてたわよ!最初から最後までね!!」


 もう我慢できない。なんだ?こっちの悩みが馬鹿みたいじゃない。こっちは真剣に悩んでたのにツンデレがどうとか私がまともじゃないとか!


 いや、まともではないかもだけど!


 ともかく、ともかくだ!




 (ちがうの!これは全部呪いのせいなの!!)


 そう、言うはずだった。しっかり誤解を解くはずだった。


 だけど私は忘れていた。この呪いの恐ろしさを。




 「べ、別に!あんたのためにやったわけじゃないんだからね!!」


 


 

 「「「……」」」



 三人の間に、沈黙が流れる。


 やめろ。そんな可哀想な人を見る目で見るな!ちがう!今のやり直し!!



 「ごめん、ごめんね宮園さん、いや、愛華」


 (違うの!謝らないで!)

  

 「ふんっ!勘違いしないでよね!!別に自分のためなんだからね!」


 だからちーがーうー!!


 「頑張れよ、椿」

 「うん、頑張るよ僕!」

 


 そこ!勝手にいい話風にするな!!


 「どうせなら、もう少しデレテホシイケド」


 何言ってんだバカ椿!!やばい、色々恥ずかしくなってきて顔が熱い。



 ーーーーもうほんとバカ!アホ!



 「何言ってんのよ、馬鹿」


 あ!嘘!確率きた!最悪!よりによって!悪口!


 せっかくの確率さえ活かせなかった。もう終わりだ。ほんと色々と、終わりだ。


 いつか愛想を尽かされる。いくら椿が罪悪感を覚えていたって、どんな誤解をしていたって、こんな発言してたらいつかは捨てられちゃう。



 それはーーーーいやだな。






 「今の、いいかも」




 ・・・・・・・・おい。




 「だから違うって言ってるでしょっ!?」



 

 この日私は、はじめて確率を2回連続で引き当てるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ツンデレに理由があってそれを主題にする。面白かったです。
[良い点] 椿くんが分かってくれてて良かった! [一言] ツンデレのツンとは、素直になれない子の照れ隠しである 相手に好意が伝わっていないツンは、ただの罵倒である
[良い点] >最終的に『デレ』に帰結するから許されるのである! 至言ですね。 作中でも言及されていますが、加えるなら『対象がツンデレである事を把握している』もですね。 [気になる点] 椿は愛華がツンデ…
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