魔道警察は障害物
少年の声に新聞を買い求める人だかりができている。〝彼岸の悪魔〟の名称にざわざわと動揺と恐怖が町人に伝染して広がっていく。
「一枚くれ」
「毎度あり! お兄さん旅の人? いっぱいいっぱい気を付けてね!」
「ありがとう。俺たちは大丈夫だ」
無邪気な笑顔に神楽はほほ笑む。新聞売りは生活に困っている家の子供が家族を助けるためにする職種の一種。少年は良い家庭に産まれて愛されたんだろう。大切なもののために頑張る姿は尊いものだ。
「さて……」
少年の声にざわざわと騒がしくなってきた広場から離れ、新聞に目を落とす。
見出しに大きく、殺人鬼〝彼岸の悪魔〟が隣町リーフレットを壊滅させた。と書かれている。
思わず手に力が入った。新聞がぐしゃりと音を立てて歪んだ。
咲良ではないが、なんて舐めた真似をしてくれる。
壊滅した町は徒歩でも一時間もあればたどり着けるほど近場にあり、リーフレットのある方角は昨日〝彼岸の悪魔〟が逃げて行った方で間違いない。
その事から昨日撒かれたとはいえ追跡されたにもかかわらず隣町で事を起こしたというのがわかる。
リーフレットは小さい町だ。それでも千人ほどの人が住んでいる。その人数を一夜で殺し、死体全部に彼岸花を咲かせていると仮定した場合、〝彼岸の悪魔〟の魔力量は恐ろしく多いことになるだろう。
わかってはいたが何て残虐な。
あの時捕まえていれば失われることは無かった千人余りの命に神楽はきつく目を閉じた。
☆ ★ ☆
咲良の手から力の限り丸め込まれた新聞紙だったものが落ちる。咲良の目は完全に据わっていた。咲良の苛立ちに合わせて魔力の風が巻き起こる。
その場の物を全てなぎ倒しそうな勢いに、朝食の後にしてよかったと胸をなでおろした。
「は? 舐めてんですか?」
「そうだろうな」
予想通りの反応。神楽でさえ怒りを感じたのだから咲良が怒りを感じないはずがない。ホットケーキでご機嫌だったとはいえ昨日のことを忘れているわけではないのだ。神楽が困るのは本意ではないから押さえていてくれただけ。
「神楽! リーフレットに行きますよ!」
「魔道警察が大量に来ていると思うが、やるのか?」
瞳を濃紫から白銀へと変えながら息巻く咲良に、神楽は冷静に水を差す。一瞬神楽が浮き上がるほどの圧力が加わり、咲良の周りの土が抉れた。
「むぅ。魔道警察ですか。面倒ですね~」
「捕まることは無いだろうが、俺は日の本を歩きたい」
魔道警察。国公認の魔導師専門のエリート集団。警察とは名ばかりで、殆ど独立した国境をもたない組織である。
魔道警察は魔力を検知して魔導士を特定する魔法道具を有している。下位であれば時間はかかる上、個人の特定まではされないのだが、『魔女』や『森羅万象』といった高位の魔導師の魔力には特色があり、簡単に階級、二つ名、名前が特定される。
そうなれば一生逃げ回るか諦めて捕まるかの二択だ。咲良はともかく神楽には逃げ切る自信がなかった。
「数人なら記憶操作くらいするんですけどね~。大人数は魔力が足りないです。記憶操作って馬鹿みたいに魔法式多い上削ったら脳みそパーンする所が殆どで、私でも通常の半分にすることしかできないんですよね。いっそパーンってしましょうか」
「やめろ馬鹿」
「私は天才です~だ」
「天才と馬鹿は紙一重の典型だろお前」
一応明記しておくが、一つの魔法を展開、構築、発動するために必要な魔法式は、通常なら三~百、高度なものでも数百程度のものが多いのに対し、記憶操作のような脳に直接働きかける魔法は一番簡単なものでも軽く千を超える。普通は三人以上で分担して行うほどの特大魔法だ。そもそも禁忌魔法なのだが、魔法禁止区域に平気で侵入する辺り神楽もどこかそのあたりの常識からずれたところに住んでいる。
それはともかく、魔法の工程が多いということは魔法式に組み込まなければいけない情報が多いということ、魔法式の情報が多いということはそれだけ魔力を必要とすること。
魔法に付随する詠唱で多少必要とされる情報を軽減することはできるが、高度な魔法になればなるほど詠唱は魔法をコントロール下に置く手助けにしかならない。
魔法は万能じゃない。何でもできる。という意味をこめて魔導士の最高位の存在を『森羅万象』と評するが、咲良は神じゃない。ただ一人の女の子だ。できないことの方が少なくても、できないことが無いわけじゃない。
「うぅ~。こうしてる間にも闇属性の迫害は浸食していくというのに」
「確かに、今回の事でまた酷くなるだろうな」
少し視線を落とす。最近の闇属性迫害は日に日に悪化の一歩を辿っている。
〝彼岸の悪魔〟が闇属性だということは世間に知れ渡っている。闇属性を、というよりは濃紫の色を憎んでいるヴィンズは、魔王が手下を送り込んでいると触れ回っている。そのことが人々の不安を煽り、闇属性への嫌悪の感情を育ててしまう。
結果、今までは闇属性を何となく避けていただけの人間も、闇属性に暴言を吐き、傷つけるようになってしまった。
神楽たちが〝彼岸の悪魔〟を追っているのもその為だ。ヴィンズを直接叩いても、〝彼岸の悪魔〟が虐殺をやめない限り闇属性への悪感情は止まらない。
「ほんっと忌々しいです。……咲斗、泣いてなかったらいいなぁ」
咲良は不貞腐れながら、まだ片付けてなかったベッドにダイブした。枕にうずめた口から、くぐもった声でぽつりと、大事だと言って憚らない弟を案じる言葉をこぼす。
神楽は咲斗本人を知らない。咲良の話にはよく出てくるが、どこまでが咲良の偏見や過大、もしくは過少評価なのかわからない。わかるのは咲斗もまた咲良を大事に想っているということ、とかなりの苦労人だということだ。
咲斗も咲良と同じく闇属性と光属性の二属性もちだ。咲良とは逆の髪が濃紫で瞳が白銀。咲斗の実力では瞳に色彩魔法を施すのがやっとなのだと言っていた。髪は風に揺れる。そのため、座標指定が大変なことになるのだ。魔法は発動するより維持する方が難しい。無限収集の魔法を付与したローブや、フェンスに強力な結界を付与して維持し続けるのは実はかなり高度な技術なのだ。これができる『魔女』や職人は、国によっては人間国宝と呼ばれることもある。
……話がそれたが、つまり、咲斗は迫害される対象の闇属性として生きているということ。咲良はそれを心配している。
咲良曰く、神楽以上のお人好し、らしいので。
「咲斗とも合流して守ってやればいいんじゃないか。家出娘を探し回ってるんだろ?」
「怒られちゃうからやーですよ~。神楽、水玉との視覚共有できましたよね、せめて上から見ましょう。あわよくば魔力解析しましょう。隠蔽は手伝ってあげるので!」
「いや、新聞が出回るくらいだ。死体は片付けられてるんじゃないか」
「うー! 魔道警察なんて嫌いです! ろくに働かないくせに権限ばっかり大きいのほんと邪魔です!」
ばたばたとベッドを足で殴る咲良は、そうとうストレスが溜まっているようだ。当然と言えば当然だが。
前々から兆候があったとはいえ、ここまで拒否反応を見せるなら密かに考えていた案は消すしかないかもしれない。
「気持ちはわかるが落ち着け。ココア作ってやるから」
「ミルク多めのがいいです」
「はいはい。じゃあ魔道警察に協力者として接触するのは無しか」
「無しです! 気に食わないし終わった後でも協力しろって言って離さないに決まってます。〝散桜〟と〝紅の舞の君〟ですよ? それは最終手段です。あーもう! 私にもうちょっと魔力あったら強行できるのに! 神楽~。魔法式教えてあげるので記憶消してくださいよ。神楽ならきっとできます」
「出来てもやらないからな」
最終手段としては候補に入れておいていいらしい。それだけ〝彼岸の悪魔〟に対する警戒心を底上げしたということか。
ココアを作りながらぼんやりと考える。それにしても、本当にこれからどうするべきか。情報が手に入らず手をこまねいてる場合ではない。
「夜闇の一族に協力を要請するか。〝彼岸の悪魔〟を見つけないことには始まらないだろ」
「んー。そうですねぇ。探知系の魔法教えて人海戦術取ってもらいますか」
ひとまず今後の方針を決めたところで、結界外で不自然な瘴気の揺れを感知する。生体反応。誰かが魔瘴区域に足を踏み入れたらしい。
探知の魔法を反応があった場所に飛ばす。人間。微かに魔力反応があるが、浄化は愚か結界を張っている様子も見られない。魔獣がこの魔導師によって来る。
このままでは死んでしまう。
助けられる。そう思った時点で神楽がとる選択は決まっていた。