咲良の片割れ
町から少し外れたところにある林は、魔瘴禁止区域に指定されている。
魔瘴は毒だ。人間はもちろん、犬や鳥、幻獣、聖獣にとっても、取り込むと内側から体を蝕み崩していく。
それだけでも閉鎖されるには十分な理由があるが、魔瘴にはもう一つ、人間にとって有害な特徴がある。
それは本来魔界に生息し、地上に出てくるはずのない魔獣を生むということだ。瘴気をまき散らせ凶暴で人を殺し食らう魔界の獣は、魔王に支配された歴史を持つ世界にとっては闇属性以上に畏怖の対象とされている。
その為、魔瘴区域の林を囲うフェンスには国お抱えの『魔女』によって強力な幽閉魔法が付与されている。外へ出られない魔獣は共食いを繰り返し数を一定以上に増やさない。
そんな忌み地に、神楽たちは躊躇いなく足を踏み入れる。〈魔獣発生地の為立ち入り禁止〉という立札なんて無いと言わんばかりだ。
「うー。やっぱり空気悪いですね。神楽~。早く浄化結界貼ってください」
「ここの瘴気はとりわけ濃いな。すぐに魔獣が湧いてくる」
咲良が嫌そうな顔をして神楽に要求する。
神楽も、濃度の高い瘴気を煩わしそうにしながら魔力を練る。
左手に水の球体が浮かび、シャボン玉のようにふわふわ上がったそれは、パチンと割れてドーム状に広がった。
炎と水の属性を持つ神楽が得意とするのは、浄化と結界術。特に舞を取り入れた独自の魔法は咲良をも凌駕する。
薄く張られた結界の壁が光を反射してオーロラのように色を映す。
「流石は神楽! 完璧ですね!」
「お前もできるだろうに……」
魔獣が浄化結界に付与した効果でもだえ苦しみ死んでいく。
それを満足そうに見ている咲良に神楽は苦言をこぼした。
人のいるところを好かない咲良の要望で、大体は魔瘴区域などの立入禁止区域に借り拠点を置く。ほとんどの場合何らかの結界が必須だ。
「だってー。魔力量は神楽の方が多いじゃないですか~。私、魔力量と身体能力に関しては人より少ないんですからね?」
「体力はともかく魔力量に関しては今でも信じがたい事実だな」
「えっへん。私が得意とする事柄を知ったらまだ納得できるでしょう?」
「それでも、だ」
咲良が得意とするのは魔法式の簡略化による徹底したコスト削減。神は二物を与えないというが、真の天才はそれをものともしないものだ。
魔力が足りないなら使う魔力を減らせばいい。身体能力も魔法でカバーすればいい。
魔道階級の選定基準には魔力量も入っている。それで『森羅万象』になれたのだから重ね重ね意味の分からないやつだ。
「そんなことより神楽。私お腹空きました」
「ああ。今作る。その間に準備しておけ」
「任せてください!」
机などの家具の支度を咲良に任せて自分はさっさと材料を取り出して周りに浮かす。
神楽は料理をする際道具を一切使わない。ローブに無限収集を付与しているとはいえ持ち物は最小限に抑えたいからだ。
水を生成して炎の魔法で熱湯にする。風の魔法で切った食材を浮かした熱湯に入れて調味料で味付けする。
その手つきに迷いは無く、慣れた様子で次々料理を仕上げていく手つきは芸術的ですらあった。
「いつ見ても見事ですよね~。咲斗にも見習わせたいです」
「お前の片割れ、料理できるって言ってなかったか?」
「出来ますよ。なんかこう、味が単調ですけど」
椿咲斗。咲良の双子の兄にして苦労人の『魔女』〝明晰開花〟神楽は咲良の話に度々出てくる為、会ったことが無いのに他人とは思えないほど咲斗に対して同情を寄せている。言わずもがな、咲良の御守を産まれたころからしていたことに対して。
「咲斗ったら何を作るにしてもグラム単位で計るから時間もかかりますし」
「咲斗も作らないやつに言われたくは無いだろうな」
「作ってくれる人がいるから良いんですー」
火加減を見ながら横目で咲良の方を見る。木の種から作り出した机と椅子に座って頬杖を突きながら飽きもせず神楽の手つきをじっとみている。飽き性に見えて意外とそうでもないらしい。
「お前が作ったらとんでもないものができそうだな」
「それ、咲斗にも言われました。神楽ってよく咲斗と同じこと言いますよね。絶対気が合いますよ」
「お前に関わったらほとんどの人間は同じ思考回路に至るんじゃないか?」
「ま、咲斗に会ったら絶対にいっぱい怒られちゃうので会いたくないですけど」
「咲良にも怒られるのが嫌だって感情あるんだな」
ジャガイモに火が通っているのを確認しながら、神楽は本気で感心する。
咲良は旅に出る際、何も言わず飛び出した家出娘だ。咲斗は咲良のことを探し回っているはずらしい。意外と過保護なんですよね~と言っていたが、それは目を離したら何をしでかすかわからないと言った意味じゃないのかとそれを聞いたとき思った。
「咲斗はしつこいですから。それに今回はちょーっとまずいです。『森羅万象』と『魔女』の力で辺り一帯更地になったらどうしましょう」
「冗談だよな? 絶対にやめろよ止められる程俺は強くないからな」
「神楽が弱い事なんて言われなくても知ってますーだ。あ、でも咲斗とは良い勝負すると思いますよ」
「ああ、ああそうだな。『魔女』の上位者同士ならそりゃあ勝負にもなるだろ」
あんまりな言い草に浮力を保っていた魔力の流れが思わず少しないだ。不自然に揺れた調味料たちを見て咲良がにんまりと笑う。
確信犯か。
「じゃじゃ馬め」
「あー! 神楽が酷いこと言ってますー!」
楽しそうに笑う咲良の瞳は、色彩魔法が解かれ綺麗な濃紫に染まっていた。