精霊武器の持ち腐れ
『森羅万象』椿咲良は、二人の姿を見て目を細め、色彩魔法を瞳に付与した。
「まあ! 神の使い様がこんなところにいらっしゃるのかしらん」
「鶯様、あの少年以外は闇属性ではございませんよ」
「そうねん。けど操られているわけではなさそうよん」
「貴方たち、ヴィンズの回し者ですか。てっきり私たちに用事があると思ったんですけど~。もしかして瑠伽を虐めたの、貴方たちです?」
「あらん。制裁を加えたのはわらわたちではなくってよん。その汚らわしい魔族の一味を一掃するために主が遣わした『魔女』〝緑園の狂姫〟和歌鶯ですわん。貴方達、わらわと同じ『魔女』ねん」
彼女たちが身にまとう、金の輪の刺繍が施された純白を基調とする服は、ヴィンズのシンボルだ。
咲良が一番嫌いな、大事な片割れを傷つける象徴だ。それが今、明確な敵意を持って目の前にいる。
神の使い。魔族の一味。見当違いで吐き気がする。気持ちが悪い。眉を寄せそうになるが、強く目を閉じて能天気な笑顔を張り付けた。
「貴方達に教えるとでも?」
「そう。でもそっちの火と水の魔導師はわかるわよん。わらわの攻撃を何度も防ぐ結界。魔障を抑える驚異的な浄化。貴方、〝紅の舞の君〟ではなくってん?」
「……ああ。その通りだ。〝緑園の狂姫〟国お抱えの『魔女』だが国でも王でもなくヴィンズの教皇を主と呼び忠誠をささげている忠犬。実力としては俺とほぼ同格か」
「あらん。魔族の一味を庇う落ちぶれた『魔女』と一緒にしないでくれるかしらん」
「そうか。俺の方こそ、正しく物事が見えていない節穴と一緒にはされたくないな」
「言ってくれるわねん」
神楽が瑠伽を〝緑園の狂姫〟の視線から守るように後ろに隠す。瑠伽も敵意を感じているのか大人しく神楽のローブを掴んで守られている。
バチバチと睨みあっている神楽に、うわぁ珍しく怒ってます。と少し愉快になる。同格の『魔女』同士は面識のあり無し関係なく、その存在を意識すると言っていたことがあったか。
珍しく神楽がやる気なので、咲良は〝緑園の狂姫〟は一端神楽に譲ることにした。
緑の方より、数言話して黙りこくっている方が気になる。特に魔水晶に金の輪が浮いた大きな杖。あれから感じる魔力は、魔道具の物ではない。かといって魔光具というわけではない。持ち主と魔力の質が違いすぎる。すると残る候補は……。
「なるほどなるほど~。それ、高位の精霊と血脈契約を結ぶことで得ることができる強力な守護武器……精霊武器ですね? しかもこの形状。貴方、ヴィンズのお偉い様ですね」
「……驚きました。その通りでございます。私は光合一族の血脈を受け継ぐ者。そしてヴィンズ教皇様の妃。光合白羅と申します」
「教皇のお嫁さんですか。思った以上のお人ですね~。じゃあ、貴方を捕らえたらヴィンズに脅しをかけられるかもしれませんね」
ヴィンズを解散までいかなくともこれ以上闇属性の迫害を促すようなことを吹聴するのを止めさせることくらいはできるかもしれない。
己の内からじわじわとせりあがってくる暴力的な考えをいさめてくれる唯一二人の人は、一人は別の『魔女』と瑠伽を守ることにかかりきりで、もう一人はそもそもここにいない。
だから咲良はその考えが普通じゃないことに気づくことができない。
「残念ながら、貴方様が思っているようにはならないでしょう。私は――なので」
「もしかして~。精霊武器を持ちながら満足に扱えもしない雑魚ちゃんが、この咲良様が貴方如きに殺られる相手だと幻想を抱いているわけではないですよね?」
影を深くして意味がないと吐き捨てる白羅。最後の方は聞こえなかったが、宣戦布告と受け取った。
わかりやすく煽っても白羅は乗ってくる様子はない。かといってそれが冷静であるが故の反応とは違った。
魔力の波が不安定なのだ。魔力は魔導師にとって第二の血液のようなもの。体調に比例して扱いにくくも扱いやすくもなるし、精神面にも大きく依存する。とはいえ、咲良や神楽レベルの魔導師になると、それらをねじ伏せることも可能だが白羅にはねじ伏せる気配どころか、不安定なのを隠そうともしない。
だが精霊武器の顕現が可能な時点で実力がないわけではない。以上の事から白羅は『大魔導士』であることが濃厚。
「その言葉が本当であれば、貴方様も『魔女』なのですね。だとすれば『大魔導士』如きの私など敵わないでしょう」
「むう。勘違いするのも仕方ないですが~。私は森……」
咲良が自分ん魔導階級を明かそうと口を開こうとすると、遮るようにけたたましい爆音とともに、太い蔓が、棘のついた薔薇が、葉のついていない枝が地面を揺らしながら伸び神楽と瑠伽を襲っていた。土煙で神楽の姿は見えないが、神楽の心配はしていない。守りの魔法は結界と浄化に通ずるものがあるからだ。
「我が主を侮辱した罪、その汚れた命では決して償いきれるものではなくってよん!」
「事実を言ったまでだ。お前はそれから目を背けているのか、愚直に間違った教えを信じているのか。どちらにせよ愚かだな」
「お黙りんっ!」
土煙が晴れた先に見えたのは、神楽に風穴を開けようと伸びている植物たちがあと三センチというところで届かず、見えない壁に阻まれてぴたりと止まっている姿。瞳孔が開ききっている〝緑園の狂姫〟と、涼しい顔で防御結界を張る神楽だった。




