敵対者
何度も何度も打ち付けれられる攻撃。そのたびに結界は衝撃を逃がそうと地面ごと大きく揺れ片付けていなかった机の上の食器類が悲惨なことになっている。
その魔力量と質は上質で、並大抵の魔導師ではないことを示している。そもそも並大抵の魔導師なら打たれたところでびくともしない。
面白半分で暴きに来た愚か者ではない、少なくとも『大魔導師』以上の魔導師。明確にこちらを狙っている。敵だ。
ふわり。
神楽の身体から炎の羽が火の粉をまき散らしながら舞う。
手のひらに赤い魔力を集め、魔力の特色を写した魔光具を顕現させる。これは一度形を決めると二度と形を変えられない魔導師個々の能力、方針、用途によって自分で決める。魔導士の切り札にもなりうる、知る人ぞ知る最古の魔法。
神楽の両の手には、二対の扇が収まっていた。
左の扇には燃え盛る炎の中を悠々と羽ばたく炎の鳥が、右の扇には荒れ狂う青い海に流れる九本の炎の尾が描かれていて、散りばめられた金箔が火の粉のようにキラキラ光る。要には炎には赤、海には青の房紐が結ばれ、それぞれの色の珠が揺れた。
これが結界と浄化に特化した神楽の魔光具、浄化特化の舞扇。風浄鳥舞。
結界が破られるのも時間の問題。その前に結界の強化をするべく舞おうとした。
「待ってください。神楽」
しかし、咲良の声がそれを止めた。
「これは明らかな宣戦布告です。どうしてわざわざ籠城してやる必要があるんですか? 遊んであげましょうよ」
「瑠伽もいるんだぞ」
「瑠伽は神楽が守ってあげればいいじゃないですか~。敵さんたちは私がお相手してあげるので!」
「……まあ、そちらの方が手っ取り早いか」
つい守りを固めようとしてしまったが、ここは一時的な宿泊場所に過ぎず、壊されて困るものは出していない。唯一守らなければいけない瑠伽の身のことを考えられるくらい咲良が冷静なら一理ある。
そう判断して風浄鳥舞に込めていた魔力を収めておろした。
「珍しく物わかりがよくて何よりです~」
「幽閉魔法が付与されているフェンスには手を出すなよ。一部でもほころびが出れば大変なことになる」
「神楽なら私が遊んでる間くらい魔瘴を浄化し続かることくらい訳ないですよね?」
「それは壊すから押さえていろと言っているのか?」
「魔光具を顕現しているんですから有効活用してあげないと可哀そうですよ~」
とにっこり笑う。つまり壊す気満々だからどうにかしろ。ということらしい。
確かにできないこともないが、簡単に言ってくれる。
魔法は発動させるより維持するのが難しい。それ故に結界に長けた魔導師や付与魔法を扱える魔導師は階級を問わず重宝される。そのため魔法の維持だけを専門とした学び舎もあるくらいだ。
結界や付与は維持の魔法式があらかじめ組み込まれているのに対し、浄化といった魔法は新たに加える必要がある。そうなれば維持はさらに大変になる。そもそも浄化を維持するなど初めての試みだ。使う魔力も神経も桁違い。
「壊した後ちゃんと戻すんだろうな?」
「安心していいですよ~。私の魔光具は時戻しの時計なので! 神楽のを見てたら私も魔光具使いたくなったから全力で壊しちゃいますね!」
「気を付けないどころか積極的に壊すつもりか!? 騒ぎが大きくなるからやめろ!」
「魔瘴区域の周りには人は来ないから大丈夫ですよ~」
元気に破壊宣言をした咲良に頭を抱える。いつもの事と言えばそうだが……。
揺れる地面におびえて咲良にしがみついている瑠伽が、会話の流れで何かをしようとしていることを理解したのか、躊躇いつつ咲良から離れた。
「るーか。ちゃ~んと神楽に守ってもらうんですよ~。私は襲撃者さんで遊んできますからね~」
「う、ん。咲良様、大丈夫?」
「私が負けるなんて天地がひっくり返ってもありえません。咲良様は最強なのですよ~」
「最強?」
「一番強いってことです! さ、神楽。結界を解いて下さい」
「はあ。わかった。ほどほどにな」
「それはお相手さんによりますね」
神楽はため息をついて結界を解いた。シャボン玉が割れるようにぱちんと消える。
同時に、咲良がやりすぎるようなことがあれば止めなければと覚悟を決める。
それにしても、襲撃者で、と言ったか? こいつ。聞き間違いか言い間違いだと思いたい。切実に。
浄化結界解いたとたん地面から湯気のように瘴気が上ってくる。
風浄鳥舞に魔力をため風浄鳥舞に供えられた力を基盤とし魔法式を描く。扇が薄っすらと赤く光る。両の扇を軽く振れば突風が産まれ、風が浄化の魔法を運んでくれる。
すでに発生していた魔獣たちは鬱陶しいから浄化のついでに殺しておく。魔障で自然発生する程度の魔獣には浄化や聖水の類がよく効く。すっかり落ち着いているとはいえ、魔獣を瑠伽の前に出したくない。
「瑠伽、俺の傍に。離れるな」
「う、ん。咲良様、大丈夫?」
「ああ。言っていただろう。あいつは正真正銘の天才だ。悔しいがな」
言われた通り神楽の傍によりながら、健気に咲良の事を心配する瑠伽に笑みがこぼれる。良くも悪くも、子供は自分の感性に正直だ。だからこそ、瑠伽が咲良に懐いたのが嬉しい。
「大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように言葉にしながら、瑠伽の頭にポンと手を乗せる。
やはり子供は好きだな。頭に浮かんだ遠くない思い出を今は消しながら、結界の境界があったところをまたぐ二人の姿に集中した。




