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森羅万象の厚生記録  作者: 星川ほしみ
12/18

その頃とある場所では

 ロゼッタから五つ町を挟んだ町、ロックロートの路地。かろうじて道と呼べる薄暗い細道には似合わない、凛としたたたずまいの女性が背筋を伸ばして立っている。

 朱色と紅葉模様の綺麗な極東の着物と呼ばれる伝統服を身にまとい、長い髪は一つにまとめられ、赤い珠が揺れる簪が刺さっている。路地からどころか、ファラン全土から浮きそうな格好だ。

 さらに、艶やかな髪と伏せられた瞳は濃紫色をしていた。 

 

 闇属性の『魔女』〝古枯れ〟秋璃は、人目を避けるため誰も使わない路地で、とある人物を待っていた。

 とはいえ、やはり埃っぽいところは居心地が悪い。ロックロートには緑が少なく、森や林が一切ない。加えて魔瘴区域も存在しないので路地しか安全に待ち合わせられるところがなかったのだ。

 嫌なことだ。それを変えるためにこんなところにいるのだが。


「くしゅっ。埃っぽくて嫌ね」

「人よけの結界を張ればよかったんじゃないか? ああ、あんた結界系は苦手だったか」


 コツコツとコンクリートの壁に反響する足音がこちらに向かってくる。現れた少年は、秋璃に嫌味を言った。


「久しぶりね。〝明晰開花〟」

「ああ。情報提供感謝する。〝古枯れ〟」


 名前を呼びあうほど仲良くは無い。と言わんばかりに二つ名でやり取りを交わす。

 魔法を看破し、隙を突いて魔法式を無効化することに長けている〝明晰開花〟にして『森羅万象』椿咲良を妹に持つ闇と光の二属性もちの『魔女』椿咲斗がそこに立っていた。

 白い肌は所々青く変色して腫れており、綺麗な顔にも傷を作り口元が切れて血が滴っていた。怪我をしてからそれほど時間は空いていない。


「貴方の片割れが見たら不機嫌になりそうね」

「血の気の多い中級にやられた。〝彼岸の悪魔〟が近隣に出たと知っていればもう少し気を付けたものを」

「あら、私を責めてるのかしら? ごめんなさいね。まさか〝明晰開花〟ともあろう方がその程度の情報も知らなかったなんて知らなかったの」

「悪かったな。こちとら馬鹿な片割れのせいで首が回らなくてな」

「人を探すなら情報収集は必須でしょうに、私とつながる可能性があるからとおろそかにしていたのでしょう?」

「俺はどっかの片割れと違って故郷をそれなりに愛していてな」

「そんなんだから咲良に変態と言われるのですよ」

「言ってろ。俺は誰かの意見に流されるつもりはさらさらないさ」

「そう。咲良も苦労するわね」

「苦労しているのは俺の方だがな」


 咲良を探している咲斗に、『森羅万象』の話をしたことで二人は知り合った。神楽は秋璃の番号を知っていたが、秋璃は神楽の番号を知らなかったのですぐに再開は叶わず、協力関係を結んでいたのだが、この二人、実はかなり仲がよろしくない。


 ☆  ★  ☆


 ロゼッタの南端。神楽が張った浄化結界を明晰の魔法で見ている二つの影があった。

 一人は鶯色の髪と目をしたふんわりとしたボブの女性。白衣を改良してフリルがたくさんついた服を着ている。名は和歌(わか)(うぐいす)。 

 もう一人は足首まである白銀色の髪を後ろで緩く三つ編みで結っている。金の輪が刺繍された教服を着た女性の名は光合(こうごう)白羅(はくら)


「あらん? 死んでいないようねぇ。これは一大事かしらん」

「実験の成功ということでしょう。喜ばしいことではないけれど」

「んんっと。お仲間がいるわねん。かなり高度な浄化結界。魔力はかなり高そうよん」

「私たちだけ事が済めばよろしいですけど」

「誰に言ってるのかしらん? 二つ名もつかない『大魔導士』風情が」

「も、申し訳ありません。〝緑園(りょくえん)の狂姫〟様」

「わかればいいのよ。光合一族のご当主妃さま」


 鶯は国に仕える『魔女』の研究者で、白羅は光属性が多く生まれる光合一族の当主妃。

 光合一族の当主は代々ヴィンズの教皇で、立場だけ見れば白羅は王家より敬われる人物なのだが、鶯は白羅を敬うどころか見下しているようにさえ見える。教皇妃、ではなく当主妃と呼ぶことがそれを物語っていた。

 そもそも、守られるべきヴィンズのナンバー2がこんなところにいること自体がおかしいのだ。


「ふふん。わらわが魔族のお仲間を一層してあげるわん。愛しの我が主のために」

「……全ては、教皇様の御心のままに」


 鶯は頬を染めて自分が仕える国王のために手に魔力を込める。

 白羅も魔水晶に金の輪が浮いた、自分の身長ほどもある杖を顕現させた。


 浄化結界のドームの中にいる人物が、どれほどの実力者か考えもせず、〝緑園の狂姫〟は『魔女』〝紅の舞の君〟と『森羅万象』〝散桜〟に喧嘩を売った。


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