序章・二人の魔導師
叩きつけた拳から血が滴り落ちる。その痛みが気にならないほどに彼は苛立っていた。
「あのバカ女っ」
何度言ってもわかろうとしない。あの片割れにはうんざりする。
「俺は大丈夫だと言うのに!」
いつかはこうなると思っていた。馬鹿げた話を現実にできる力を持ってしまっているから。
—―大丈夫じゃないのはお前の方だろう。
探し出さないと。あの片割れは一人では止まれない。
☆ ★ ☆
どこまでも広がる青空に、十一回目の鐘の音が響き渡った。
魔道国家ファランの南端にある自然と調和する町、ロゼッタ。
ロゼッタの観光名所にもなっている町最大の市場は、昼食の買い物をする客で賑わいを見せていたが、最近世間を騒がせている物騒な事件のせいか、観光客の姿は数人しか見当たらなかった。
そんな大通りに並ぶ店舗の一つ、みずみずしい果実が奇麗に並んでいる青果店に、買い物に来ている赤と青が入り混じった髪を持つ青年と、白銀色の髪を持つ少女が歩いていた。
「林檎一つ貰いますね。いくらです?」
「お前はまた勝手に……。すまない。追加で苺とキウイ四つずつ」
髪と同じ白銀色の瞳を林檎に向けて言う美少女は椿咲良。ため息をつきながら店主に追加の注文をした青と赤のオッドアイの、女性と見まがう中世的な容姿をしている青年は美ノ上神楽だ。
咲良が儚げな容姿とは裏腹にワンピースの裾で手にした林檎を拭き、お代を払う前にかぶりつく。そんな咲良を神楽は無言ではたいた。
「あたっ。もう。神楽ったら手が出るのが早いですよ~」
「せめて代金を払ってから食べろ」
神楽は呆れて言うが、咲良は他人事のように笑ってもう一齧りした。
「正論ですが泥棒しないから問題ないですね」
「倫理観の問題だ」
「私とは無縁の言葉じゃないですか!」
自信満々に言った咲良にこめかみを抑える神楽。二人のやり取りに、聞いていた店主が噴き出した。
「はは! 仲がいいねえ。恋人さんかい? 見ない顔だけど旅行にでも来たのかい」
「旅をしている。恋人などでは断じてない」
「それはそれで面白そうですけどねぇ」
神楽を見上げて笑う咲良の言葉に「勘弁してくれ……」と神楽は本気で嫌がりながら、店主に銀貨を一枚出した。
気のいい笑顔を浮かべ注文された果実を丁寧に包装している店主は、仲良さげな二人に話しかける。
「この辺りは最近物騒だからね。外から来るお客さんは久しぶりだよ」
「例の殺人鬼か。俺たちも聞いている」
と、言うよりは殺人鬼の噂を聞きつけてこの町に足を運んだのだ。
殺人鬼の話題が出た瞬間、隣からピリッとした空気が伝わってきた。
「何でも、殺しのターゲットは無差別で村に住む人間を一人残らず殺して回っている。と」
「その死体には彼岸花が咲いているって噂。本当なんです?」
「本当らしいよ。常連さんの中に被害者の娘さんがいてねぇ。酷く憔悴しちゃって見てらんなかったよ。ほんと許せないったらありゃしない」
三年ほど前に現れた無差別殺人鬼。通称〝彼岸の悪魔〟この殺人鬼は小さな村に訪れてはそこに住む人々を魔法で殺し、そして魔法で彼岸花を植え付けて姿を隠す。極めて危険で陰湿な闇属性の魔導師だ。
村を一つ滅ぼし、尚且つ一人一人に植物を植え付けるほど一度に多くの魔力を使うと、回復にはかなりの時間を必要とする。
現れた当初は長期間開いていた殺しの間隔は最近は短く、そしてより大きな村や小さな町を狙うようになっていて近隣の国民を恐怖に陥れている。
国はそんな殺人鬼を指名手配して追っているが、中々足取りがつかめず捜索は低迷しているらしい。
「そうか。ならやはり殺人鬼は『魔女』で間違いなさそうだな」
「ええ! 人に花を植え付けるだなんて大昔に失われた魔法を扱える魔導師が『特大魔導師』以下の雑魚のわけがないですから!」
「お前はまた角が立ちそうな言い方を」
「事実ですから!」
何も知らない人が見たら人畜無害に見える笑顔で言い放った咲良には、そう言っても許されるくらいの才能と実力が備わっている。だからこそ神楽はこの天才馬鹿に手を焼かされるのだが、その話はいいだろう。
魔道階級は魔力を持ったならば産まれながらに与えられる。
産まれた時は『見習い』それから魔力量と知識量、技量によって『低級魔導師』『中級魔導師』『上級魔導師』『大魔導師』『特大魔導師』『魔女』『森羅万象』と徐々に上がっていく。
普通に学べば『上級魔導師』には誰でもなれ、血を吐くような努力をすれば『大魔導師』にはなれる。『特大魔導師』は才能があればなれる存在で、『魔女』はその中でも抜きんでた天才がなれる憧れの存在だった。
そして、『森羅万象』は人知を超えた力を持つ魔導師に与えられる象徴だ。その存在は千年の歴史をさかのぼってもたった十人しか確認されていない。
そのうちの一人、十歳という幼さで『森羅万象』の称号を与えられた神童。それこそが椿咲良。〝散桜〟だ。
「お前さんたち、まさか殺人鬼を捕まえる気なのかい?」
「まあ、そんなところ、だろうか」
「ってことはお国から雇われた『魔女』様かい。神の使者様が向かってくれるなら安心して眠れる時が戻ってくる日も近いかもしれないね」
「…………そんなわけ」
「咲良」
神の使者。己をそう評された瞬間、咲良の機嫌が急降下した。
神楽はそれに気づき、いつものように名前を呼んで押しとどめるよう働きかけるが、今回ばかりはそれでは止まってはくれないようだった。
「そんなわけが、ないでしょう?」
「咲良っ」
「私が、あの子を傷つける国に仕えるなんて、妄言もいいところです」
「咲良。落ち着け。そんなこと赤の他人が知るわけないだろ」
そっと肩を掴み軽く引くと、やっと咲良は落ち着いてくれたようだった。
咲良がここまで過剰反応を見せるのも、ある意味当然のことだ。
先が思いやられる。
神楽はそう思いこっそりとため息を吐いた。