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ペーパーレス社会

作者: 十一橋P助

 門扉を閉じ、玄関のドアを開けようとしたところで、

「遠藤さん?」

 振り返ると男がこちらを見ていた。紺色の制服を身につけ、赤い電動バイクにまたがっている。

「はい」と応じると、男はバイクを降りて歩み寄ってきた。

「よかった、ご在宅で。近頃はほら、あれがない家が多いでしょ」

 彼は門扉越しに何かを差し出した。封書だ。それで合点がいった。彼が言うあれとは郵便受けのことだ。確かにうちも付けていない。

 私がそれを受け取ると、

「じゃあ、確かにお渡ししましたよ」と言って男はバイクで走り去った。

 その後姿を感慨深く眺めてしまう。久しぶりに郵便配達員を見たからだ。確か最後に実物を見たのは私がまだ幼い頃だったように思う。あとはテレビや映画の中だけだ。

 それにしたって今頃手紙とは……。届いた封筒を見る。宛名にはいびつな手書き文字で私の名が記されているが、差出人の名がない。

 思えば紙という物質を手にしたのも久しぶりだ。郵便は電子メールに、本は電子書籍に、お金は電子マネーに、新聞はウェブで配信される。会社の書類もデジタル化された。息子が通う学校だって、教科書もノートも、卒業証書にいたるまでタブレットPCの中だ。さらにトイレットペーパーは便器が全自動化されたおかげで必要なくなったし、ダンボールなど梱包用途には再生可能な新素材が開発された。それもこれも地球温暖化防止策の一環……つまり二酸化炭素を減らすために採られた政策だ。全世界で原則紙の使用は禁止されたのだ。

 だが例外もある。ひとつは絵や書道などの芸術面での使用。もうひとつはデジタル社会に適応できない一部の高齢者など……所謂デジタル難民を救済するため、許可があれば紙の生産も使用も認められている。ただし、それにはかなり高額な対価を支払う必要があるため、実際に紙媒体を使っているのは酔狂な金持ちだけだ。

 家の中に入り封を切った。今となっては貴重品の紙に鋏を入れることは躊躇われたが、中を見ずに放っておくわけにもいかない。

封筒の中には一枚の便箋が入っていた。そこに書かれた文面を読み始めた瞬間目を見張った。

 まさか。こんなものが本当に存在していたのか。子供のころ祖父の思い出話の中で聞いたことはあったが、てっきり都市伝説の類で実在するとは思ってもいなかった。電子メールの黎明期にもこれとよく似たものが流行ったそうだが、どちらにせよ目にしたのは初めてだ。こんなものが手に入ったなんて、私はなんてラッキーなんだ。

 さて、これからどうしたものか。文面にはこれと同じ内容の手紙を5人に送れと書いてある。しかしその通りにしたら便箋と封筒を5セット購入もすることになり、さらには郵便料金もかかってしまう。私の懐事情からしたらこれはかなりの痛手だ。だったらこのままこの手紙は私だけのものにしようかと思うものの、こんな貴重な体験は誰かと分かち合わずにはいられない。それなら手紙の言う通りにしようかと仲のいい友人の顔を思い浮かべるのだが、たった5人に絞り込むなんてとても無理な相談だ。じゃあいっそ思いつく相手すべてに送ってやろうか。いやいや、そんなことしたらこの手紙の意味がなくなってしまうし、そもそもそれほどの紙を買う金がどこにある。

 うーむ。まったく厄介な代物だ。

 ん?

 そうか。

 こうやって悩ましい思いをするからこそ、これは不幸の手紙と呼ばれるのだな……。



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