白の仔ら-⑥ 悪戯っ子
今月は2話です。2話目短いので連続投稿です。
『木漏れ日』に暴風が吹き荒れていた。
「こらー! シュッテ、アウフィ。お客さん用のクッキー、食べちゃダメでしょ!」
サクサクサクサク、サクサク、ゴクン。
「シュッテ、知らないもん」
サクサクサクサク、サクサク、ゴクン。
「アウフィも知らないもん」
木の実をほっぺに溜めこむ子栗鼠のような動作で、クッキーを口に詰め込むシュッテとアウフィ。マリエラが他所を向いた隙に、容器からクッキーをさっと取り出し、『木漏れ日』の隅っこに隠れての犯行だ。
マリエラがどんくさいものだから、双子の犯行はバレバレなのに成功率はうなぎのぼりで、『木漏れ日』のお客さん用クッキーは絶滅の危機に瀕している。
マリエラが連れ帰った双子は、初日からそれはもうやりたい放題で、作り置きのお菓子をぱくぱく盗み食いしたり、裏庭の薬草園の薬草を蹴散らし走り回った挙句、摘んだ薬草の籠につまづいてひっくり返したり、聖樹に登って枝をばっさばさと揺らしてみたりと暴れまわっていた。
朝っぱらから聖樹にあげるために準備していた《命の雫》入りの水を、ちょっと目を離したすきに引っ張り出して、空に向かってまき散らして虹を作ったついでに自分たちもずぶ濡れになるなんて可愛いもので、キャロラインのスカートをめくりたそうにウズウズしだした時なんて、マリエラの寿命が縮むかと思った。
本物の貴族令嬢のスカートをめくるだなんて、魔の森の氾濫並みの危機的状況だったと思うのだけれど、マリエラが本気で握りこぶしを作ったから、さすがの双子も空気を読んで辞めてくれた。マリエラの変顔が『木漏れ日』名物になる前に、少しは遠慮や加減を覚えて欲しい。
「はー、もう、疲れた。今日のお昼はパンか何かで済ませよう。ついでにクッキーの材料も補充しなくちゃ。ジーク、お店中休みにして買い物いこう」
「分かった」
嵐のような双子の遠慮のなさに、“ジークの親戚の子”という説明は常連客にあっさりと受け入れられたけれど、双子に振り回されてマリエラは少々お疲れモードだ。
ちなみにマリエラでなくジークの親戚ということにしたのは、色素の薄い双子の外見がジークよりだというだけの話だ。
「おでかけ、おでかけ! シュッテもおでかけ!」
「かいもの、かいもの! アウフィもかいもの!」
「はいはい。二人ともお出かけしたいなら帽子かぶってらっしゃい」
ジークの銀髪に比べて双子の髪は真っ白で、肌も抜けるように白いから、二人そろうとかなり目立つ。だから、二人には目の色と合わせた色違いの服を着せ、外出時には帽子もかぶらせている。
「小っちゃい子がお揃いの服着ると可愛いね。シュッテの青緑色は丸々したイワシみたいだし、アウフィの黄緑色はコロンとした芽キャベツみたい」
「シュッテ、イワシじゃないもんー!」
「アウフィ、芽キャベツじゃないもんー!」
「あはは、かわいい、かわいい」
マリエラにいたずらするのと同じくらい、いじられるのも嬉しいらしく、双子はアイスグリーンとパステルグリーンの瞳を輝かせてまとわりついてくる。
もっとも、双子の中ではジーク>>マリエラの優先順位だ。やはり顔か、顔なのか。
「ジーク、早く行こう!」
マリエラの呼び声に応えるジークの両脇に双子が駆けよる。
「ジークはシュッテとおててをつなぐの」
「ジークはアウフィとおててをつなぐの」
「俺は警護があるから、マリエラと手を繋げ」
モテ期など慣れっこなのかジークはいつも通りの塩対応だ。
「ぶー」「ぶー」
声に出してむくれて見せるシュッテとアウフィだが、それでもジークには悪戯をしないから、イケメンというのは幼児相手でも得をするものらしい。
「じゃー、私と手を繋ごっか」
「やー」「やー」
マリエラが差し出した手の平にそれぞれパチンとタッチすると、シュッテとアウフィは駆け出していく。マリエラとは手を繋いでくれないらしい。
「……マリエラ、俺と繋ぐか?」
「やー」
気を使ったのか本気なのか、差し出されたジークの手の平を、マリエラもパチンとタッチして、せわしない双子とマリエラ、ジークは市場へと買い物に出かけた。
「シュッテはね、ふっかふかの雲のパンをたべるの」
「アウフィはね、しろくてあまいパンをたべるの」
「この、ぜいたく者どもめ」
マリエラの突っ込みに、双子がきゃっきゃと笑い声をあげる。お昼のリクエストは砂糖がたっぷりかかったふんわりミルクパンらしい。ふわふわしすぎて値段の割にお腹にたまらないとジークやリンクスには不評だが、ミルクパンはマリエラも大好きだ。
ミルクパンを三つと、ジークが好みそうな肉や野菜がたっぷりサンドされたバケット、夕食と明日の朝食用にチーズや木の実の練り込まれたパンをいくつか選んでいく。
「くものパンー。お日さまのくだものも食べたいの」
「くものパンー。あまくてすっぱい雨ものむの」
「あっ、こら、二人ともどこ行くの!」
ミルクパンが三つ入った袋を受け取った双子は、会計中のマリエラとジークを置いて再びとっとこと駆け出していく。パンの袋にジークが手を取られた隙の脱走だ。
「おそらく果物屋だろう。すぐ追いつける」
この双子、本当に片時もじっとしていない。『木漏れ日』にやってきてまだ2日と経っていないのに、いつものことと慣れてしまった。
会計を済ませたマリエラとジークは、双子を探しに青果店の方へ向かっていった。
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「らっしゃい、今日はオレンジがお買い得だよ!」
「うーん。パパ、リンゴは剥いたら食べるんだけど、オレンジはあんまり食べてくれないのよね」
青果店の前で、一人の少女が小首をかしげて悩んでいた。
癖のある黒髪にぱっちりとした釣り目がちの瞳が印象的な少女は、迷宮討伐軍の猛者が恐れをなす治療技師、ジャック・ニーレンバーグの愛娘、シェリーである。
幼い頃に母親を亡くした彼女は父と二人暮らしだ。家事は手伝いの女性に頼んでいるが、簡単な料理を作ったり、足りない食材を買いだしたりと、シェリーも積極的に家事を手伝っている。
12歳の愛らしい娘の手がナイフを握り、汁気たっぷりの果実を切り分けている間、彼女の父親もまたその手にメスを握って、血の気たっぷりの兵士の体を切り分け……治療しているわけだ。
父親に弁当を届けるシェリーの隠れファンを自認する、迷宮討伐軍の大きなオトモダチ達は、果実を切る彼女の手つきが父親とそっくりなことを知るべきだ。
「まんまるお日さまおいしーの」
「いやしの雨はげんきがでるの」
「あら、見かけない子たちね。わぁ、双子? かわいい」
果実を選ぶシェリーの両脇に青緑と黄緑の服を着た双子がぴょこんと顔を出す。
黙っていればビスクドールのような愛らしい双子に、シェリーの瞳がきらんと光る。一目でハートを撃ち抜かれたようだ。
「「くださいなの」」
「へい、毎度。1個1銅貨だぜ」
青果店の親父の方はノーダメージで、あざとい角度で小首をかしげて手の平を出す双子相手に、淡々と値段を告げている。少々可愛らしくても、そんなことで絆されていては商売なんてやっていられない。
「むぅ。お金はマリがもってるの」
「むぅ。お金はエラがもってるの」
「マリ? エラ?」
左右からのユニゾンを楽しむシェリーと対照的に、青果店の親父はジト目で、
「じゃあ、そいつを連れてきな」
と双子をあしらう。
周囲にマリだかエラらしき人物は現れない。どうやらこの双子、保護者をぶっちぎって青果店に来たようだ。自業自得だというのに不服そうに口を尖らす双子はなんとも愛らしい。
「おじさん、オレンジ4つ頂戴。この子たちに一個ずつと私に二つ。はい、お代」
見かねたシェリーが双子にオレンジを買ってやる。
「おねえちゃん、ありがとう! おれいに雲のパン、あげるの!」
「おねえちゃん、いいひと! おれいに雲のパン、どうぞなの!」
二人して、一つのミルクパンを取り出してシェリーに差し出す。
「いいわよ。それ、おうちの人の分でしょ?」
「マリのパンだからいいのにー」
「エラのパンだからいいのにー」
マリエラのパンをプレゼントするつもりだったのか。名前の分割の仕方といい、双子の中でマリエラの地位はどうなっているのだろうか。
マリエラのミルクパンを袋にしまった二人は、なにやらひそひそと内緒話をした後、「ちょっとだけ、ね?」「くだものふたつぶん、ね?」と頷き合って、シェリーの方へと寄ってきた。
「おれいはしなきゃなの。シュッテの風がおねえちゃんをまもってくれますように。じゃあね、おねえちゃん」
「おれいはだいじなの。アウフィの風がおねえちゃんをたすけてくれますように。ばいばい、おねえちゃん」
ちゅっ、ちゅっ。
シェリーに抱き着くと、交互にシェリーの左目あたりにキスをする双子。
ふわ、となびくカーテンに撫でられたような感触に思わず目を閉じたシェリーが再び目を開けると、双子ははぱたぱたと走って市場の雑踏に消えていった。
「突風みたいな子たちだったわね。すっごく可愛かったけど。……オレンジ、サラダにしたらパパも食べてくれるかも。最近疲れた顔してるし、元気が出るかも」
双子のおかげで元気がシェリーは、オレンジを籠にしまうと家へと帰っていくのだった。