白の仔ら-④ 双子
“日の高い時間に少しだけ、何かいたら引き返す。”
その約束のもと、マリエラとジークは翌日、西の森に採取に来ていた。逃げやすいようにと借りたヤグーは冬毛に換毛していてフカフカで、とても快適な道のりだった。
「わぁ、ここが風の通り道かー。あ、『風切り穂草』あった!」
話に聞いていた通り、風の通り道は一見ただの森と変わらない。けれどよく見れば、ほかの場所では梢は揺れていないのに、獣道程度の細い場所だけ下草がさわさわと揺れている。
ここが風の通り道。瞬きのポーションの原料になった風原柳が生えていた場所だ。よく見れば、草の合間に取り残した風原柳の赤い筋のある葉が見え隠れしている。
風の流れが気持ちいいのか、乗ってきたヤグーが風の通り道をふさぐように立ち止まり、下草を食んでいる。珍しい風原柳もお構いなしにムシャムシャだ。
気持ちよさそうなヤグーをその場につなぐと、ジークも薬草採取に参加する。
「どれが風切り穂草なんだ?」
風切り穂草は鳥の風切り羽のような形をしていると聞いていたのに、そんな草は見つからない。不思議そうなジークに向かって、マリエラが「風が吹く瞬間、ここを見ててね」と手元を示した。
さわ……。
下草を揺らして風が通り過ぎる。その瞬間、その風を受ける羽のようなものが、マリエラの手元に広がって見えた。
「風を受けた時だけ開くのか」
周りの植物に擬態しているのか、風切り穂草は一見葉のない細い茎にしかみえないのに、風が吹いた瞬間、茎の両端が羽の形に広がった。穂草と名前がついているから、羽毛の部分は穂なのだろう。その形も、こうして示されなければ、風に揺れる雑草に紛れて見つけることはむつかしい。
「見つけにくいでしょ? しかもね、これ普通に手折ると……ほら」
マリエラが風切り穂草を摘み取ると、羽毛のようだった穂が風に吹かれたタンポポの綿毛のようにふわっと飛んで消えてしまった。
「どうやって採取するんだ?」
こういう物だと分かってしまえば、見つけるくらいはジークもできる。別の風切り穂草を示してやるとマリエラの手が風切り穂草の根元を掴んだ。
「風切り穂草は根っこから《命の雫》を吸い上げてるからね、ちょっと流しながら摘むと散らないんだって。あ、上手くいった。このまま《乾燥》だっけ」
風切り穂草も本来は高山や岩場などの、過酷な場所に生育する植物だ。不足する栄養を《命の雫》を吸い上げて補い、より広範囲に種を運べるよう、風に運ばれる穂となったのだろう。
《命の雫》をわずかに流しながら摘んだ風切り穂草は、風を満帆に受けて飛ぶ鳥の羽のように開いたまま乾燥し、名の通り風切り羽のようになった。
マリエラも初めて扱う薬草だから、知識を探りながらの採取であるがどうやらうまくいったようだ。
「うふふふふー。こんなに珍しい薬草が手に入るなんて! いっぱい摘もう。ジーク探して!」
「分かった」
ジークが探してマリエラが摘み取るとなかなかに効率が良い。手持ちの籠の中に珍しい薬草がどんどんたまっていく様子に、マリエラのテンションもどんどん上がる。
ご機嫌なマリエラとは反対に、ジークは警戒を怠らない。
今のところ、この辺りにはマリエラとジークだけ。魔物除けポーションも振ってきたし、獣除けの魔法陣も使っている。万全の準備できたから魔物の気配はないし、野生の動物も寄って来たりしていない。
そうしてどれだけ採取を続けただろう。
ざざあっ。
ふいに、ひときわ強い風が吹き、マリエラは思わずぎゅっと目をつぶる。
マントがふわりと翻る、それは僅かな時間のことだったのに。
「ヤグーふかふか~」「ヤグーふわふわ~」
「えっ、なに!?」
突如、マリエラの近くで子供の声がした。ヤグーを繋いでおいたあたりだ。
「何者だ!?」
マリエラを背に隠すようにジークが身構える。その手には抜刀した剣が握られ、鋭い眼光がヤグーの方角をねめつける。
「きゃあ!」「きゃあ!」
鬼気迫るジークの形相に、怯えたような声が上がり、殺気を受けたヤグーが「メ゛エェ!」と叫び声をあげた。
「え、子供!?」
驚くマリエラ。
ヤグーの腹の下、長い毛に半分埋もれて顔を出していたのは、真っ白い二人の子供だった。
白い肌に白い髪、着ている服まで真っ白で、ガラス玉のように透き通った瞳だけうっすらと色づいている。エミリーちゃんよりずいぶん幼く見えるから4歳くらいだろうか。
眼の色以外はそっくりで、肩にかかるくらいの髪とやんちゃそうな顔立ち。双子の女の子とも男の子とも見える。控えめに言って、かなり可愛い。
「何者だ!」
可愛い白い双子に一目で緊張を解いたマリエラと違って、ジークの警戒はマックスだ。
おかしな動きをしたら子供でも切り殺すと言わんばかりの殺気である。
ジークの殺気を受けた子供とヤグーの脚がプルプルと震える。
子供たちを守るつもりか、震えながらも暴れずその場に立ち尽くすヤグーがいじらしい。
「ふえぇ、こわいの」「うえぇ、かなしいの」
「ちょっとジーク、やりすぎ! ほら、ただの子供じゃない」
ジークの剣幕に思わず泣き出す双子。マリエラは慌ててジークに剣を納めるよう促す。
「ただの子供……じゃない」
採取の間もジークは警戒を解いていなかった。ただの子供にジークに全く気付かれず、こんな距離まで近づくことなどできようか。
今、ありありと感じる気配は生命力に満ち溢れた子供にふさわしいものだ。しかし、その気配がいきなり現れた事実は、どうしたって普通ではない。
「メ゛エェ! メ゛エェ!」
緩まないジークの殺気に、いよいよヤグーの動きが怪しくなる。マリエラとジークが騎乗できる大きさなのだ。子供たちが蹴られでもしたら、怪我ではすまないだろう。
「ジーク、大丈夫だから。私を信じて?」
ジークの前に出たマリエラは、ジークの瞳をじっと見つめて言う。
その表情は、その瞳は、死にかけのジークを買うと飛び出したあの時とそっくりだった。
「マリエラ……。わかった」
こういう時の、きらきらと煌めくマリエラの金の瞳に見つめられると、何か大きな力に働きかけられているような気がしてしまう。剣を納め殺気を解いたジークだが、それでも柄から手を離さないのは、万一に備えているのだろう。
「二人ともジークがごめんね? もう大丈夫だからね。二人はどこから来たの? お名前、言える?」
二人に近づき、しゃがんで視線を合わせたマリエラが優しく問いかけると、双子はヤグーの毛に隠れながらも泣き止んでくれた。
「ひっく……。アウフィはアウフィなの」「ひっく……。シュッテはシュッテなの」
「メエエェ」
名乗る双子とヤグー。ヤグーも名乗っているのだろうか。メエエさんか。
近くで見ると、澄んだ瞳の色がよくわかる。そっくりな双子の少しだけ異なる瞳の色は、シュッテと名乗った方がアイスグリーン、アウフィがパステルグリーンで、まるで風に色が付いたようだとマリエラは思った。