SS:しびれるほどに美味しい料理
「明日は非番だろ? ジークもエドガンも、遠慮なく食え食え。マリエラ嬢ちゃんの護衛なら心配すんな。屋敷にゃ他の兵士もわんさかいるんだ」
「ごちそうさまです、ヴォルフガングさん」
「ゴチっす、ヴォっさん! さっすが迷宮討伐軍、鉄壁の盾、6番隊隊長! 太っ腹ー!」
「はっはっは。ヴォっさんはやめろ、エドガン。オッサンみたいじゃねーか」
エドガンが、「いや、実際オッサンじゃないっすか」と言い返さないのは、相手が大先輩でもあるヴォルフガングだからというのもあるし、値の張りそうなこの店が、ヴォルフガングのオゴリだからというのもあるだろう。
「それにしても、他の隊長連中気が利かねぇな。お前らだって辺境伯の帝都邸に厄介になってんだ。身内みてーなもんじゃねーか。なぁ?」
「そう言っていただけると、光栄です」
「ジークは堅ってーなー。こういう時は、アザッスでいーんだよ、アザッスー。それにしても、迷宮討伐軍ってAランクに昇進したら、こんな店でお祝いしてもらえるんスね」
「あぁ、この店は俺たち隊長連中の御用達なんだ」
帝都の繁華街から一本奥まった場所にある小さな料理屋。
常連でなければ入るのもためらわれるような小さな店には、10席ほどのカウンター席しかない。
小さな店だから安いというのは偏見だ。磨かれた一枚板のカウンターはトレントの木材だろうか。調度品の一つ一つが使い込まれた高級品で、棚に並べられた酒瓶からも、店主のこだわりが感じられる。
カウンターの向こうで調理をしては、客の予算と好みに合わせて料理を作ってくれるこういう店は、食の楽しみを追求したい大人の場所だ。ついでに言うなら、財布の中身も大人の余裕が欲しいところだ。
迷宮討伐軍では兵士がAランクに昇格すると、帝都任務のついでではあるが、先輩のAランカーがこの店に連れてくるのが慣例であるとか。
ウェイスハルトの護衛任務の交代で帝都にやってきたヴォルフガングは、ジークとエドガンがここに来たことがないと聞いて、わざわざ連れてきてくれたのだ。
長く迷宮討伐軍に在籍していても、Bランク以下は来られない特別なお店らしいのに、そこまで目をかけてもらえるとは有り難い限りだ。
しかも、今日はAランカー限定の特別料理で、たった3人のために店は貸し切り。
出される料理も大層旨い。大層旨いのだけれど……。
「はぁー、この肉、うっめー。口に入れた瞬間、脳天にガツンってくるくらい、うまってなんのに、このソースかな、ちょっとピリッとするおかげで、くどくないっつーかいくらでもイケるっつーか」
「あぁ、こちらの魚もたまらんな。透き通るような見た目から淡白なイメージだが、口入れると驚くほどに濃厚だ。付け合わせの野菜とソースの酸味が合わさるとまた……」
流石は帝都だ。こんなおいしいお店があるとは。
だが、この旨さ、店主の料理スキルが高いだけではないだろう。おそらく素材が違うのだ。
ジークは『木漏れ日』でも、時折、震えるほどに旨い料理を食べたことがあったなと思い出す。レシピ通りに錬金術を駆使して調理するマリエラの料理はどれもかなり旨いのだが、時折とんでもない絶品料理が出ることがある。
例えば、土竜や赤竜のステーキだとか、フレイジージャが魔の森の奥から得体の知れない何かを捕まえてきた時だとか……。
ガッフガッフ。
ジークの思考をエドガンのがっつきが邪魔をする。
よほど美味しいのだろうか、口いっぱいに詰め込んで、これでは喉を詰めそうだ。
「スッゲェ……。しびれるほどにウマ……ウマイ、マイ……マイな?」
「あぁ……。舌がとおけ……とお、と、ろ、け、そうら……?」
なんだこれ? ろれつの回らない口に、ジークとエドガンは顔を見合わせる。というか、ろれつが回らない代わりに、景色がくらくら回って見える。ついでに冷や汗がスッゴイような……。
「ゴクリ。……ングッ、ンググッ」
「エ、エロガン、らいろうぶか!?」
息をのんだついでに料理を喉に詰めたエドガンの背中をジークがさする。その手もなんだかブルブルしている。
別にナチュラルに「エロガン」とディスったわけではない。ろれつが回らないだけだ。最近のエドガンは帝都で出会ったエンジェルちゃんに夢中で、わりと品行方正なのだ。
だがこのままでは、エンジェルちゃんに会う前に、天に召されて本物のエンジェルに会うことになりそうだ。これはヤバイ。本能的に生命の危機的なものを感じるヤバさだ。
「おう、エドガン、これ飲め、これ飲め。キューっといけ。ジーク、お前もな」
顔色の悪いジークとエドガンに、ヴォルフガングが自分が飲んでいたドリンクをグラスに注いで渡してくれる。
ゴッゴッゴッゴ。
「ぷはっ、死ぬかと思った……」
「俺も。……ん、治ってる? それにこの味は……」
グラスに残ったドリンクを見るジーク。この味には覚えがある。お腹壊しちゃったりした時に、マリエラが飲めと渡してくるアレだ。
「ジークは気付いたみたいだな。マスター、さっきの料理の説明をしてやってくれ」
ニヤニヤと楽しそうに笑うヴォルフガングに促され、これまた楽しそうな顔をして、マスターが料理の説明をしてくれた。
「こちらの肉料理は、毒甲渦亀のもも肉です。もともと淡白なお肉ですので、燻製にした後、ソースに漬けこんでいます。デモンガーリックも使っていますが、先ほどピリッとするとおっしゃっていたのは、ソースではなく肉の方ですね。
お魚の方は魂毒鰻。泥臭さを除くために3日間浄水で飼育し、捌いたあともハーブで臭み消しをしたものですね。付け合わせの野菜はヴェノム・ビーツにシャドウリーフ、使っているオイルはマレフィセント・オリーブのものになります」
確認するまでもない。今まで出された食材は全部、旨いがヤバイ毒である。
「あのう、ヴォルフガングさん?」
「かわいがり? これって、新人に対する可愛がりなんすか!?」
ガクガクガク、ブルブルブル。
毒は解毒ポーションで消えたけれど、二人の震えは止まらない。
新人Aランカーにこんなものを食べさせるなんて、迷宮討伐軍、超コワイ。
目の前の男が卑怯者なら怒りも湧いてくるのだが、自分たちに毒料理をごちそうしてくれたのは実力も確かな大ベテラン、頼れる先輩ヴォルフガングだ。そのヴォルフガングが笑顔で毒料理をごちそうしてくれる、その事実が倍怖い。
青ざめるジークとエドガンの目の前で、ヴォルフガングは笑いながら毒の料理を口に入れ、次いで先ほどのドリンク――解毒ポーションをキューっとやる。
「でも、うめぇだろ? 綺麗な花にゃ棘があり、旨いもんは毒があるっていうだろ? あ? 言わねぇ。まぁ、いいや。ここの料理がうめぇのは確かだからな。もっともAランクにもならなきゃヤバくて食えねんだよ。
ほれ、お前らもそんな顔してねぇで食え、食え。こうやってポーション飲みながら食えば死にゃしねぇ。運が悪けりゃ、明日もちょーっと痺れが残るくらいだ。なぁに、かえって耐性がつく」
「え……毒耐性?」
「つく……のか? まじで?」
解毒ポーション片手に毒料理をぱくつくヴォルフガングを見る限り、迷宮討伐軍流の新人いびりではなさそうだ。
少しばかり安心すると、今度は先ほどの味が思い出される。
毒であることを除けば、本当に、とんでもなく旨かったのだ。
冒険者ランクが上がる、つまりは肉体が頑強になれば怪我だけでなく毒に対する耐性だって強くなる。だからこれで済んだだけで、弱い者が口にしたならそのまま昇天しかねない。
そう考えれば、この料理に耐えられる肉体を手に入れたご褒美とも考えられる。この毒料理は、強者にのみ許された究極のご馳走なのだ。
ごくりと生唾を呑み込むジークとエドガン。
ものがものだ。こんな料理は、伝手が無ければ食べれまい。
「本当に毒耐性つくかな?」
「明日、少ししびれるくらいなら……」
美食の誘惑に負け、解毒ポーションを片手に食事を再開する二人を見ながら、ヴォルフガングは「……運が良ければな」と小さい声で付け加えた。
■□■
翌朝。
「マ、マママリエラ、おはおはおはおは……」
「ハヨーッス、ジークにマリエラちゃん。って、ジーク、おま、ギャハハハハ!」
「ちょ、ジーク、どうしたの!? 顔が真っ青、え? 毒!?」
流石はジークムント、運が悪い。
大勢の期待を裏切らず、見事痺れの残ったジークと、サクっと弱毒耐性をゲットしたエドガン。昨夜の美味しい料理に元気ハツラツなエドガンから事情を聴いたマリエラは、呆れながらも解毒ポーションを取り出す。
「もー、何やってるのよ、ジーク。わ、手が震えて飲めないじゃない。しょうがないなぁ、はい、あーんして」
「あー……、ゥゲホッ、ゴホッ。あ……、治った。有難うマリエラ。でもこの解毒ポーション、いつもと味が違うな……」
「うん、キャル様が素材を仕入れてきてくれた即効性のあるやつだからね!」
マリエラがにこやかに「あーん」なんていうから、優しく飲ませてくれるのかと思いきや、瓶ごと口にぶち込まれたのはいつものことだ。あと、飲まされた解毒ポーションがガザ蟲原料の通称蟲汁ポーションだったところに、マリエラの怒りを感じなくもない。毒と分かって食べるなど、何をやっているのだと言いたくもなる。
「おう、お前ら調子はどうだ?」
「ヴォっさん、昨日はゴチでした! 俺はなんともないス。ヘヘッ、耐性ゲットしちゃったかな?」
「……昨日はしびれるような料理、ごちそうさまでした。俺は……今朝までしびれてました」
「そーかそーか。ジークは残念だったが、エドガンは耐性付いたか!
……ならパーティー護衛も頼めるな!
いやー、困ってたんだよ。毒見もできる護衛がこっちにいなくてな!」
「え?」
今なんと? なんだか不穏な単語が聞こえた気がする。
エドガンが聞き返すより早く、ヴォルフガングが昨日の毒料理について説明をしてくれた。
「あの店で付く耐性なんて、たかが知れてる。鑑定紙にも乗らないようなチャチなもんだが、それでもポーションのない迷宮都市じゃ意味があったんだ。生死の境って時に、境を越えずに済むんだからな。だから、Aランクの昇進祝いって形が定着したんだよ。単純に、あの料理は絶品だしな!
解毒ポーションのある帝都じゃな、パーティーとかで役に立つんだ。毒見役は必須だからな。お付きですって顔してウェイス様のグラスの酒を代わりに飲んだり、先に料理を食うわけよ。そういう場所で盛られる毒は即死モンのヤベーのが多いんだが、耐性がありゃ、解毒ポーションを飲む間くらいはもつからな!
まー、今までは俺ら耐性持ちの隊長連中が持ち回りでやってたんだけどよ、パーティーなんて柄じゃねぇし、これから機会が増えそうだしで困ってたんだ。
着飾った奥様連中の香水で鼻がもげそうなんだぜ。心にもないお世辞なんてオエッてなもんだし。
お前ならそういうのもそつなくやれんだろ? やぁ、適任者ができてよかった、よかった!」
「え? え? どくみ……? いや待って。オレ、迷宮討伐軍じゃないッスよ?」
キョドリながらもなんとか逃げようとするエドガンの肩をヴォルフガングががしっと掴む。
「特別手当、でるぞ。金額は……」
「マジッ……!? いや、でも、毒は流石に……」
「毒もるなんて大それたこと、めったにおこんねーから。ダイジョーブダイジョーブ」
「ちょ……、待って、ジーク、たすけてぇー……」
ヴォルフガングに引きずられ、連れ去られていくエドガン。
後で聞いた話によると、毒を盛られること自体は、本当にめったにないことらしい。
当然だ。対魔物に特化しているとはいえ、帝国でも有数の軍事力を誇るシューゼンワルド辺境伯に喧嘩を売るなんて、そんなバカはそういない。
しかし、貴族のパーティーに同席するためのマナー教育がそれはもう大変らしく、魔物に特攻するのに慣れた迷宮討伐軍からしてみれば、一二を争う不人気任務なのだとか。
マナー教育に泣かされることになったエドガンだったが、おかげで紳士度がちょびっとアップして、帝都邸のメイドさんたちからの人気がちょびっとアップしたらしい。
そのスマートな紳士っぷりで、愛しのエンジェルちゃんのハートを掴めるかどうかは未知数だけれど。
エドガンがなんか食べてる「生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい ~輪環の魔法薬~」は、
B's-LOG COMIC Vol.132(1月5日配信)掲載です!




