SS:迷宮都市政策立案会議~ボケて風味~
迷宮討伐後、わりとすぐの頃のお話です。
未来を模索し、方針を立案する作業。
それは為政者にとって多くの領民の人生を左右する重大なものであり、それゆえに面白みと醍醐味を感じられるものだろう。
自らの頭の中にしかなかった構想が、形を成し、現実のものとして機能し始める様子を見るのは、それが一人の人間の限界を超える大事業であればあるほど、充足感と達成感を得られるものだからだ。
社会の仕組みを構築しうる強い権限。
それは同時に臣民の幸福という大いなる責任を伴うものでもある。
――迷宮が滅びた後の迷宮都市を、どう運営していくか。
レオンハルトとその弟ウェイスハルトもまた、迷宮都市の遥か未来を見据える大事業に取り掛かろうとしていた。
敵が迷宮ならば、立ちはだかる魔物を打倒するのは手慣れたものだ。しかし、今回の敵は帝国社会の趨勢という掴み処のないものだ。
魔物と違って、自分たちと同様に思考する人間の集団を相手に、縮小していくばかりの迷宮資源しかない迷宮都市がどう戦っていけばよいのか。
今まで以上に広い見識でもって、最善の解を模索すべく、レオンハルトらは多くの有識者に意見を求めることから始めた。
なかでも、冒険者としての視点、採取家としての知識と経験、商会主の息子を持つガーク爺を招いた意見交換会は、利権に塗れた貴族たちより有益な視点を得られるだろうと、大いに期待されていた。
【ウ】「観光業はどうでしょう」
【ガ】「たしかに、エンダルジア王国時代も合わせりゃ、歴史ある土地柄ではあるな」
迷宮が討伐されて以来、街を訪れる者の数は減ってしまった。
魔の森を抜ける街道の整備を急がせているが、街に魅力が無ければ来訪者の数は増えず、経済も活性化されないだろう。
迷宮の討伐=安全になったというイメージによって来訪者が減ったなら、それを逆手にとって観光事業に着手するのはどうだろうか。
話し合いのきっかけに挙げたウェイスハルトの提案に、ガーク爺が同意する。
迷宮都市にはエンダルジア王国時代の建物も幾つか残っているし、魔の森の氾濫の傷跡さえも激動の歴史の名残として来訪者の興味を掻き立てるに違いない。
――うん、悪くない。
そんな二人の考えを、読んでいるのかいないのか、弟ウェイスハルトの提案に、レオンハルトもうむ、と頷いたまではよかったのだが……。
【レ】「迷宮観光いいではないか。バジリスク辺りは見ごたえがあるぞ」
――いやそれ、アナタが石化の呪い喰らったやつですよね?
楽しいぞ、と言いたそうなレオンハルトに、ウェイスとガーク爺は沈黙で答える。
解呪のポーションとセットのツアーでも売り出すつもりか。解呪ポーションのお値段は、迷宮の深層価格でお高めにすれば利益率は高いだろうが、高コスト高リスクの観光なんて、いったい誰が申し込むのか。
――この案は、却下だな。
ちらりと視線を交わすウェイスハルトとガーク爺。
二人ともおおむね同意見なのだろう。
だがしかし。
エンダルジア王国時代に立ち返るのは悪くない発想だ。
「迷宮、それはすなわちこの街の歴史。それに着目するとは。兄上の慧眼には感服いたします」
さすがは、兄上。
言葉の勇猛さから一瞬頭を傾げてしまったが、よくよく考えてみれば、さすがの観察眼だとウェイスハルトは感心する。
エンダルジア王国時代は迷宮などなかったのだ。精霊エンダルジアのもたらす絶対の安全はもはや存在しないが、豊かな地脈は健在だ。魔物の被害が問題ではあるが、荒れ地が多い帝国において十分にアドバンテージとなりうるだろう。
と、なると。次の着想はこれではないか。
【ウ】「肥沃な土地柄を生かしては?」
【ガ】「農業や畜産か。食料自給率の向上は必須だが、特色を出さねぇと厳しいぞ」
どっかの夢幻の射手が、狩りの腕前で食の錬金術師の胃袋を掴んだように、豊かな大地をフル活用して帝都の胃袋を掴んでやるのだ。
観光事業を始めるにしても、特産品の一つもなければ話にならないし、なにより、未だ迷宮都市は多くの物資を外部に依存している。食料自給率の向上は喫緊の課題なのだから、いっそ食に一点集中全ぶりするのも策ではないか。
ガーク爺の言う通り、どこでも採れる食材ばかりなら旨味は薄いが、地域色の強い食材を開発すれば、それを求めて街を訪れる者も増えるかもしれない。
――うん、悪くない。
そんな二人の考えを、読んでいるのかいないのか、弟ウェイスハルトの提案に、またもやレオンハルトがうむ、と頷いたまではよかったのだが……。
【レ】「魔物肉に魔物野菜。迷宮都市の特産に相応しかろう」
――魔物の系食材は、帝都ではゲテモノ扱いなんですが。
美味しいぞ、と言いたそうなレオンハルトに、ウェイスとガーク爺は沈黙で答える。
これまでの迷宮都市は食料自給率が低かったから、魔物系の食材でも食べざるを得ない事情があった。
しかし、食料豊かな帝都などでは、魔物食材はゲテモノ扱いなのだ。豚といえばオーク肉、牛といったらミノタウロス肉、鳥肉はハーピーで、魚といったら魚人系なのは迷宮都市だけの常識で、帝都では「えっ、そんなお肉食べるの? っていうか、食べても大丈夫なの?」と聞かれるくらいの扱いだ。
レオンハルトならゲテモノ料理と嘲笑されても、「何を恥ずかしがることがある」と威風堂々食して見せるのだろうが、彼が美味しく食べたとしても、販売のターゲットとなる帝都庶民が受け入れなければ、けっして販路は開けない。
(それに、今まで我慢してきてくれた迷宮都市の住人に、おいしい普通の肉や野菜を食べさせてやりたい気持ちもある……)
魔物食材も調理次第で美味しくなるが、それでも食べるために品種改良し、食材として育てた肉や野菜の方が美味しいのだ。迷宮都市の住人も他の帝都の臣民と同様、美味しい食材を食べさせたいとウェイスハルトは思っている。
――この案は、却下だな。
ちらりと視線を交わすウェイスハルトとガーク爺。
二人ともおおむね同意見なのだろう。
だがしかし。
魔の森の恵みを活かすというのは特徴を持たせる上でも良い案だ。
「迷宮は滅んでも魔の森のただ中にあるという立地に変わりはない。この迷宮都市の特徴を忘れては、どこかの二番煎じで終わってしまう。それに着目するとは。兄上の洞察力は一際特別ですね」
さすがは、兄上。
極端ともとれる発言をすることで、周囲の未熟さをあげつらうことなく凡庸な意見を一蹴するとは。さすがの指導力だとウェイスハルトは感心する。
ここは魔窟のような大迷宮の討伐を成し得た街なのだ。魔の森の中にあるという特異性も含めて、その特徴を活かさなくてどうするというのか。
と、なると。やはる着目すべきはこれではないか。
【ウ】「始まりの錬金術師……」
【ガ】「錬金術か。帝都とは異なる学派の街か。だが素材はどうする? 迷宮はあてにできねぇぞ」
そう、この街にはエリクサーの錬成を成し得た錬金術師とその子弟がわんさかいるのだ。
弟子たちはまだまだ未熟だが、その錬金術の様式は立派な装置や格式に重きを置く帝都の学派とは一線を画すと聞いている。
マリエラの弟子たちの育成は迷宮都市としても必須であり決定事項だ。まかり間違って帝都のイリデッセンス学派に邪道と糾弾されないよう、全力で保護する方針だ。そうしなければ迷宮都市の錬金学派の影番長こと炎災の賢者が帝都をファイヤーしかねないではないか。
どっちかというと迷宮都市より帝都を護ってる気もしないでもないが、とにかくうまくやっていけるようロバートを通じて話を進めている。
ならばいっそのこと、迷宮都市を挙げて炎災流の錬金術をアピールしてはどうだろう。もちろん、ガーク爺が指摘した素材の確保は、迷宮を失ったこの街にとって課題なのだが。
――うん、これ、悪くないんじゃない?
そんな二人の考えを、読んでいるのかいないのか、弟ウェイスハルトの提案に、再度レオンハルトがうむ、と頷いたまではよかったのだが……。
【レ】「魔の森に薬草園を作ればいい。錬金術師殿は魔の森に暮らしていたのだ、造作もなかろう?」
――またですか。いやそれ、えっと、それは、……えっと、えっと。
――……あれ? それ、いいんじゃね?
簡単だ、と言いたそうなレオンハルトに、ウェイスとガーク爺は沈黙で答える。
迷宮都市は周りを魔の森に囲まれている。つまり、魔物の領地でなければ生育しない薬草も、雑草のようなしぶとさで、すくすくもさもさ育つのだ。
しかも、始まりの錬金術師ことマリエラは魔の森の小屋で薬草を育てながら暮らしていた。薬草の栽培から魔物の防ぎ方までノウハウがあるじゃないか。
最大の課題、資源の枯渇をフォローしつつ、迷宮都市の地理的特徴を生かした政策ではないか。
――この案、めっちゃアリじゃない?
ちらりと視線を交わすウェイスハルトとガーク爺。
二人ともおおむね同意見なのだろう。
「まさに、それこそ迷宮都市ならではの政策かと。兄上の慧眼は魔の森の先、この街の行く末さえも見抜いておられる」
さすがは、兄上。
おそらく最初からこの結論に導くために、あのような物言いを続けてこられたに違いあるまい。
ウェイスハルトは、兄レオンハルトに対する尊敬の念を新たに、魔の森に薬草園を開拓する具体的な計画を練り始めた。
(……お兄ちゃん子は相変わらずだな。ま、将軍はここぞって指示は外さねぇから問題ねぇか)
レオンハルトが割と脊髄反射で意見を述べているだけなのを、ガーク爺は気付いていたが、悪くない方針なので黙って協力することにした。
ドヤ顔レオンハルトはコミカイライズで一体何をのたまっているのか!?
「生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい ~輪環の魔法薬~」は、
B's-LOG COMIC Vol.128(9月5日配信)掲載予定です。




