白の仔ら-③ 新しいポーション
「おかしいなー。こんな感じにまつ毛ばしばしになるはずだったのになー」
まつ毛が伸びる瞬きのポーションを使ったのに、さして変化のなかったマリエラは、鏡を見ながら考えていた。
リンクスの怪談を聞いた翌日のことだ。
ちなみにトイレへは見かねたアンバーさんが連れて行ってくれた。
「髪、はねてるわよ。いらっしゃい、直してあげる」
なんて適当な理由で連れ出してくれたアンバーさん、リスペクトだ。
それはさておき、まつ毛である。
ジークのまつ毛が伸びていたから自分もそうだと思っていたが、やっぱり気のせいだったようだ。
まつ毛増毛効果は副作用だから個人差が大きかったのか、それともマイナー・ポーションだから、改良の余地があるのだろうか。
ポーションと言えば、どんな怪我にも飲んでよし、かけてよしの万能な液体で種類が少ないイメージが強い。これらの材料や作り方は先人たちの長年の研究による完成形で、長きにわたる研鑽の結果、どこで誰が作っても、誰が飲んでも同じ効果が得られるように作り上げられている。
それに対して、特殊な効果で用途が限定されるものをマイナー・ポーションといい、その種類は極めて多い。マイナー・ポーションは用途も材料も特殊なものが多く、何より作成例が少ないから改良の余地があるものが多いし、マリエラが作ったことのないものはいくらでもある。
「『風見鶏のポーション』も作ったことないんだよね。風原柳があるくらいだから『風切り穂草』も生えてそうなんだけど……」
「風見鶏?」
鏡に向かってぶつぶつ言っていたマリエラをちょっぴり心配したのか、ジークが合いの手を挟む。
「うん。風の流れが視えるようになるんだって。船乗りに人気らしいよ」
例えば、今マリエラが狙っている『風見鶏のポーション』は風の流れを可視化してくれるもので、船乗りに人気のポーションだ。
船乗りはポーションなどなくとも天候を読むのに長けているけれど、思わぬ事態が起こった時に、このポーションのおかげで難を逃れた話が語り継がれていて、港町では船乗りがお守り代わりに大枚はたいて買い求めるのだ。
もちろん、魔の森に囲まれた陸の孤島、迷宮都市ではまったくもって需要がない。
「何かの役にはたつかもだし。金貨、ざくざくだし。錬金術師としてのスキルアップ、みたいな?」
マリエラが自分に対して言い訳をしだした。風向きが読めるポーションなど、迷宮都市で作っても売れる見込みはないだろう。
「風で飛ばされた洗濯物を探すのに、便利かもしれないな」
ジークが一生懸命ひねり出した用途でさえこのありさまだ。
単純にマリエラは新しいポーションを作りたいだけなのだが、それは悪いことではない。貧乏生活が長かったから、使い道のないポーションの原料にお金をかけるのがはばかられているのだ。そんなもの、ジークからすれば必要経費だし、溶解液スライムを揃えるよりよほどいい。
「……だが、作ったらいいんじゃないか。作れるものが増えるのはいいことだろう?」
「だよね! じゃあさ、今度西の森に採取に行こうよ」
「西の森か……。その『風切り穂草』とやら、リンクスに頼むんじゃ駄目なのか?」
新しいポーションを作ることは賛成なのだが、その材料が西の森とは。
「西の森、何かあるの?」
「あぁ。リンクスの言ってた白い獣の話あるだろう? あれが出るのが西の森なんだ」
「え。あれ、実話なの!?」
「半分作り話だと思うが、俺も白い獣の噂を聞いたことがある」
リンクスが白い獣の話を怖い話として聞かせてくれて助かった。薬草と聞けば目の色を変えるマリエラが二の足を踏んでいる。
「うーん、頼めるなら頼みたいんだけど、『風切り穂草』は錬金術師じゃないと採取できないんだよね」
「そうか……」
ジークの聞いた噂はこうだ。
西の森に時折真っ白い獣が現れる。数は必ず2頭現れるが、種類はウサギだったり猪だったり、リンクスの話のように鹿だったりと様々だという。
「魔物なのかな?」
「人は襲わないから違うんじゃないか?」
白い獣は人を襲わない。だから魔物ではないだろう。
けれど、白く珍しい獣を狩ろうと弓を射かけてみると、なぜか獣の周りで軌道がそれるという。ただの獣にそんな力があるだろうか。
「魔物じゃないなら大丈夫でしょ。風の通り道だもん、そういうのも出てくるよ」
「そうなのか?」
「そうだよ」
何の根拠もないだろうに、なぜかマリエラが自信ありげに言う。
普段は非常にどんくさいが、マリエラは二百年前、魔の森の中でたった一人で暮らしていたのだ。戦う力は皆無だというのに。
そのマリエラがこの手のことを外さないことをジークは理解していた。
白い獣は危険でない。
その判断は間違いではない。そのことをジークはこの後、身をもって体験することになる。
けれど、白い獣を狙う者がいることを、この時のジークとマリエラは知らずにいたのだ。