リクエストSS:リンクスの残したもの
外伝終了後、帝都編始まる直前のお話になります。
一 二三様KWリクエスト「ユーリケ」「リンクス」です。リクエストありがとうございました!
魔の森を抜けてすぐにあるヴァントーア村の外れにある牧場で、ユーリケはラプトルたちがのびのび遊ぶ様子を眺めていた。
シューゼンワルド辺境伯領のこの村は、魔の森を抜けて迷宮都市と帝都を行き来する者の大半が宿泊することを除けば、何もない村だった。
魔の森はほとりに向かうほど出てくる魔物も弱くなる。魔の森が自然に途切れたこの場所は、迷宮都市に比べればよほど安全な場所なのだけれど、それでもゴブリンやオークといった弱い魔物が年に数度は現れるような場所だ。
迷宮都市へ物資を運搬する補給拠点として重要だから、シューゼンワルド辺境伯はこの村に兵士を派遣していたし、それによってある程度の安全が担保されていたから、兵站を担う部隊や黒鉄輸送隊のような私設の輸送隊を相手に宿泊業を営む者が集まって暮らす場所だった。
住人ですら「魔の森に対する肉の防壁だ」と自嘲するような場所だから、住みたがる者は少ないし、当然土地の値段は安い。
黒鉄輸送隊がここに中継地点を設けたのは、迷宮都市でポーションが解禁されて以降、この村と迷宮都市を往復する、輸送兼護衛の仕事が増えていて、半ば拠点と化してきたことと、単に土地が安価であったゆえだ。
けれども、当時の主要メンバーの4人――ユーリケにフランツ、グランドルにドニーノの私財全部をなげうつような事業に乗り出したのは、その更に前、帝都の定宿の食堂でかわした会話が発端だった。
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「はー。やっぱ、帝都の肉はうめーな。『ヤグーの跳ね橋亭』のもうめーけど、庶民でも金を出せば食うために育てた魔物じゃない肉が食えんのは、さすがは帝都ってとこだよな。あ、同じのお代わり!」
一食で銀貨が飛んでいくようなステーキにかぶりつきながら、リンクスがウェイトレスにお代わりを頼む。
黒鉄輸送隊は実力主義だ。年齢が若いからと言って給料が安いということはない。だから、リンクスもユーリケも同世代の冒険者などより給料の額面はよほど高く、こんなお高い肉だって食べれてしまえる。リンクスは大酒のみというわけではないし、エドガンのように女性相手に散財するわけでもない。黒鉄輸送隊の仕事の間はラプトルを走らせながら干し肉を齧るような食生活なのだ、これくらいの贅沢は許されてしかるべきだ。
本日のお会計、銀貨2枚――1/10ジークなり。大銀貨2枚――銀貨20枚だった当時のジークが聞いたら、目頭が熱くなる豪勢な晩餐である。
とはいえ、黒鉄輸送隊の全員がそんな贅沢な夕食に舌鼓を打っているわけではない。
同じテーブルを囲むユーリケは標準的な料理を食べている。
香辛料をふんだんにまぶして焼いた肉料理で、癖のある味わいの料理だ。使われている香辛料自体、帝都周辺の迷宮で採れるものだから、たいして高いものではない。こういった料理が口に合うのだろうと思っていたから、今まで気にも留めていなかったけれど、なんとなく気になったリンクスは雑談程度に聞いてみたのだ。
「なー、ユーリケ。給料何に使ってんの?」
「貯金だし」
「いやまてよ、貯金ならマルロー副隊長が積立ててくれてんじゃん」
小遣いというには多すぎる額は渡されているが、まだ若いリンクスとユーリケは「若いうちに大金を持つと金銭感覚が壊れてあとあと苦労します」というマルローの方針により、残りの給料を強制積立されていたのだ。
どっしりと頼りになるディックがお父さんなら、マルローは苦労性のお母さんぽいなと思うのだが、こんなところまでオカン気質を発揮しないで欲しい。
ぶーぶーと抗議したリンクスだったが、「エドガンみたいになりますよ」と言われれば、言うことを聞くしかない。
ともかく、リンクスとユーリケの財産はある程度管理してもらっているのだ。渡された全額を使っても問題はないはずなのに貯金とは。
なぜかエドガンは気が付いていないようだが、ユーリケが女性であることをリンクスは気が付いている。わざわざ少年の格好をしている仲間を女の子扱いするつもりはないが、はやりの服とか有名どころのお菓子とか、そういうものが死ぬほど欲しい年ごろではないのか。
どこかの錬金術師は、オシャレには無頓着だが溶解液用の特殊スライムを全種類揃えそうになったと聞くし、彼女ももらった小遣いは全部使っちゃう派だそうだ。
「そんなに貯めて、何すんの? なんかスゲーもんでも買うの?」
例えば、レオンハルト将軍が騎乗している竜馬とか。だったら、カッコイイなとワクワクした表情で尋ねるリンクスに、ユーリケは少し呆れたような顔をして答えた。
「リンクスは、黒鉄輸送隊が終わったらどうするつもりだし?」
「黒鉄輸送隊が……終わる?」
想像もしていなかった問いかけに、リンクスは何を言われたのか分からないほど困惑した。
「そうだし。ディック隊長は目的があって黒鉄輸送隊を作ったし。だったら、それを達成した後は? そうなったら『黒鉄』のディック隊長と念話スキル持ちのマルロー副隊長を、迷宮討伐軍が自由にさせておくとは思えないし」
「黒鉄輸送隊が……。そんなこと……」
そんなこと、考えたこともなかったとリンクスは息を呑み込む。脂ののった高級肉がもたらした幸福感は消え去って、喉が渇いて仕方ない。手もとの水代わりの薄い葡萄酒を呑み込んで、ようやくそんな未来がありうる事実を認識した。
確かにそうだ。マリエラが作るポーションを迷宮討伐軍に届ける仕事に手を出して以来、黒鉄輸送隊の収益は今までにないほど高い。ディックが目標金額に到達するのも、そう先の話ではないだろう。
リンクスは、ディック隊長にあこがれていた。平民でありながら、迷宮討伐軍の隊長にまで上り詰めたその強さに。迷宮討伐軍を抜け、黒鉄輸送隊を起こすと聞いた時は驚いたけれど、それ以上に一緒にどうだと誘われたのは嬉しかった。
黒鉄輸送隊は、魔の森を抜けて帝都と迷宮都市を往復する。危険もあるし体力的にもきつい仕事だ。治癒魔法が使えるフランツがいたおかげで助かったけれど、大怪我を負ったことも一度や二度ではない。
けれどそんなリスクを含めて今が最高だと思っていたのに。
(この生活が終わる日が来るのか……)
その時リンクスはどんな風に暮らすのだろうか。そもそも孤児として生まれたリンクスには、将来なんて遠く不確かなものは想像なんてできなかった。ユーリケの生い立ちだって似たようなもので、年もリンクスより二つも若いというのにそんなことを考えていたとは。
しっかりしていると、感心する気持ちももちろんあったが、今を最高に気に入っているリンクスにしてみれば、解散なんて嫌な未来を想定しているユーリケが少しだけ腹立たしくなった。
「ユーリケは、黒鉄輸送隊が解散したらどっかに行くつもりなのかよ」
だから、少し口をとがらせながらこんな質問をしたのだけれど。
「……分からないし。ボクは髪は白いし目も赤くって、こんな色合い迷宮都市でも帝都でもよく目立つ。フランツはもっと……。だからきっと、リンクスの言う“どこか”を探しに行くことになるし。それでも、ラプトルたちと離れずに済むように、お金を貯めているんだし」
ユーリケの、どこか心細そうなその言葉を聞いた時、リンクスは「なぁんだ」と思った。
さっきまで置いて行かれるような気がして肩に力が入っていたのが、拍子抜けしたと言っていい。ユーリケには、置いていく気なんてそもそもありはしなかったのだ。
「だったらさ、また作ろうぜ、黒鉄輸送隊。そん時は、俺が隊長なー」
「何言ってるし」
真面目な話をしているのにと、眉を寄せるユーリケを逃がすまいと肩を組み、リンクスは洋々と話を続ける。
「計画ならある。てか、今考えた! いいか、大きな声じゃ言えないが、そのうち迷宮が斃される! それまでが新生黒鉄輸送隊の準備期間だ」
リンクスの話に、儲け話が無いものかと耳をそばだてていた者も、「迷宮が斃される」の一言で若者の夢物語と思った事だろう。200年を経てなおも至らぬ深淵にたどり着く日が果たして来るのだろうかと。
けれどもリンクスは話をやめない。その日が本当に来るのだと、彼は信じているのだ。
リンクスの憧れるディックやマルローが迷宮討伐軍に戻る日が来たならば、その時こそ迷宮が倒されるに違いないと。
「迷宮が倒されたらさ、迷宮都市でも錬金術師がわんさか増えて、魔物除けポーションもじゃぶじゃぶ使えるようになるだろ? そしたら、みんなが魔の森を安全に抜けられるようになるわけだ」
「同業者が増えたら、商売あがったりだし」
「チッチッチ。そこがねらい目なんだよ、ユーリケ君。いっくら魔物除けポーションがあったって、そこは、魔の森だ。馬やヤグーじゃすくみ上って進まない。それに、魔物除けポーションが効かないような強い魔物だってたまに出てくる。
魔の森を抜けるにはラプトルと俺らみたいな強い護衛が必要ってわけ」
「もしかして、帝都まで行かずに魔の森だけを往復する輸送隊にするんだし?」
「オウよ! なんなら、ユーリケが躾けたラプトルを貸してやるのでもいい。ラプトルって1頭当たりも維持費も結構高いじゃん。だから、ラプトル一杯増やして貸しラプトル屋みたいなのしたら儲かると思うんだよ。それに貸しラプトル屋なら歳食って魔の森の往復がキツクなっても食っていけるだろ?」
「ラプトルいっぱい……」
「面白そうな話をしているな」
黒鉄輸送隊の面々が参加して、話はさらに盛り上がる。
「貸しラプトル屋をやるんなら、ワシは馬車の修繕工房でも開くとするか」とドニーノが言えば、
「では人の方は私が治そう。もちろんラプトルもな」とフランツが応じ、
「ほっほ、拠点の防衛はお任せあれ。……拠点には腕の良い料理人が欲しいですな」とグランドルが請け負いつつも要望をだした。
「旨い料理があるんなら、綺麗なおネーちゃんもな!」と言う提案を全員にスルーされながらエドガンも楽しそうに笑っていた。
「そんで、退官して爺さんになったディック隊長も戻ってくんの。槍を杖代わりに突きながら」
「なんでだし?」
「まだ戦えるんじゃー、とか言って?」
「アンバーさんに追い出されたんじゃねぇのか?」
よぼよぼと歩いて見せるリンクスにユーリケが尋ねれば、エドガンとドニーノが理由を考え、フランツとグランドルが笑っていた。
「いや、右手に槍、左手にアンバーの手を引いて参加しよう」
「参加するんですか。それと、私の席はないんですか?」
「マルロー副隊長は、あれだ、なんか参謀みたいなの。こ……こ……」
「顧問?」
「そうそれ。で、新しい取引先メッチャ連れてきて、俺らメッチャ儲かるの」
「それはおもしろそうですねぇ」
ちょうど打ち合わせを終えたディックとマルローまで合流して、その日の話はとても盛り上がり、久しぶりにたくさん笑ったことをユーリケは覚えている。
でも、楽しかった思い出以上に。
「だからさ、ユーリケ。黒鉄輸送隊はなくなんねーし、俺らはずっと仲間だかんな。解散だとか、出ていくだとか、そんな寂しいこと言うなよ」
二人にだけ聞こえる小さな声でリンクスがそう言ったのを、迷宮が本当に討伐された今になってもユーリケは忘れていない。
■□■
「ギャウー」「ギャッギャッギャ」
ぼんやりと昔のことを思い出していたユーリケを、ラプトルたちが呼びに来た。
「お出かけしていた仲間が帰ってきたよー」「今度は僕が行きたいよー」と教えてくれているのだ。先日帰ってきたばかりだというのに、元気なことだとユーリケは微笑む。
迷宮が滅びた後、あの時の話を真っ先に思い出したのはユーリケだったが、黒鉄輸送隊の全員がリンクスのいたあの日を忘れずにいたらしい。
夢物語でしかなかった構想は、ヴァントーアの村で形を成し始めていた。
帝都からヴァントーアの村までは安価な馬で荷物を運び、ヴァントーアからはラプトルに繋ぎ変えて魔の森を抜けるというのが、新生黒鉄輸送隊が提供するビジネスだ。
黒鉄輸送隊を護衛に付ける場合は、一定数の馬車がまとまってからになるから待機時間が発生するが、その間にドニーノと弟子のニコが腕を振るう工房で馬車のメンテナンスをしてもらえるし、この拠点にはヌイという名の腕の良い料理人がいるから疲れを取るのに最適だ。
ヴァントーアの村は帝国の他の村と同様に日が落ちれば門を閉ざしてしまうけれど、村の外れに囲いを別に築かれた黒鉄輸送隊の拠点に関しては、彼らの顧客限定だが日が暮れていようが、魔物を後ろに引き連れていようが、扉を開けてもらえる。自身は弱いが遮るものさえあれば鉄壁の盾に変えられるグランドルが詰めているのだ。並大抵の魔物では、拠点の壁を破ることはできない。
それに、怪我をしていても逃げ込めさえすれば、フランツが治してくれるというのも、魅力的だったのだろう。
初期投資は確かに大きかったけれど、ディックやマルローが離れ、迷宮が斃された後も、黒鉄輸送隊は名だたる輸送隊の一つとして名を馳せている。
ディックとマルローが復帰する見込みは今のところはないが仕事のついでに顔を出してくれるし、マルローに至っては仕事まで回してくれる。
業務内容が輸送隊とは少々離れてきつつあるけれど、黒鉄輸送隊は安泰だ。
「黒鉄輸送隊はなくなんねーし、俺らはずっと仲間だかんな」
あの日、リンクスが言ってくれた言葉をユーリケは忘れない。
(その通りだし。絶対に無くさないし)
そのためには、手綱はきちっと握らねばなるまい。経営面はガッチリと。その辺の加減は、調教師たるユーリケにとってはお手の物だ。
「おーい、ユーリケ。帰ったぞー。……給料前借りさせて?」
「エドガン、まただし? これ以上は駄目だし!」
特に雇われ隊長エドガンの手綱を緩めるのは危険極まりないだろう。
給料を全部使っちゃう駄目な大人のエドガンは、当然、新生黒鉄輸送隊の出資者になれなくて、現在は雇われ隊長だ。しかも前借りしまくりだから、マルローの指導を受けて経理を担うようになったユーリケに頭がちっとも上がらない。
エドガンこそが、強制貯金が必要だったと思うのだが。冒険者とは言え、最低限のマネーリテラシーは必要なのだ。ユーリケはマルローに感謝の念が堪えない。
「そんなー。オレ、メシ食う金もねーよ」
「そんなエドガンに、3食宿付きの護衛任務があるんだし。しかも場所は帝都だし!」
迷宮都市から帰ってきたばかりのエドガンに、ユーリケは容赦なく次の仕事を言い渡す。マルローが持ってきてくれたエドガンへの指名依頼だ。支払いだってすこぶるいい。もちろん、エドガンの借金分は先に割り引いているから、エドガンに渡すのは小遣い程度の額だけれど、この依頼なら大丈夫だろう。
「おぉ~。さっすがユーリケ! んで、護衛対象は?」
「もうすぐ『テオレーマ』の馬車に乗ってここにやってくるし」
「テオレーマって、あの、樹木と天秤のエンブレムを持つオークションハウスの? あのエルフが護衛してんなら、オレいらなくね? それともすんげぇ大物とか? え、誰? 誰よ、オレの知ってるヤツ!?」
「会ってからのお楽しみだし~」
ギャッギャッと、ラプトルが騒ぐ声が聞こえる。
また誰か来たみたいだと騒いでいるようだから、目的の人物が予定通り来たのだろう。
あの娘がここへ来るのは初めてだ。今日はここに滞在し、明日また帝都に向かう予定だ。
リンクスが命を賭して守ったあの娘が、リンクスが夢に語ったこの場所を気に入ってくれると嬉しいとユーリケは思った。




