SS:ニーレンバーグのお料理教室
「シェリーです。趣味はお料理。解体スキルを持っているからどんな素材も美味しく調理できるよ!」
ジャック・ニーレンバーグの娘、シェリーちゃんがそう言って自己紹介するのを、「わぁ、すごいねぇ」なんて微笑ましく聞いていたことをマリエラは思い出していた。
その時の背後にたたずむニーレンバーグの威圧感はともかくとして、シェリーちゃん自身は子猫を思わせるクリっとした瞳が印象的な可愛らしい女の子だし、趣味が料理というのも、食事に手間暇をかけられるいい家のお嬢さんなのだなと思われた。
解体スキルを持っているというのも迷宮都市ではポイントが高い。迷宮都市の食用肉は冒険者が狩って来る魔物で、大物なら解体されて、小物ならそのまま売りに出されるから、解体スキル持ちの女性というのは、女子力が高いとみなされモテるのだ。胃袋を掴むというのは、迷宮都市でも有効だ。
「今日は鳥のいいのが手に入った。少し大物だ、解体は私がやろう。シェリー、手伝ってくれ」
「はい、パパ!」
ニーレンバーグが『木漏れ日』で診療所を開いて以降、食事も一緒に摂るようになっていた。『木漏れ日』で働くようになったアンバーさんは料理が苦手で、新婚なのに毎日のように料理を持って帰っているし、日によってはリンクスも食べにくる。
「喫茶店じゃないんですー」などと言いながらも、茶菓を提供し続けているあたり、マリエラはもてなすのが好きなのだろう。店の客や従業員とは言え、人が訪ねてきてくれることを嬉しく思っているのかもしれない。
マリエラは家族に対するような気さくさで毎日結構な量の食事を用意するのだが、おもてなしとお手伝いは別物だ。親しき仲にも礼儀あり、働かざる者食うべからずの精神で、皆が店の合間に買い物に行ったり、素材を切ったり下拵えをしたり、洗い物をしてくれる。
いつもは肉の解体はジークがやってくれるのだが、今日は珍しく時間に余裕があるのだろう。ニーレンバーグがやってくれると言い出した。一抱えもありそうな大きな鳥を持ってきてくれた。一体何の鳥だろう、ずいぶん大きな鳥だ。素材にするためか羽はすでに抜いてあり、首も落としてあるからマリエラには判断がつかない。
「それでは始める」
『木漏れ日』の厨房に立ち、開始を告げるニーレンバーグと父親の教えを受けるシェリー。今日は父娘のお料理教室というわけか。教育の一環か、それとも家族のだんらんか。厨房から聞こえてくるシェリーちゃんの嬉しそうな声に、マリエラはほっこりとして中を覗き込んだのだが。
……ニーレンバーグがエプロンではなく白衣姿なのは想定の内だが、手に持つ刃物が包丁ではなくメスなので、料理を始めるようにはとても見えない。
「まずは、開腹する。この魔物は臓器の配置が人間に近い。これは何かわかるか、シェリー」
「胃です。こっちが小腸、大腸、肝臓に、肺」
「そうだ。鳥の場合は気嚢というな。肝臓が二つあるが、人間には一つしかない。胃の中身を見てみなさい。……消化されかかっているが、これは毒のある蛇だ。こういうものを食べるから、解毒の為に強靭な肝臓を二つ持つわけだ」
――なんか、始まった。
しょっぱなから想定外の展開を見せた『ニーレンバーグお料理教室』からマリエラは目が離せない。
食事を摂ったり料理をするのに使っている厨房が、まるで手術台のようではないか。並べられたバットには摘出された臓腑が分別されて載せられている。食べられない内臓はスライム処理槽でとっとと処分して欲しい。
「心臓は肋骨の中に護られている。動く魔物の心臓を貫くのはなかなかに困難だが、心臓を狙えば大抵の魔物は斃せる。位置をよく覚えておきなさい」
「はい、パパ」
解体はテキパキと素早いが、聞こえてくる音声が食材の解体には思えない。
(ねぇ、ジーク。あの鳥、人間と内臓の配置が似てるって言ってなかった?)
(言っていたな……)
いつの間にかのぞき見に参加していたジークとひそひそと囁き合うマリエラ。もはや『木漏れ日』の店番どころではない。
「少ない手数で機動力を削ぐには、腱を狙うのが有効だ。この辺りの作りは人間とは異なるが、鳥にもアキレス腱はある。切ってみなさい」
「あ、お肉より細くて切れやすい」
「あぁ、シェリーが持てるようなナイフでも切断可能だ。陸上の動物ならこれで機動力は大きく下がる。二足歩行ならてきめんだな。ここを切ってしまえば……あとは、料理するだけだ」
ゴクリ。
マリエラとジークは思わず唾を呑み込む。
(料理って言ったね……。いや、料理してるんだっけ)
(料理、のはずだが……)
マリエラの中で料理という単語がゲシュタルト崩壊してしまいそうだ。
初めて会った時のシェリーの挨拶が、違う意味合いを帯びてくる気さえしてくる。
“シェリーです。趣味はお料理。解体スキルを持っているからどんな素材も美味しく調理できるよ!”
――趣味はお料理……お料理……オリョウリ……。
――美味しく調理できるよ……調理できるよ……チョウリデキルヨ……。
腱を切って動けなくした後で、何をどうリョウリするのだろうか……。聞いてはいけない世界の気がする。
チリ、チリン。
「こんにちはー。あの、まだやってます?」
「い、いらっしゃいませ! ようこそ『木漏れ日』へ!」
「やっていますとも。どうぞこちらへ!」
ものすごくいいタイミングでお客さんがやってきた。
いつもなら閉店している時間だが、看板を下げるのを忘れたせいで覗いてくれたようだ。これぞ日頃の行いの成果、運命のお導きというやつかもしれない。
マリエラとジークは何事もなかったかのように接客を始めた。
そう、マリエラとジークは何も見なかったし、聞かなかったのだ。ちょっと個性的ではあったけれど、あれはただの解体であって、ニーレンバーグ家の英才教育なんかじゃないにちがいない。
ちなみに、接客を終えた頃に厨房に入ってみると、内臓は片付けられ、トレイには切り分けられた鳥肉が乗っていた。肉は脂がのっていて程よい弾力があり、ニーレンバーグお勧めの、カツレツのジェノベーゼソースがけにしたら、ものすごく美味しかった。
何の魔物だったのか少しだけ気になったが、味は間違いなく鳥の肉だったから、マリエラもジークも聞かないことにしておいた。




