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リクエストSS:帰れない男たちと木漏れ日のお茶会

■□■ 外伝後くらいのお話になります。■□■


お待たせしました、pocket様フルリクエストSS、「帰れない男たちと木漏れ日のお茶会」です。

※ 今回は挿絵が使えるお題目を選ばせていただきました。

  お待たせしているSSも順次更新していきますので、もうしばらくお待ちください。

 バー『トワイライト』。

 そこは酒と静かな時間を愛する者たちに、上質な時間を提供する大人の社交場である。

 迷宮が討伐され帝都との交易が容易になってからは、酒の種類も増え、ポーションによる防虫等の対策も万全と、衛生面に無頓着な冒険者が多い迷宮都市において特に品の良いサービスを提供している。


 衛生面が功を奏してのことだろうか、極めて珍しいことではあるが、この店の片隅でウェイスハルトがゆっくりとグラスを傾けていた。どこか憂いを含んだ表情で、小さくため息まで吐く様は実に様になっているが、少々辛気臭くもある。

 この店は上質な酒を提供する店なのに、酒を楽しむ様子もない。だったら家に帰ればいいのに帰れない理由でもあるのか、今日のバー『トワイライト』にはそういった雰囲気の男が複数存在していた。


「はぁ……」

「ハァ……」

「ハー……」


 ため息が重なって、三人の男たちが誰からともなく視線を交える。


「ディックとジークか。偶然居合わせるとは珍しいこともあるものだ。どうした? 話位ならば聞くぞ」


  挿絵(By みてみん)©小原彩


 憂鬱レベルが一番ましだったのか、それとも人の上に立つ者の心意気というやつか、ウェイスハルトが悩めるディックとジークに声をかける。その優しさに思わずディックとジークが口を開いた。


「エドガンと飲んでいて……。ん?」

「エドガンと狩りに行って……。え?」

「お前たちもエドガンか」

「も、と言いますともしや」


 こうして、奇しくもバー『トワイライト』に居合わせた3人の、エドガンにまつわる奇妙な話が語られ始めた。


 まずは「昨夜のことだ」とディックが口を開く。


「新生黒鉄輸送隊は昨日、迷宮都市で休みを取っていたらしく、エドガンに飲みに誘われたんだ。あー、先に言っておくが、エドガンが悪いわけじゃない。……切っ掛けではあったかもしれんがな。あいつは帝都でも入手困難な酒を買ってきてくれたんだ」

「ほう、珍しい酒ですか。なんという……あぁ、それは、かなりきついお酒でございますね」


 4人目の男、バー『トワイライト』のマスターを交えて話は続く。3人とも気持ちが落ち込んでいるからマスターに向かって話す方が、語りやすいのだ。


 ディックはエドガンが買ってきてくれた度数のきつい酒を持ち込みんで『ヤグーの跳ね橋亭』で飲んでいたらしい。持ち込み料金を支払ってまで飲むなんて、エドガンからしてみれば、酒の強さを知らないカワイ娘ちゃんに飲ませて酔っぱらわせてあわよくば、なんてことを考えていたのだろう。

 だが『ヤグーの跳ね橋亭』の女性たちはプロで、何よりエドガンに慣れている。見事に酔っぱらって朝までコースとなったのは、一緒に飲んでいたディックだった。


 アンバーと結婚するとき、ディックは一つの約束をしていた。ディックには立場がある。仕事上、部下や同僚と女性のいる店で飲むこともあるだろう。それは構わないけれど、もしも泊まりになるなら必ず連絡をして欲しいと。

 迷宮が討伐されたとはいえ、今でも魔物と対峙し戦う仕事だ。万一が無いとは限らない。夫の安否を心配しながら、眠れぬ夜を過ごしたくはないのだと。


「『ヤグーの跳ね橋亭』は行きつけだし、軽く飲んだら帰るつもりでいたから連絡を入れていなくて……」


 ディックも当のエドガンも、朝までサシ飲みするつもりなどなかったのだろう。だが、現実は非情で、酒の席に失敗はつきものだ。


「……目が覚めたら、目の前にアンバーが仁王立ちで見下ろしていて……」


 あの威圧感はまるで迷宮第56階層の空を支配していた赤竜のようだったと、ディックは視線を落としたままで語った。ちなみに元凶たるエドガンは、赤竜……じゃなくてアンバーの到来を察知したのかそれとも用事があったのか、ディックが起きた時にはすでに『ヤグーの跳ね橋亭』を後にしていた。


「そうか」

「災難でしたね。おそらくその後で俺のところに来たんだと思います」


 ため息とともに口を閉ざしたディックの後を継いだのはジークだ。グラスに浮かんだ氷塊を指先でツンツンしていて、ちょっと女々しい。


「二日酔いで頭が痛いから仕事を手伝ってくれと。二日酔いはポーションで治したのですが、今日は『木漏れ日』が休みで俺も手が空いていたから、一緒に狩りに行ったのです。極楽錦蛾という大きな蛾です」

「極楽錦蛾か。それは、私の依頼に関するものだな。すまぬ、話の腰を折った。続けてくれ」


 ジークが手伝った蛾の討伐依頼には、ウェイスハルトも関係しているらしい。ジークは依頼の内容を詳しく聞いていないが、極楽錦蛾の翅(ハネ)の付け根あたりにある黄色い鱗粉を集める依頼だった。


 極楽錦蛾は翅を広げれば1メートルはあるだろう巨大な蛾の魔物で、魔の森の比較的浅い層に生息している。周囲にはたくさんの虫や蟲の魔物が湧いているから数時間も探せば比較的簡単に見つけられるし、周りの蟲の魔物を考慮しなければ攻撃力もさほどない。弓が使えるジークなら、糸を結んだ弓で射て引っ張れば簡単に捕獲できる。


「エドガンが鱗粉を頭から浴びてしまったので、『木漏れ日』の風呂を貸したんです。風呂屋の開いていない時間でしたし、マリエラは昼からの女子会の準備とやらで出かけていたので、気がねもなかろうと。

 ちょうど昼時で、うちの冷蔵魔道具の中には昨日の残りの料理も入っていたので、食べて行くように誘ったんですよ。マリエラの料理は美味しいですから」


 “マリエラの料理は美味しい”なんて、しれっとノロケを挟みながらジークが話す。実に余計な情報だ。

 マリエラの料理の腕はさておいて、一狩り終えた男二人だ。昨夜の残りだけでは足りないだろうと、ジークが地下の食糧庫から食材を見繕って厨房に戻ると、烏(カラス)の行水並みの速さで風呂から上がったエドガンが、ムッシャムッシャと食べていたのだ。

「おー、ジーク。このパン、中にクリーム入ってんのな」

 などと言いながら、大量にあったシュークリームを。


「……あれはマリエラが女子会用にと早朝から並んで買ってきたシュークリームでした。その店自体、帝都から来たパティシエが開いたとかいう人気店で、平民の場合は予約をしていても並ばなければ手に入らないことがあるそうです。

 帝都の本で、シュークリームをタワーのように盛り付けて、ベリーやらクリームで飾り付けるのを見たとかで、真似をするのだとそれはもう楽しみにしていたのです」


 事前に言っておかなかったジークに非が無いとは言わないが、こんなに短い時間で風呂から上がるとも、人の家の冷蔵魔道具を勝手に開けて中身を食べるとも、思いもしなかったのだ。

「冷蔵魔道具の中になんか入ってっから食ってけよ」と友達の家に呼ばれたので勝手に漁る、というのは人によってはあることなのだが、ジークのお坊ちゃん育ちが裏目に出たと言っていい。


「それ――――――――」

 あまりの出来事に愕然とした表情で固まるジークに状況を理解したエドガンは、「やべ」と小さく漏らすと、「あー、そろそろ依頼人との約束の時間だー」とクリームを口の周りに付けたまま、脱兎のごとく帰っていった。


「金貨袋で殴ってでもシュークリームを買いなおさねばと菓子店に行ったのですが、材料が残っていないと言われてしまい……」


 苦しい時の神――ではなく金だのみ。Aランク冒険者でもあるジークは、マネー・イズ・パワー、パワー・イズ・ジャスティスで解決しようとしたのだけれど、菓子店だって無い袖は振れない。

 何とか買えた焼き菓子を持って『木漏れ日』に帰ると、女子会は始まってしまっていた。

 マリエラの友人たちの前で「エドガンが~」と釈明するのも見苦しかろうと思ったジークは、焼き菓子をそっと差し入れるとそのままここへ来たのだという。


「マリエラ、あんなに楽しみにしていたのに。頑張って早起きまでしたのに。……………………俺が食ったと思ってるだろうなぁ」


 最後に弱気な本音を漏らすジーク。


「ま、まぁ、話せば分かってくれるさ」

「その女子会とやら、キャルもお邪魔しているのだろう? 手土産を持って行っているはずだから菓子は十分あると思うぞ」


 不憫なジークを慰めるディックとウェイスハルト。ディックの場合は自業自得なところもあるが、ジークの方はどう見たってエドガンがギルティーだ。


「そういえば、極楽錦蛾はウェイスハルト殿も関わっているとか?」

「う、うむ。間接的な依頼ということになるのだが、私がここにいるのもまさにその件でな」


 どんよりと、酒の氷をくるくる、くるくる、指で回し始めたジークの気分を変えようとディックが話をウェイスハルトにふる。

 今度はウェイスハルトの番だ。


「昨今、この迷宮都市に錬金術師が大量に誕生したのは皆の知るところであるが、中には金儲けに走る輩もいてな。惚れ薬とまではいかんが相手に好意を抱かせる『プリモ』という香水があるのだが、それの失敗作を売る者がいるのだ」


 心を操るような強い効果はない香水だが、心証を良くする効果というのは侮れない。“嫌な奴だ”と思うより“感じの良い人だな”と思われた方が今後の付き合いも変わってくるから、貴族同士の見合いであるとか大事な商談だとか、“ここぞ”という時に使われる香水だ。当然ながら、値段はとんでもなく高い。


「では、極楽錦蛾の鱗粉は」

「あぁ、『プリモ』の原料だ。キャルが言うには材料自体、さほど高価なものではないのだが、製造するのにかなり高度な錬成が必要らしく、キャルでさえ作れないらしい」


 今の迷宮都市において、マリエラを除けばキャロラインが最も優秀な錬金術師だ。そのキャロラインが作れない『プリモ』を他の者が作れるはずがない。失敗作を『プリモ』と偽り荒稼ぎしている不届き者を特定するため、ウェイスハルトはエドガンに依頼して極楽錦蛾の討伐依頼を受けさせたのだ。


「おかげで犯人は特定できたのだがな、捕縛の時にエドガンの剣が《錬成空間》を切り裂いてだな。……難易度が高いとは聞いていたが失敗するとあんな効果を示すとは」

「……あんな効果とは?」


  挿絵(By みてみん)©小原彩


 ごくり。生唾を呑み込んだのはウェイスハルトとバーのマスターだ。ウェイスハルトとそれなりに付き合いのあるディックとジークはなんとなーく想像がつくので、賢く口をつぐんでおく。殺傷力のある効果なら、そもそもここにきてはいまい。清潔なこの店で長居をしているのだ、おそらくはそういうことだろう。


「……虫をな、寄せるのだ」


 ――やっぱりか。


「なに、心配することはない。数時間もすれば効果は切れるし、この迷宮都市は、もはや我ら人間の領域だ。攻撃力の強い魔蟲が襲ってくるわけでもない。無害な虫めが寄ってきたとして潰せばよいだけなのだが、いささか煩わしいのでな。それに、いくら虫と言ってもむやみに殺生するのもどうかと思い、たまには骨休めをとここで過ごしていたわけだ」


 急に饒舌になるウェイスハルト。冷静を装っているが、ほんのちょっぴり早口になっていることを、一流の戦士であるディックとジークが気付かないはずがない。

 だがしかし、人にはそれぞれ苦手な物があるものだ。とくに、眉目秀麗、頭脳明晰、肉体健やかにして『氷の貴公子』と呼ばれる完璧超人ウェイスハルトの場合、もはや愛嬌と言っていい。


「それにしても、全員エドガンがらみとは」

「エドガンは悪くな……。シュークリームの件を除けばさほど悪くはないのだがな」

「……マリエラ怒ってるかな」


 呆れるディックとジークを前に発言を翻すウェイスハルト、再びグラスの氷をツンツンしだしたジークの3人の帰れない時間は、もう少し続きそうである。


 ■□■


 一方その頃、『木漏れ日』では。


「シュークリームが食い荒らされてた時はびっくりしたけど、お風呂の脱衣所にこれが落ちてて」

「あー、そりゃエドガンのだね。昨日、うちのディックと朝までバカ騒ぎしてたし、ほんっと困ったやつだよ。そろそろ落ち着きゃいいのにね」

「エドガンさんは女性に人気のある方だと思っていましたわ」


 マリエラ、アンバー、キャロラインの3人がテーブルいっぱいのスイーツを前に盛り上がっていた。ジークの冤罪は、エドガンが落とした靴下のお陰でとっくに晴れていたらしい。そもそもマリエラはジークがそんなことをするはずがないと初めから疑っておらず、泥棒が入ったのかと驚いただけだった。

 ちなみにエドガンの靴下は、臭すぎるという理由によってマリエラの強固な《錬成空間》によって完璧に封印されている。エリクサーの錬成に至った至高の錬金術師の実力は健在なので、例えマリエラが寝落ちして意識を失ってしまっても、靴下の悪臭が世にあふれ出る恐れはない。ちなみに、シュークリームを食べられた恨みがあるから、洗濯してあげるつもりもない。たっぷりと熟成された臭いと共に、エドガンにお返ししてやるつもりである。


「マリエラちゃん、ソレしまっちゃってよ。なんだか見てるだけで臭ってきそう。ディックのだってもう少し綺麗だよ。それはさておきキャル様、もしキャル様が平民だったとして、エドガンを選ぶかい?」

「まぁ、アンバーさんったら御冗談を。うふふふふ、面白いわ」

「私もシュークリーム勝手に食べちゃう人はちょっと」

「ジークは、ほんっとよくできてるよね。この菓子折りだってさ、エドガンがシュークリーム食べたのに気付いて急いで買ってきてくれたんだよ」

「ちらっと顔だけお見せになってすぐにどこかへ出かけられましたけれど、気を使ってくださったのかしら」

「いや、あれは怒られたらどうしようって思ってる顔でしたよ。ジークってばそういうとこあるんだから」


  挿絵(By みてみん)©小原彩


 “女三人寄れば姦しい”とはまさにこのこと。

 あーだこーだと盛り下がっている男たちとは対照的に、彼らのパートナーは非常に盛り上がっている。パートナー持ちの女子会となると、愚痴大会になることが多いのだけれど、3人ともなんだかんだで相手のことが好きらしい。


 この女子会の会話を彼らが聞いたなら小躍りして喜ぶだろうに、そうとは知らぬ男性諸氏は、薄暗いバーで今も酒をちびちび酌み交わしている。


挿絵(By みてみん) ノーマル

「生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい ~輪環の魔法薬~」

第14章後編は、B's-LOG COMIC Vol.121(2月5日配信)掲載です。


14章前編のエスターリア回想がすごくいいので、是非どうぞ。

ニコニコ静画様、コミックウォーカー様、Pixivコミック様で読めます。

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小説1~6巻、コミカライズ第一弾(小説1巻部分)全2巻、第二弾「輪環の魔法薬」1~3巻好評発売中です。
― 新着の感想 ―
[良い点] リクエストは特にほのぼのしてて 本編になかったけどあったかもしれない日常感があってとても好きです… 初めからジークの事は疑ってないの伝えてあげてw [気になる点] リクエストのSSがこれ…
[良い点] ありがとうございます!ありがとうございます!! 大変に素敵な、最高っっなお話をいただいてしまってものすごーーくはしゃいでおります。 予告の時にあれ?順番?って思っていたのですが、挿絵で納…
[一言] ええ、エスター/リアに泣いてました、せめて、砂に変化ならまだしも、あれは漫画的に表現が難しいからああなってしまったと思いたい、アニメ化の時には原作のままにして貰いたい、が、複合処理されそうな…
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