リクエストSS:ロブロイ・アグウィナスの手記
megu様リクエストSS(キーワード「ロバート」「ロブ(昔の)」「炎災の賢者」)です。
お待たせしました!
~ロブロイの手記~
「未来を垣間見る能力と、未来を変える能力は全く別のものなのだ」と、赤い髪の賢者は言った。
「原因があるから結果があるのです。結果が見えるのならば未来を変えることもできるのでは?」
そう問うた私――ロブロイ・アグウィナスに、かの賢人は路傍の石を一つ渡すと、「じゃあ、この石で川の流れを変えてみな」と返した。
赤い髪の賢者が、あの時、私に与えたものは、石ころといくつかの知識と言葉。
旅芸人のようないでたちと奔放な言動に惑わされてはならない。かの賢人の話す一見意味を見いだせない言葉の中には、未来を示す予言が含まれているのだから。
それは、まるで人生の最短ルートどころか抜け道が見えているかのごとく、我がアグウィナス家をエンダルジア王国の筆頭錬金術師の地位にまで押し上げた、その来歴が証明している。
錬金術師の家系に生まれながらも錬金術スキルを持ちえなかった不肖の身ではあったが、かの賢人との出会いは行幸だった。そもそも錬金術師というものは、多くの弟子を抱えて家としてポーションを供するもので、家長が錬金術師である必要は必ずしもないのだ。だがその場合、いかに優秀な者を取り込むかで家の趨勢は大きく変わる。酒と金品を与えればよく、権力に興味を示さないこの賢人は、我がアグウィナス家にとって最高の客人であった。
しかし、気を付けねばなるまい。
かの賢人が私に与えてものは支払った対価に比べてあまりに多い。おそらくは、私が進む先にこそ、真に対価として賢人が求める何事かが待ち受けていると心得るべきであろう。
かの賢人の伝えた言葉を忘れぬように、この手記に記す。
一つ、複写を許された仮死の魔法陣の取り扱いについて。
…………………………。
一つ、王妃殿下の……………………。
一つ、地脈の欠片の収集に…………。
~~~
「これは、エンダルジア王国滅亡時の当主であった我が先祖、ロブロイの手記か?」
ロバート・アグウィナスは、迷宮都市の東の森にあるアグウィナス家の隠し倉庫で見つけた、古ぼけた一冊の手記を開いた。
見つけた場所は代々アグウィナス家の当主だけに伝えられてきた『地脈の欠片』の貯蔵倉で、狭い地下室の中には所狭しと『地脈の欠片』が収められた箱が積まれていたから、錬金術師の再来により『地脈の欠片』が再び価値を持ち、持ち出されるまで誰も気付かずにいたらしい。
今まで何かと忙しく中身を確認できずにいたが、ちょうど今は手持ち無沙汰だ。先祖であるロブロイの手記であれば、まだ知らぬアグウィナス家の歴史を知ることができるだろうと、ロバートはゆっくりと手記を読み進めていく。
この手記は、先祖ロブロイがエンダルジア王国の筆頭錬金術師になった頃から書き始めたものらしく、このページの後にはアグウィナス家の華々しい暮らしぶりがつづられていた。
ロバートは先祖の栄光に満ちた記録を読み進めながら手記のページをめくる。
手記の丁寧な字は、ある日を境に大きく乱れた。
~ロブロイの手記~
まさか、まさか、まさか、まさか。
あぁ、まさか、かの栄光のエンダルジア王国が魔の森の氾濫に襲われるとは。
我が王国には魔物をけっして寄せ付けない、不落の護りがあったはずだ。だというのに、なぜこのようなことが。
同行する者たちのほとんどが、この知らせを偽りに違いないと信じられずにいる。長きにわたり栄華を極めたエンダルジア王国が、魔物ごときの蹂躙を受けたなどと、あるはずがなく、あっていいはずがないのだ。
私とて同じ心持ちだ。王国の数多ある職務の中で末端に近い護衛などより、筆頭錬金術師として中央に座する私の方が、エンダルジア王国の護りがいかに堅牢であるか、その護りがどれほどの長きにわたり王国を繁栄に導いたのかを理解している。
だがしかし、この凶報が事実であると私はすでに気が付いている。
なぜならば、その凶事は王妃に請われ、王妃と共に王国を離れた今この時に起こったのだから。
“夢のお告げ”だなどという、荒唐無稽な王妃の願いを聞き入れたのは、かつてあの赤髪の賢人が「王妃の願いを断ってはならない。王妃に仕え共に行け」と、伝えたからだ。
あの言葉は、やはり予言だったのだ。
あの日、渡された何の変哲もない石ころを思い出す。
あれは私だ。きっと私だ。
魔の森の氾濫という巨大な流れに投げ込んだとて、僅かに水面を揺らすことしかできない、無力な石だ。
私が、いや、ここにいる人間の一人一人が石ころにしか過ぎないというなら、一体どうするべきなのか。
茫然とエンダルジア王国の方角を見つめる私の目に、遥か南の魔の森の空が爆炎の炎に赤く染まるのが見えた。
あまりに距離があるために、それは雲間を薄く染めるほどの変化でしかなく、見落とす者も多かったろうが、私にはそれが赤い髪の賢人の上げた狼煙に思えた。
遥か遠い空を染めるとは、あの空の下は地獄のごとき様相に違いあるまい。
かの賢人は炎の権化のような魔術師でもあるのだ。
けれどその恐るべき炎をもってしても、魔物のすべてを焼き尽くすことなどできはしまい。その程度、未来を見通すあの賢人に分からぬ道理があるだろうか。
だがしかし、かの賢人は戦っているのだ。
魔の森の氾濫という大いなるうねりに、激しく抗っておられるのだ。
ならば私がなすべきは――。
「皆の者、よく聞け――!」
柄ではないと思いながらも、私は声を張り上げた。
森を抜けるのに最低限必要な兵を残して、残りはエンダルジア王国の現状調査に。魔物とは極力戦わないように、情報を持ち帰ることを最優先に。帝国に助けを求めるならば、王妃の身柄と正確な情報は最低限必要だ。
うろたえる兵たちに指示を出し、恐怖におののく王妃を連れて、一路、帝国のシューゼンワルド辺境伯家へと急ぐ。
必ず成し遂げねばならぬ。必ずや、救援部隊を連れて王国へ戻らねば――。
~~~
「ファイヤー!」
「あぁっ、あつつっ! って燃える! 手記が、我がアグウィナス家栄光を記した貴重な文献がぁーっ!!」
キャロライン誘拐事件の後、師匠係の職を得たロバートに、フレイジージャの職務怠慢のお仕置きファイヤーがさく裂する。
勤務時間中だというのに読書なんてするから当然だ。働くというのは、とってもキビシーものなのだ。師匠がお昼寝中だって、読書なんかしちゃいけないのだ。
「ん? ナニソレ、手記? あー、ロブの?」
「確かに私の私物ではありますが、著者は……」
「だっからー、ロブのだろ?」
「ですからこれは偉大なる我が祖先ロブロイの……」
「ロブのじゃん」
「……もうそれでいいです」
フレイジージャが手記に興味を持ったおかげで、今回はファイヤーだけで済んだのだ。いきなり燃やされるのはびっくりするが、なぜかこの炎は見た目ほどは熱くない。むしろその後さく裂するデコピン攻撃のほうが痛いくらいだ。
フレイジージャにこき使われ、ついでとばかりに燃やされるのは、少々屈辱的ではあるが、この炎に包まれるたびに体調が良くなっていくのをロバートは実感している。
(本当に規格外な赤毛だ。およそ人とは思えない。……ん? 赤毛?)
そういえば、なんだかそれっぽい記述をものすごく最近目にした気がするのだが。
(……頭脳を直撃する攻撃のせいで思い出せませんね。きっと気のせいです、気のせい。)
きっと気のせいに違いない。
ロバートはその日の仕事を終えた後、読書を再開した。
~ロブロイの手記~
「エンダルジア王国の筆頭錬金術師としての地位は安泰。我がアグウィナス家の名は歴史に刻まれることでしょう。あなたと出会う前は、かなわぬ夢と思っていましたが、かなってしまえば、いやなんともあっけない。
あの頃は楽しかったなどと老人が昔語りをするものですが、このロブロイ、すでにそのような心持ちです。人の夢と書いて儚いとはよく言ったもの。こう、一生をかけるに値するような、追い求め、なおも成し遂げられないようなそのような目標が欲しいものです」
エンダルジア王国の筆頭錬金術師に上り詰めた在りし日。私が口にしたこの台詞を、あの賢者は一体どんな気持ちで聞いていたのか。
思いあがった私の心を、あの金の瞳は見抜いていたに違いない。
人が心に強く思い描いた夢よりも、盤石だと信じて疑わなかったエンダルジア王国の繁栄こそが儚いものであったのに。
必死の説得に、援軍を借り受け魔の森を駆け抜けて、ようやく辿り着いたエンダルジア王国は、魔の森の氾濫にたった一夜で瓦礫と化していた。
「ロブの夢はかなうよ」
酒精のきつい酒をまるで水でも飲むように飲み干しながら、かの賢人が告げた言葉は何だったのか。
死肉を漁る魔物の残党を追い払うためにエンダルジア王国に放った炎は、冷たい雨に消された後もくすぶり続けた。
立ち昇る煙の臭いと、チロチロと燃え続ける炎。
残骸と死体に満ちた地獄のような景観が、かの賢人の二つ名が“炎災の賢者”であったことを思い出させた。
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「うわ、何この文章、読みにくーい。まさにロブって感じの持って回った言い回しだなー」
「ちょ、まだ読んでるんですから返してくださいよ! だいたい、何ですか。今日の仕事は終わりのはずでしょう!」
いつの間に背後に立たれたのか。いきなり後ろから声をかけるフレイジージャに、ロバートは心臓が飛び出しそうになりながらもなんとか平静を装って見せる。
「いや、晩御飯だって。マリエラが呼んで来いって」
「遠慮します。私は忙しいので……ヒュッ」
そんなつまらない用件で、読書の邪魔をしないで欲しい。
それなら帰宅してから読めばいいのに、待ちきれずに『木漏れ日』で読書を再開したのが運の尽きだ。ロバートはデコピンの形に丸められたフレイジージャの指先に言葉を呑み込む。とはいえ、呑み込むのが遅すぎだ。ほとんど言い終わってしまっている。ロバートはもう少し反射神経を磨いた方がいいだろう。
また燃やされてはかなわないと机の上にそろりと手記を置くロバートに、フレイジージャが珍しく「ファイヤー!」以外の言葉を発した。
「とか言って、読書に夢中で食べないんだろ。だいたい、ロブって言うのはそういう感じなんだ。駄目だぞー、ちゃんと食べなくちゃ。これからもっともっと忙しくなるんだから、今のうちにキッチリ体力つけないと。48時間くらいはぶっ通しで働けるくらいにならなきゃ、もたないぞー」
「なんですか、それは。何があるって言うんですか」
「うーん、なんだろ。でもそうなるんだよ。あー、あれだ。その手記に書いてある“予言”ってやつだよ」
「……わかりませんが、わかりました。夕食のご相伴に与りましょう」
予言を持ち出すなど、とうとう酒に脳がイカれたか。
一瞬そう思ったロバートだったが、その思考は言葉になってはいないしフレイジージャのデコピンも未だ発射されていない。
善は急げで逃げるが勝ちだ。
ロバートはフレイジージャの追撃が来る前に、さっさと1階へと降りていった。
~ロブロイの手記~
あの王国滅亡の日からどれほど月日が流れただろうか。
がむしゃらに復興に尽くした日々の流れは余りに早く、濁流に木っ端が押し流されるがごとく、エンダルジアという亡国は時の流れに押し流された。
我が身のあまりに非力さゆえに、復興も、あの悪夢の夜に生まれた迷宮を倒すこともできぬまま、私は矮小な人生を終えるのだろう。
私はただの路傍の石だ。
偶然拾われ投擲されて、空の高さを知ったと勘違いをしただけの、価値のない石ころだ。
川の流れを変えることはついぞかなわず、与えられたチャンスさえもうまく掴むことができなかった。
昔日を偲ぶたび、後悔ばかりが蘇る。けれど何より呪わしいのは、かつて炎災の賢者に借り受けた『仮死の魔法陣』を、完璧に複製させなかったことだろう。
かの賢者は今日の日を見越してあれを貸し与えてくれたのだろうに、愚かにもあの日の私は使う日の来ない珍しい知識、絵画のように壁面を飾るためのオブジェのようにしか認識していなかった。
不正確な魔法陣は、ゆがんだ結果を使用者にもたらす。
この不完全な『仮死の魔法陣』は、どのような結果をもたらすのだろうか。
目覚めたとして、きっと天寿は全うできまい。あるいは、目覚めることもなく……。
私はその事実を、隠すことなく同士たる錬金術師たちに伝え、彼らはその危険を承知の上で、この地に眠り、未来に生きると誓ってくれた。
恐ろしくないはずがない。二度とは目覚めないかもしれないのだ。
上手く目覚めることができたとしても、目覚めた未来に彼らが知る親しき者は、愛する者はいないのだ。
全てはポーションを未来に残し、忌まわしき迷宮からこの地を取り戻すために――。
そのために、彼らは残りの人生を、命を懸けてくれるのだ。
なんと美しいものだろう。
気高く崇高で、犠牲をいとわない志とは。
彼らと共に眠りにつくことが叶うなら、どれほど喜ばしいことか。
しかし、愚かな私にはそれさえも許されない。
筆頭錬金術師などとうそぶきながらも、私は錬金術師ではないのだ。錬金術師の家系に生まれながらも、錬金術スキルを得ることは叶わなかったのだから。
この地に眠る錬金術師たちよ、美しき我らが娘、エスターリアよ。
目覚める未来にあなた方の知る者がいなくとも、我が一族があなた方を知る者として、共に生きよう。
それだけが、この愚かな石ころの、錬金術スキルを持ちえなかった不具のこの身にできる唯一だ。
“一生をかけるに値するような、追い求め、なおも成し遂げられないような目標が欲しい”とかつて私は軽々しくも口にした。
あの時、炎災の賢者が答えた通り、その願いはかなったけれど、私が思い描いていたのは決してこのようなものではなかった。
渇望し、けれど決して得られはしない、身を切るような思いではないのだ。あぁ、なんたる悲運だろうか。
我がアグウィナスの血を引く者よ。どうか我らの願いを叶えて欲しい。
迷宮を滅ぼし、再びこの地に錬金術師の誕生を――。
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さっさと食卓へ向かうロバートを見送りながら、フレイジージャは置かれた手記を手に取った。
「ロブ。石ころだってね、たんと集めて力を合わせれば川の流れを変えられるんだよ。だって歴史っていうのは人間のもので、たくさんの人間がかかわりあって作るんだから。あんたは見事に流れを変えて、200年後の今の世界までポーションを繋いだんだ。想いは今のロブが受け継いでる。だって、あんたたちそっくりなんだもの。
それにしても、根暗な手記だね。もっと誇ればいいのにさ。そんなトコだけ、今も昔も変わらないんだから」
呟くフレイジージャの耳に、階下からマリエラの叫びが聞こえる。ロバートを呼びに行ったのに降りてこないからせかしているようだ。
「……ししょー、ごーはーんー」
「はーい。今行くー!」
部屋にポツンと残された手記のページを、吹きこむ風がぱらぱらとめくる。
風が開いた最後のページは、何も書かれていない真っ白なままだった。




