白の仔ら㉔ 白い子供たち
「さーるーなーのー……」
「さーるーのーよー……」
双子の声が遠ざかる。
これがドンブラコッコ……じゃなくてドップラー効果というやつか。
双子が“さる”と言っているのは、“猿”と“去る”をかけているのか。ずいぶん余裕があるではないか。
その辺りのことは割とどうでもいいのだけれど、フォレストウルフを引き連れたエドガンのモンスタートレインことモンキー・トレインに驚いて、双子と人さらいを乗せたヤグーの荷車はものすごい勢いで遠ざかっていく。
完全に暴走状態だ。
草食動物のヤグーが怯えているのか、それとも手綱を握る人さらいがビビっているのか、完全に冷静さを失っている様子で、魔の森の奥へ向かって爆走している。
「追うぞ!」
「分かった!」
真っ先に反応したディックにリンクスが応答し、ラプトルを走らせる。
流石は黒鉄輸送隊の隊長を務める男、物事の機微を見逃さない見事な判断だ。当然、その機微にエドガンの尻は含まれていないから、視線の一つも投げかけないで荷車めがけて疾走している。
「ちょ、まって。オレを助けて?」
「自分の尻は自分で守れ!」
魔物除けポーションの1本も投げてやればいいものの、冷たい言葉だけを投げ捨てて離れた位置にいたジークもマリエラを乗せたまま後を追う。折角のチャンスを台無しにしたのだ。塩対応は当然だろう。
「エドガンさん頑張って! はい、魔物除けポーション!」
「マリエラちゃぁん! ってそっちじゃねぇ―」
「ギャギャッ」
心優しいマリエラだけが、優しい言葉と共に魔物除けポーションを投げたのだけれど、もともと鈍くさい上に今のマリエラは『風見鶏のポーション』のお陰で視界がおかしな状態だ。放り投げたポーションはエドガンを振り落とした後、離れた場所で様子を伺っていたラプトルの方へと着地し割れた。
より安全が確保されたラプトルが、尻尾フリフリ鳴いた嬉しそうな泣き声を背後に聞きながら、マリエラとジークもシュッテとアウフィたちを追いかける。
マリエラたちは魔物除けポーションを使っているからフォレストウルフに襲われないが、双子と人さらいたちはそうはいかない。逃げる獲物を追いたくなるのは魔物の習性で、モンキー・トレインされてきたフォレストウルフの半数が人さらいの荷車を追っている。
いくら魔物寄せポーションの美味しそうな匂いがしても、野郎の尻は嫌なのかもしれない。視覚で食を楽しむわけか、グルメな魔物もいたものだ。
「ちっ、向かってこねぇからやりづれぇ! おい! そこの馬車、助けてやっから止まれ!」
「ひぃっ、助けてくれ、ヤグーが言うことを聞きやがらねぇ!」
ディックが怒鳴り、人さらいが情けない声を上げる。彼らからしてみれば、ディックもフォレストウルフの群れも、どっちも怖いに違いない。
フォレストウルフを倒してしまえば状況は好転するのだが、ディックもリンクスも魔物除けポーションを使っているからフォレストウルフを倒そうと追いかけるほど逃げてしまう。せめて人さらいの荷馬車が止まってくれれば活路が開けるかもしれないのに、荷馬車を引くヤグーがフォレストウルフにおびえきっていて、コントロールを失っている。
人さらいたちが乗っているのは、荷を運ぶために造られた簡易な荷馬車で森を疾走するようにはできていない。あちこちにある木の根に車輪は躍り、板バネさえついていない荷台は激しく跳ね上がる。その度にシュッテとアウフィは荷台から転がり落ちそうになるけれど、二人を詰めた袋の端を人さらいが握っているから何とか落ちずに済んでいる。
「おふどーろ? ガタガター」
「おふろどぉ? バタバター」
「黙ってろ、舌噛む……ぐぁっ!」
ロデオのような揺れ様に、黙れと言った人さらいの方が舌を噛んでしまったらしい。それから、オフロードが正解だ。オフドーロではないし、お風呂をおススメしている場合ではない。
この後に及んで絶好調な双子がぽいんぽいんと跳ねる度に、マリエラの視界には小さなつむじ風が見える。『木漏れ日』で見た双子の痕跡に比べればあまりに弱く小さい流れだ。まるで、力を封じられているような。
「ジーク、双子の見た目の様子を教えて」
「二人セットで袋に詰められ顔だけ出している状態だ。袋には……なんだ? 魔法陣みたいなものが貼られている」
「きっとその魔法陣のせいだ。何とか剥がせればもしかしたら……」
シュッテとアウフィがマリエラの思った通りの存在ならば、魔法陣さえ剥がせば送ることが出来るかもしれない。
マリエラが見る風の流線の世界の少し先、空に向かって吹きあがる帯のような上昇気流が見えた。それが示すものを理解して、思わず叫ぶマリエラ。
「だめ! その先には崖がある!」
「なんだと!? オイ、本当に止まれ! 崖に落ちるぞ!!」
「無理だ、止まれねぇ!」
マリエラが叫んだけれど、荷馬車の速度は変わらない。
「仕方ない、馬車をぶっ壊すぞ!」
「無茶だ、ディック隊長。あいつらはともかくチビどもが死んじまう!」
「だが、このままじゃどのみち谷底だぞ!」
もう、他に方法はない。
双子を受け止めようと距離を詰めるリンクスだけれど、崖はもうすぐそこだ。ディックの槍やリンクスの短剣ならば、何とか届く距離だが、荷馬車から放り出された双子を抱き止めるには絶望的に距離が遠い。
覚悟を決めたマリエラはリンクスに向かって叫ぶ。
「リンクス、私が合図したら二人の魔法陣を破って!」
「!? 分かった! オイ、チビども、覚えてるか!!!」
パンパンパパパン!
手綱から手を離し両手を打ち鳴らすリンクス。
“サイレント・マリオネット計画”――。
かつて貴族令嬢キャロラインの前で、双子がいい子にしているようにジークが計画を立案し、リンクスが双子に仕込んだお遊戯だ。たっぷり貰ったご褒美に味を占めたか、それとも単に楽しかったのか、双子もたいそうご機嫌でその後も何度か遊んでいたのだ。
「! シュッテ手拍子のポーズ! 覚えてる」
「! アウフィも手拍子ポーズ、覚えてる!」
「上手くできたらハンバーグ!!!」
「シュッテ、がんばる。ケーキも付けて!」
「アウフィ、はりきる。アイスも付けて!」
マリエラの「ハンバーグ」の肉の叫びに奮い立つ双子。
これならばいけそうだ。
マリエラはジークに体を預けるようにもたれかかると、両手を上げて謡い始めた。
「大いなる海、麗しき海、母たる海を陸は恋う
その身を削り、引き裂き砕き、命を込めて海へと贈る
父たる陸のみそぎによって、母たる海は命にあふれ、富み満ちる」
夢に見た懐かしい旋律に、いつか聞いた謳を乗せる。
(私は師匠とは違う。師匠みたいに力任せに送り出すのは、きっとできない。それでも、シュッテとアウフィのことは、ちゃんと理解しているよ。
シュッテ、アウフィ。迷宮都市に、『木漏れ日』に、私たちのところに来てくれてありがとう)
悪戯が大好きで、お菓子が好きで、屈託がない。
西の森の“風の通り道”で出会った時から、本当はそうじゃないかと気が付いていた。
二人は望まれて生まれ、愛されて育った、母なる海の申し子だ。
目が離せなくて楽しくて、ずっと一緒にいたかった。
けれども。
二人には、いやきっと、この世に生きるすべての者にはやるべき使命がきっとある。
二人は子供で気まぐれだから、使命をちょっぴりほったらかして遊んで暮らしていたけど、やるべきことを果たせるように手助けをしてあげるのも面倒を見るマリエラたちの責任だった。
(やる、やれる。私があの子たちを、ちゃんと山に送るんだ!)
マリエラは二人を想って謳を謡う。
(どうか届きますように、二人に届きますように)
それは誰かのことを思いやる、とても優しい純粋な気持ちで、そんな気持ちが胸に満ちると、お腹の底から、体の内から、地脈と繋がるラインから、《命の雫》が湧きだして歌声に乗っていく。
(あぁ、そうか。師匠の謳に不思議な力が宿っていたのは、きっとこういうことだったんだ……)
謡うとは、願いや祈りを届ける儀式だ。この世界に共に有り、普段は見えない隣人たちに力を貸してもらうための。
「母たる海の返礼は、
大地を覆い、慈愛を返す、彼女の白き仔どもたち。
シュッテ、アウフィ、いっけぇ!!」
「《槍龍撃》!!」
マリエラの叫びを開始の合図に、ディックが荷馬車の車輪めがけて黒槍を投擲する。
その着弾の衝撃に荷車が跳ね上がり、手綱を握る人さらいが荷車から飛び降りる。シュッテとアウフィの袋を掴んでいたもう一人の人さらいも、思わず掴んでいた手を離す。同時に響くリンクスの手拍子。
パンパンパパパン!
宙を舞う荷馬車の上で、重力の翻弄にも負けず袋に詰め込まれたままでキリっと立ち上がるシュッテとアウフィ。
「ポーズトレント、石ころからのアプリオレのアプリオレでフライ・ハーーーイ!!」
飛んでいるのか飛ばされているのか。
くるくると回転しながら双子が宙を舞い、ついでに袋に付けられた魔法陣がひらりと閃く。その瞬間を逃さず、リンクスの影の短剣が空を切り、双子を縛り付けていた魔法陣を切り裂いた。
その瞬間。
ビュオオオオ!
魔の森を震わすほどの激しい突風が巻き起こった。
目も明けていられないほどの突風は、人さらいたちに襲い掛かっていたフォストウルフの群れを翻弄すると東の方へと吹き抜けていった。




