白の仔ら⑬-錬成糖とクッキー
今回は2話連続更新です
今日の『木漏れ日』は、甘い匂いに包まれていた。
この店はマリエラが薬屋だと言い張っているだけで、半ば喫茶店と化しているから、今日「も」が正解かもしれない。お茶代代わりに茶葉やら砂糖やらを置いて帰る常連客も多いから、実態は物々交換カフェだろう。
最近は、薬の作り方教室で知り合った薬師も頻繁に顔を出す。彼らのお土産の定番は錬金術スキルで精製した白砂糖だ。
「こいつは上モノだぜ」
なんて言いながら、初めて白い粉を差し出された時は何事かと驚いたけれど、迷宮都市で出回る不純物の多い粗漉し糖を雑味のない白砂糖に加工して販売するのは、錬金術スキルを持つ薬屋のスタンダードな副業だ。
迷宮都市の薬屋は、薬の他にも白砂糖やら石鹸やら、錬金術スキルで加工した製品を取り扱っている。
帝都では、レベルの低い錬金術師を大量に雇い入れ、そういった品を工業的に大量製造している。だから安価で手に入り、庶民の生活は豊かだ。
特に白い砂糖は錬成糖などと呼ばれて広く認知されていて、どこの菓子屋でも錬成糖を使った菓子が何十種類も売っているらしい。すばらしい。いつか行ってみたいとマリエラは思っている。
けれど、迷宮都市ではいまだ流通量が少ない。量を賄うのに精いっぱいで、ひと手間加えたこれらの品は高級品。手土産くらいの価値がある。
『木漏れ日』のシュガーポットにいつも錬成糖が入っているのは、お土産でもらうから……だけではない。
マリエラが卸売市場で仕入れかという量の粗漉し糖を買い付けて、有り余る魔力でもって精錬し、樽単位で錬成糖をこしらえているからだ。“頂きもの”という言い訳が使えるって素晴らしい。おかげで菓子にも料理にも使い放題だ。
「今日は粉砂糖をたっぷりまぶしたサクサクのクッキーを作ろうね」
小麦とアーモンドの粉、砂糖を3:1:1の割合で混ぜた粉をカップで4杯すくってボウルに移し、オリーブオイルを別のカップで1杯入れる。本当はバターが良いが、乳用に特別な餌で育成されたヤグーのバターは店に出すサービス菓子に使うには高価すぎる。入手しやすいオリーブオイルでもサクサクに仕上がるし、ふんわりと良い香りがする。
「サクサクのクッキーつくるの!」
「ふわふわのクッキーつくるの!」
「私も作る!」
わっと群がるシュッテとアウフィ、遊びに来ていたエミリーちゃんの相手をジークがしている間に、生地を混練機で混ぜる。マリエラとジークを練り練り地獄から解放した文明の利器は、今日も菓子製造に大活躍だ。
練りあがった生地を持って店内へ移動するジークにくっついて、チビッコ3人組が移動していく。この隙に、マリエラは第2弾の生地を作る。
今回はアーモンドの粉も使っているから、かなり美味しく仕上がるはずだ。最近、迷宮の浅い層でアーモンドの樹木魔物が大量発生したのだ。階層を侵略する勢いでここぞとばかりに種子をばらまいたのに、押し寄せた迷宮都市の住人に撒いた種子どころか樹に実っているものまでむしり取られて、あっけなく枯れてしまったらしいが、おかげで市場にはアーモンドが安く出回り、『木漏れ日』にもお土産としてたくさん集まった。
「これだけあれば、当分持つでしょ」
双子に邪魔されないうちに、大量の生地を捏ね上げたマリエラ。
生地を追加すべきかと店内を覗くと、店の常連とジーク監修の元、チビッコたちが粘土遊び……クッキーづくりにいそしんでいた。
「こうやってころころって丸めるんだよ」
「ぎゅうー」
「えいえい」
今日のクッキーはスノーボールと呼ばれる丸く成型するものだ。これならチビッコたちでも簡単だろうと思ったのだけれど、ちゃんと丸めているのはエミリーだけで、シュッテとアウフィは生地を握りしめて指の間からにゅるにゅると絞り出したり、ぱんぱん叩いて伸ばしてみたり、案の定遊んでいる。
「もー! シュッテもアウフィも。こうやってちゃんと丸めるの!」
「エミリー、あげるー」
「エミリー、こうかんー」
しっかり者のエミリーが双子を叱ると、双子はクッキー生地という名の物体Xをエミリーに差し出す。
球形とは程遠い、指や手の形がくっきりついた物体は何というか、きちゃない。
「いらない。そんな、にぎにぎしてきちゃない。エミリーは、エミリーが作った分を父ちゃんにあげるの。食べ物で遊んじゃ駄目なんだからね!」
(食べ物で遊ばせてゴメンナサイ……)
マリエラはなんだか自分が叱られた気になりながら、双子の面倒をエミリーちゃんが見てくれているうちに、残るクッキーの生地をせっせせっせと丸めていった。
ちなみに、エミリーのご指導むなしく、双子が作った物体Xは、焼いて粉砂糖をまぶしても前衛的な仕上がりになった。
作る前に手洗いはさせたけれど、チビッコがいじり倒した生地なんて、焼いても不衛生的だから、誰も欲しがらないと思ったのだが。
「これね、シュッテがつくったの」
「こっちはアウフィがつくったの」
「おうおう、そうかー。うん、うまいぞ」
「上手にできたな、嬢ちゃんたちすごいなー」
チビッコを構いたい『木漏れ日』の常連が、ニコニコしながら食べたおかげで、すごい速度で無くなっていった。食べ物が無駄にならずにすんで何よりだけれど、マリエラとしてはちょっと解せない。
「シュッテね、これ、ガーじいにあげるの」
「アウフィね、ガーじいにもたべてもらうの」
残り少ない物体Xを差し出す双子に言われて、マリエラは気が付いた。
そういえば、ここ数日、ガーク爺を見ていない。
(どうしたんだろ? 迷宮に潜ってるのかな?)
ガーク爺はベテランだけれど、いい歳だ。しばらく顔を見ないと、心配になってしまう。
「ガーク爺のところに行ってみようか」
「シュッテ、いく! これ、ガーじいにあげるの」
「アウフィもいく! これをガーじいにわたすの」
双子作のクッキーをそれぞれ小袋に包んで持たせてやり、ちゃんとしたスノーボールクッキーも籠に詰めると、マリエラは、双子とジークと共に、ガーク薬草店へ出かけた。




