どうしてこうも違うのか(4章前編)
副題は、「みんなちがってみんないい」です。
「……初心者向けの防水装備か。採取っつったって危険はあるからな。まぁ、いい心がけじゃねぇか?」
「ほ、ほら! 買ってよかったでしょ、無駄にならなかったでしょ」
ガーク爺に褒められて、マリエラは、ぱあっと顔を輝かせる。マリエラ達を見た時の、“こんなん着るやつ、初めて見たわ”と言いたげな表情は、見なかったことにしたらしい。
「そうだな。ほら、マリエラ。ちゃんとゴーグルとマスクも着けような」
若干言い訳がましいマリエラに応じるジークの声は、いつもよりも3割増しで優しい。幼子を世話するようなかいがいしさで、マリエラに防水装備のフードをかぶせ、ついでに頭の後ろでマスク代わりのスカーフを結んでやる。
マリエラの安全を危惧したわけではない。護衛としてマリエラの安全には十二分に配慮しているが、迷宮にすら入っていない段階で、顔まで覆う必要はないだろう。
ジークの猫なで声にころりと転がされたマリエラは、機嫌よくゴーグルをつける。
これで完成。驚きのダサさだ。
(これで、俺たちが誰かは分かるまい……)
とうにフル装備済みのジークは心の中で一息つく。
顔さえ隠してしまえば、恥ずかしさも多少は紛れるというものだ。
マリエラが衝動買いした初心者向けの防水装備は、値段の割に防水性に優れていて、動きは阻害されないけれど、機能一辺倒でデザイン性には一切考慮がなされていない。
ボディースーツと言えば聞こえがいいが、伸縮性に富む素材はボディーラインをあらわにし、ジークはともかくマリエラが着るとマッチ棒か何かのようだ。そして際立つチープな質感。
ガーク爺が裏道を選んでくれたおかげで、ほとんど人と出会わず迷宮にたどり着けたことに、ジークは心底感謝した。
ガーク爺に案内された場所は、泥地とそれを覆う程度の水場が続く湿地帯だ。この辺りの水は少し塩分を含んでいるから干潟と呼ぶのが適切だろう。蛙のように目が飛び出した泥色の魚が、尾ひれを使って立ち上がり、ちょこまかと歩き回っている。時折泥を吐き出す様子は道に唾吐くおっさんのようでいただけないが、ずんぐりした体は肉付きがよく、なかなかにおいしそうだ。
「ここに杭打貝がいるの? 迷宮にもあんまりいないんだよね」
「おう。ここはあんまり知られちゃいねぇ。おい嬢ちゃん、迂闊に歩き回るなよ。足裏に穴あけられっぞ」
ガークが鉄板底の長靴でドンと砂地を蹴ると、人の指程度の棒状のものがジャキジャキっと砂から顔を出し、すぐさま中に戻っていく。これが今回の獲物、杭打貝。なるほど、地中に戻る様子は杭を打つようも見える。ガーク爺の秘密の採取場というだけあって、なかなかの密度で生息している。
貝と言っても材質は泥を杭打貝の粘液で固めたもので、ストローのような形をしている。泥の中にいる間は、杭打貝はこの中に潜んでいるが、上を獲物が通りかかると貝の部分を杭打ちよろしく打ち込んで肉をえぐり取るのだ。
さすが迷宮。干潟の貝まで肉食だ。そして驚くべきことに、この杭打貝は魔物ではなく、周りをうろちょろしてはうぺっと泥を吐いている泥魚のほうが魔物だという。
「魚にも泥にも素手でさわんなよ。麻痺毒が回るぞ」
足元をみれば、泥色の魚がマリエラの足にうぺうぺと泥を吐きかけている。泥の麻痺毒に痺れた獲物が、干潟に倒れ込めば杭打貝が止めを刺す。毒の効かない杭打貝とは共生関係なのだろう。
「装備があるから! 装備があるから大丈夫! それより、貝の殻を採取しようよ」
今のマリエラは完全装備。泥に混じった麻痺毒なんて、へっちゃらだ。もっともガーク爺は長靴にいつもの手袋、ゴーグルだけで、問題なく干潟を進んでいるから、難易度はお察しの通りだ。
やたらと装備の効果を訴えるマリエラをスルーしながら、ガーク爺が干潟に向かって塩を撒く。
スポポポポン。
途端に飛び出す白く細長い物体。塩分を嫌う杭打貝の中身が、貝を捨てて飛び出したのだ。
「うわっ、おもしろーい! ガーク爺、私もやる!」
さすがは迷宮都市の子供たちが遊びがてらに乱獲した杭打貝。マリエラの心をあっという間につかんでしまった。杭打貝がいそうな穴にピンポイントで塩をかけると、びょーんとメートル単位で飛んでいくから面白くてしかたない。飛び出していった杭打貝の中身に泥魚が群がって食いついている。共生関係どこいった。
「杭打貝は旨いからな。いくらか確保しとけよ」
「おいしいの!?」
塩で飛び出すおいしい貝。もう、マリエラは杭打貝取りに夢中だ。
本来の採取目的は、杭打貝の中身ではなく泥中に残された殻の方なのだけれど、こちらはジークとガークがジョレンと呼ばれる熊手とスコップが合わさったような道具でザクザクと回収していく。
「……で、兄ちゃんよ。その格好はどうしたんだ?」
夢中で潮干狩りを楽しむマリエラを遠目にガーク爺がジークに聞く。初心者用の防水装備は、機能性よりかっこ悪さで有名で、そもそも着ている者はほぼいない。安価故にどぶさらい時に着用するくらいの不良在庫の代名詞だ。
「『雷帝』コスチュームだそうです。2着目半額だとかで……」
「……らいてい……」
ポーションが高値で売れて、急に小金持ちになったマリエラが、子供だましの商売にまんまと引っかかったというわけだ。服も扱う露店だったから、ジークが気を使って少し離れている間の出来事だった。マリエラがご機嫌で抱える包みの中身が、まさかゴム製つなぎのペアルックだなんて、想像だにしなかった。
帰宅後、無駄遣いを叱られたマリエラは、今日の採取で日の目を見ることになった防水装備の効果を、懸命にアピールしたというわけだ。
「『雷帝』なぁ……」
事実を知らされたガークの方は、ダサダサスーツ購入の経緯よりも、『雷帝』の方に引っ掛かったらしい。迷宮で採取も行う大ベテランだ。『雷帝』とも面識があるのかもしれない。
ぽん。
ジークの肩をガークが叩く。
無言のその目は、ジークを慰めているようにも、励ましているようにも思える。
「……とりあえず、嬢ちゃんは小遣い制だな」
「しっかり管理します」
こうして、マリエラさんちでは小遣い制が導入された。マリエラの意見も加わりなぜか奴隷のジークが『木漏れ日』の家計を握り、マリエラと同額の小遣いをもらう、というよくわからない体制になったが、“使い切ってもいいお金を毎月もらえる”という小遣いの魅力にマリエラは大喜びだ。『木漏れ日』の経済危機、というよりごみ屋敷化を免れるきっかけとなった『雷帝』コスチュームは、いい買い物だったと言っていいかもしれない。
実物の『雷帝』に出会って、この時のガーク爺の肩ポンに込めた思いをジークが察するのは、もう少し先の話だ。