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蛇と毒と惚れ薬―③

「昔々、この迷宮都市がエンダルジア王国と呼ばれていたころの話です。帝都にそれはそれは美しいお姫様がいました。

 お姫様に求婚する者は数知れず。お姫様の心を掴もうと、たくさんの贈り物が届けられました。高価な宝石やドレス、珍しい宝物の数々。贈り物はお屋敷の広い部屋を埋め尽くすほどだったとか。

 でも、お姫様が好きになったのは、珍しい花を送ってくれた隣国の王子様でした」


「エンダルジア王国の最後の王妃様のお話ね! 高価な贈り物ではなく、花を送った相手に惹かれるなんて素敵!」


 マリエラの話に、キャロラインが食いつく。

 王子と姫の恋物語は、キャロラインの大好物だ。山と積まれた金銀財宝には目もくれず、花を送った王子と恋に落ちた美姫の話は美談として200年後の今に伝わっている。

 ちなみに王子が姫に送った花は、レインボーフラワーという1輪で金貨が吹っ飛ぶ高級品だ。純粋な愛情の物語として伝えられているから、他の贈り物に引けを取らない高級品であったことは、伏せられている。

 だから、作ったのは幼き日のマリエラだという事実に、マリエラ自身気付いていない。


 マリエラは、軽くうなずくと物語を続ける。レインボーフラワーの売値は聞いていないけれど、もっと面白い話を師匠から聞いている。

 事件は、二人がもうすぐ婚約するという時に起こった。


「馬車を出してちょうだい。わたくし、ホーカイン侯爵のところへ行きたいの」


 王子様と逢瀬の最中、姫君がいきなりそんなことを言い出したのだ。


 ホーカイン侯爵とは、姫君にしつこく言い寄っていた求婚者だった。

 領地に収益性の良い迷宮都市を抱えているため大層な資産家で、宝石や美術品など美しいものの蒐集家としても知られていた。

 彼が蒐集するのはモノだけではない。美しい女性もまた彼のコレクションの一部だとささやかれる人物でもある。

 すでに何人もの妻や愛人がいたが、誰もかれもが数年で人前に出なくなる。気を病んだとか自殺したとか、黒いうわさが絶えない人物でもあった。


 そんな人物を姫君が良く思うはずはない。断わっても、断わっても届く贈り物はすべて返品していたし、パーティーで会わざるをえない時だって、十二分に注意していた。


 そんな人物を、恋い慕うはずはないのに――。


 先ぶれを出しもせず、身なりを整えさえせずに会いに行こうとする姫君の様子に、薬を盛られたのだと誰もが思った。

 求婚者の多い姫君だ。そういった薬に対する対策は抜かりがなかったし、姫君がおかしくなった時、その場にいたのは恋人の王子で、ホーカイン侯爵はその場にいなかったのに。


 惚れ薬なんて、そばにいる異性に好意を錯覚させる偽物のはず。

 万一、服用してしまっても、隔離して時間が経てば正気に戻る――。


「そう思った王子様は、姫君が正気に戻るのを待つことにしたのです。しかし……」

「お姫様は正気にもどらなかったんですのね?」

「はい。次の日も、その次の日も、お姫様はホーカインの元に行かせてくれと訴え続けたそうです」


 この話は伝わっていないのだろ。キャロラインは興味深そうに話に聞き入っている。


「まぁ、飲ますだけなら方法はあるんだろうけど……。それって本物の惚れ薬があったってことか。王子様もきっついな。お姫様が目の前でおかしくなったんだろ?」

「お姫さまピンチー」

「王子さまショック」


 意外なことにエドガンと双子も静かに話を聞いている。


「惚れ薬に使う蛇の素材は、毒蛇ならバジリスクじゃなくてもいいんです。どんな毒蛇の魔物を素材に使ったって、心を操るポーションにはならないんですけど、一つだけ例外があるらしくて……」


 これは、マリエラが師匠から聞いた話で、ポーションの作り方が記されている《ライブラリ》に記載されてはいないし、作ったことももちろんないから、真偽の方は分からない。


「材料に、つがいの蛇を使うらしいです」


 それも、長く連れ添ったものがいい。つがいの蛇のそれぞれから1本ずつ惚れ薬を作り、相手と自分がそれぞれ飲むのだ。

 マリエラの知る限り、惚れ薬というのは強い毒の効果をわずかな時間だけ与えることで、危機を感じた肉体が、そばにいる異性に恋愛感情を抱かせる、吊り橋効果のようなものだ。

 けれど、つがいの蛇の惚れ薬だけはまるでおとぎ話の惚れ薬のように、たとえ相手が側にいなくとも、飲んだ相手を強く求めるのだという。


 それは、まさに、死に別れたつがいの蛇が再び集い絡み合うように。


「次の日も、その次の日も。1週間たってもお姫様は正気に戻りませんでした。解毒どころから解呪まで、手に入る特級ポーションを片っ端から試したけれど効果はなかったんですって。好いた相手が自分を見てくれない悲しみに打ちひしがれた王子さまは、……森に棲む賢者に助けを求めました」


 森に棲む賢者――。つまりはマリエラの師匠のことだ。

 ちなみに直接相談に来たのは、王子ではなく王子に泣きつかれた家臣の錬金術師――つまりはキャロラインのご先祖で、ポーションの作成は例のごとくマリエラに丸投げという、いつもの下請け構造だった。


 今はキャロラインも話を聞いているし、見習い錬金術師より賢者が活躍したほうが話としては面白いだろう。

 マリエラは、あの時のことを思い出しながら、あくまで「賢者が」という形で話を進めた。


明日も更新ありますよー

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本当にあったお話だ! 賢者だ!師匠だ! ふふふ、下請け構造…www [気になる点] 続き
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