蛇と毒と惚れ薬―②
買い出しを終えた『木漏れ日』の午後、キャロラインと過ごす優雅な時間に、黒鉄輸送隊のエドガンがやってきた。
なんでも、マリエラに用事があるらしい。いつもの迷宮討伐軍の依頼ではなく、個人的な用事だそうだ。上品な令嬢キャロラインとチャラ男代表エドガンとは、ミスマッチ感が半端ない。
「あのさ、マリエラちゃん。帝都の方でさ、惚れ薬が出回ってんだけど、これってマジで効くん? なんでも、バジリスクの素材から作った貴重なポーションらしいんだけどさ」
思った以上にしょうもない用事にマリエラはがっくりとする。
バジリスク・ブームは迷宮都市だけではないらしいが、エドガンが持ってきただけあって相当に胡散臭い。
「まぁ、惚れ薬」
なんと、恋バナ好きのキャル様が食いついてしまったではないか。何を教えるのだ、エドガンは。
「それって十中八九、偽モノですよ」
ここはしっかり訂正しなければ。マリエラはきっちり釘を刺す。
惚れ薬、痩せ薬、毛生え薬は効果が微妙な三大偽薬で有名なのだ。
しかし、不老不死の霊薬だとか、若返りの薬といった、明らかにありえないものと違って、効果があったと言えなくもないから、この手のポーションは定期的に人々の口の端に登ってくる。
「えー? ウソウソマジデー!?」
明らかに信じていない様子のエドガン。
「ウソウソホントー」
「ホントウソウソー」
「本物はないのかしら」
お昼寝から起きだしたシュッテとアウフィが乱入し、なぜかキャル様まで残念そうに食い下がる。錬金術師の名家であっても、年頃の娘だから、この手の話が好きらしい。
「バジリスクの素材……、血と肉と骨髄を使った惚れ薬と言えなくもないポーションはあるんですけどね」
「ありますのね!」
「きっとそれだ! スッゲー高いんだよ。詳しく! 詳しく!」
「エドガン、どうどう、どうどうどう」
エドガンがものすごく前のめりだ。ジークが止めてくれるから危険な感じはないのだけれど、キャル様の前でこの醜態、見ていて悲しくなってくる。
というか、値段まで調査済なのか。次に帝都に行ったときに手を出しかねない様子だ。
(なんて駄目な大人なんだろう……)
思わず遠い目をしてしまったマリエラだけれど、あれはそこそこ危ないポーションなのだ。倫理的に、というだけでなく、毒という意味で。
キャル様にもちゃんと知っていて欲しいし、特にエドガンにはここはきっちり教育しておかねばなるまいと、マリエラは説明を始めた。
「惚れ薬って、バジリスクの素材を使った毒薬と、その解毒剤を混ぜたポーションなんですよ。ちょっとした鼻薬と特殊な配合のおかげで、毒の症状が出たすぐ後に解毒されるんですが、その毒の症状を恋と勘違いするんだとか」
「あら……」
配合を間違えたらただの毒。
キャル様はこの説明で理解してくれたようだが、エドガンがデモデモダッテを続ける。
「えぇー? 聞いた話じゃさ、その薬を飲むとさ、こう、胸がどきどきして」
「毒による動悸ですね」
「頭がくらくら、ぽーっとして、呼吸がはっはと浅くなって」
「毒による眩暈、発熱と、呼吸障害です」
「目の前のその人しか見えなくなって」
「視野狭窄まであるとか、危ないなぁ」
「あぁ、この人しかいないって思うって……」
「命の危機、感じちゃってるじゃないですか」
完全にアウトだ。動悸息切れ、眩暈くらいなら、見逃されもするけれど、エドガンの語った症状が全部あるなら、配合をミスってしまっている。じきに規制されることだろう。
「エドガンさんは、お相手の女性に毒を飲ませるんですか?」
「うっ……」
“毒だっつってんだろ”
マリエラの視線が怖い。
言って聞かない子供を叱る母親のような凄みに、エドガンどころかジークまで姿勢が伸びる。わちゃわちゃしていたシュッテとアウフィは、空気を察してぴゅーっと遠くに逃げていった。賢い。
「まっ、まさかー。オレが、そういうアブナイものを飲ませるわけないじゃないかー。あはははー。
でもさ、なんかロマン? そう、ロマン! そういうのがあるだろ? おとぎ話に出て来そうなさ! わかるだろー、わかるよな! なっ、ジーク!」
「分からん」
ジークにまで見捨てられたエドガンは、ついに観念したらしい。小さな声で「ごめんなさい」と謝った。
「そもそも、マリエラの言うようなポーションだったら、エドガンを好きになるとは限らないんじゃないか? 飲んだ時に近くにいた相手に対して、好意を錯覚するんだろう?」
「そだなー」
エドガンの場合、惚れ薬を使ったとしてうっかり別の男とくっつけそうだ。実は思い合ってた二人とか。でもって、落胆、やけ酒する姿までセットで想像できてしまう。
「帝都にはそういうポーションもありますので、キャル様も気を付けてくださいね」
「分かりましたわ」
キャル様は貴族の令嬢だし、帝都に行くことだってあるだろう。知っておくべきだと思って話したけれど、エドガンが思いのほか聞き分けないので少し怒り過ぎてしまった。空気を悪くしてしまったかもしれない。
「あぁ、でも、こんなお話がありますよ」
少し反省したマリエラは、逃げたシュッテとアウフィを呼び寄せると、惚れ薬にまつわる“昔話”をし始めた。
ダイダラマイマイで話を考えかけたけど、年末年始に合わないグロ料理モノになりそうでやめました。