蛇と毒と惚れ薬-①
「バジ・リースクのかば焼き! 今だけ1串10銅貨!」
「こっちのバジリスくし焼きは、なんと7銅貨! 安いぜ、買ってきな!」
「バジミックスの煮込みはどうだ、体があったまるぜ!」
今日も卸売市場は売り込みの声が活況だ。
明らかにバジリスクに寄せた名前の料理屋台が立ち並び、帝都から来たであろう、普段見かけない商人たちを吸い寄せている。
迷宮討伐軍がキング・バジリスクを倒してすぐのことだ。
狭い迷宮都市のことだから、そういう噂はすぐに広まるし、耳ざとい商人はあわよくば貴重な素材を、と迷宮都市を訪れる。
もっとも、バジリスク、ましてやキング・バジリスクなどという貴重な素材が、一般客も出入りする市場に卸されることはない。迷宮討伐に必要な装備に加工される分は、迷宮都市のドワーフ街へ直接持ち込まれるものだし、それ以外の、特にキング・バジリスクのようなレア素材は専用の商人が帝都に運び、オークションにかけられる。万一の保証もあるから、そういう商品は黒鉄輸送隊よりずっと大きな商会が請け負うのだと、マリエラは黒鉄輸送隊のマルローに教わった。
ただのバジリスクなら迷宮第53階層にいくらでも湧くから、もう少し時間が経てば卸売市場に素材が流れてくるだろうが、需要に対して供給量が圧倒的に少ない現状では、まだまだ迷宮討伐軍に紐付きの商人の寡占状態だ。
もっともそんなことは、ただの庶民には関係の薄いことで、胡散臭いものが出回るお祭り騒ぎを楽しむために迷宮都市の住人も繰り出して、卸売市場はいつもより賑わっている。
マリエラとジークのその中の一人で、やんちゃな双子のシュッテとアウフィがお昼寝をしている間の、束の間の自由時間を楽しんでいる。
「本当にバジリスクじゃないだろうな」
市場を歩くジークが、バジ・リースクのかば焼きを見ながらつぶやく。大型の蛇っぽい肉質で、タレの美味しそうな匂いが漂ってくる。
「まっさかー。バジリスクのお肉には毒があって食べられないし。
あれはリースク・イールじゃないかな。鰻の魔物の。だとしたら1串10銅貨はぼったくりだよ。
でも、あれは美味しそう。バジリスくし焼き……栗鼠の串焼き? うーん、ちょっと高いな」
よく見ると名前を寄せているだけで、中身は迷宮都市近郊で取れる魔物の肉の屋台料理だ。卸売市場は迷宮都市の住人も良く利用するから、ギリギリセーフなラインを攻めているらしい。日常以上お祭り未満、食材の珍しさを加味して手が出る絶妙な価格設定はさすがだ。
ちなみに、リースク・イールはこの辺りの川に生息する鰻と蛇が混ざったような水棲の魔物で、魚の網によくかかる。体が大きく食べごたえがあるが、泥臭くて美味しくない。かば焼きにしてなんとか、といった食材だ。
「ク」の字が一文字足りないバジリス串焼きも、この辺りに生息する栗鼠の魔物の肉だろう。栗鼠と言っても、人間の赤子より大きいからそれなりに食べられる部位はある。リークス・イールよりは味はいいが肉は固い。あの串焼きは、いったんミンチにした肉を丸めて焼いてあるようだ。
それにしても、どちらも頭についている「バジ」とは何のことだろう。不思議に思ったマリエラは屋台に突撃する。
「すいませーん、その串焼き、リス肉ですよね? バジって何ですか、バジって?」
「いらっしゃ……。あー、バジ? この辺で獲れたって意味だよ、言うだろ? バジモノとかって」
それは、地場だ。
だがしかし、誤字ではあるが嘘とはいえまい。このギリギリを攻める姿勢、マリエラは嫌いではない。
「バジリスくし焼き、2本10銅貨で!」
「うちのバジリスくし焼きはうまいぜ、おまけしたって12銅貨だ!」
「じゃあ、バジリスくし焼き3本買うから15銅貨!」
「えぇい、もってけ嬢ちゃん! バジリスくし焼き3本だ!」
「ありがと! バジリスくし焼き楽しみ!」
あえて大きな声で「バジリスくし焼き」を連呼したおかげか、1本5銅貨でくし焼きを売ってもらえた。
マリエラは、ほくほくとその場を後にする。マリエラたちのやり取りに興味を持った客が屋台に集まってきたから、お互い良い取引だったろう。
「あむ、おいひい。でも、これだけじゃ足りないねー」
「スープも頼むか? 温まりそうだが」
「バジミックスの煮込み? うーん、あれって、つまり地場もののごった煮スープでしょ。それってつまり」
「ただの野菜スープか。ないな」
「ないね」
バジ・リースクにバジリスくし焼きにバジミックス。他にもジバリクスだとかバジックスだとか。良くもまぁ、考えたものだと感心するラインナップだ。
だんだんと、バジリスクがゲシュタルト崩壊してきそうだ。
「キング・チュロスはいかがかな! いつもの2倍のサイズだ! 甘くてうまいよ!」
「次は何!?」
バジリスクと言っていないのに、キング・バジリスクを思わせるのは、やたらでっかいチュロスだ。ちょっぴり蛇っぽい絞り出し方をしていて面白い。
「これ、お土産に買ってかえろっか」
「そうだな」
そろそろ双子がお昼寝から起きだす頃だ。
バジリスク祭りを堪能したマリエラとジークは、でっかいチュロスを購入すると『木漏れ日』へ帰っていった。