白の仔ら-⑫ リンクスと一緒
「よーし、チビッコども。今日はオレが相手してやるぞー」
「リンクス来たーぁぁあああ!」
「リンクス遅いーぃぃいいい!」
「おっと」
突風のような双子、シュッテとアウフィの突撃を、リンクスが軽やかなジャンプで見事に躱す。まるで矢やら手斧が飛び交う戦場をかいくぐるかのような動きだ。
リンクスに避けられたからといって、全力で突撃してきたシュッテとアウフィが急に止まれるはずもない。
向かう先は『木漏れ日』のカウンター。硬い木の角に激突しそうな双子の襟首を、リンクスがふん捕まえてひょいと着地させてやる。ここまでが、もはやお決まりの工程だ。
ジークは双子をあまり構わない、というか絡まれ引っ付かれるのに任せているのに対して、リンクスは絡みつかれないようにひょいひょいと避ける。そのくせ、怪我はしないようちゃんと目を配ってくれている。ツレないくせに、ちょっと優しいところが嬉しかったのか、単に全力で遊べる相手と認識したのか、今ではシュッテとアウフィはリンクスと見るや突撃をかますようになってしまった。
「ほんっと、お前ら元気だな。マリエラとジークも大変だろ」
至近距離から飛び掛かる双子を、ひょいひょいと躱しながら、リンクスは呆れる。この双子、本当にあきれるほどの体力だ。このまま育てば、将来はいっぱしの冒険者になれそうである。
「たすかるよ……(げっそり)」
対して、体力のないマリエラは朝っぱらから疲れ果てている。
今日は一日リンクスが双子を預かってくれるから、ついでに『木漏れ日』もお休みにして、一日休養する予定だ。
リンクスが双子を預かるにはいくつか理由があって、中でも大きいのがマリエラの時間と体力の確保だ。
前回の迷宮討伐軍の遠征で出た怪我人はあらかた治療が済んだとはいえ、次の討伐に向けての準備や何やらで、マリエラはどんどんポーションを作らねばならない。ゴンタな双子相手にげっそりしている場合ではないのだ。
だからリンクスの手が空いているときは、双子の相手を買って出ている。今日もリンクスが双子を連れて出た後は、ポーションを作りまくる予定にしている。
「リンクス、シュッテね、ヤグーのとこいくの。もふもふなぜなぜするんだよ」
「リンクス、アウフィね、ヤグーのとこいくの。エミリーと一緒に遊ぶのよ」
「あー? どっちも駄目だ。ヤグーは肉祭りに備えて準備中だし、エミリーも肉祭りの前は在庫整理やなんやで忙しいんだ」
リンクスの周りをぐるぐる、ぐるぐる、溶けてバターになりそうなほど周回しながら、双子がねだる。どちらも「ヤグーのとこ」と言ってはいるが、シュッテが行きたいのは貸しヤグー屋で、アウフィが行きたいのは『ヤグーの跳ね橋亭』だ。
今は、迷宮都市の恒例行事の一つ、『肉祭り』に備えてヤグーもエミリーも忙しく、双子に構う余裕などない。そう説明すると、双子はぷうと膨れて代案を出す。
「むう、肉祭り。じゃー、ハーゲイと遊ぶ」
「ぬう、肉祭り。じゃー、ハーゲイで我慢する」
「肉祭りは迷宮都市中の冒険者がこぞって参加するんだぜ。ギルマスのハーゲイはもっと忙しいだろ」
つねに多忙なはずのハーゲイは、迷宮都市のあちこちをパトロール的な名目でサボり歩いているから、双子を構う余裕くらいはありそうだけれど、暑苦しいオッサンと会いたくないリンクスは適当に答える。
「おのれ、肉祭り」
「おのれ、豚ども」
「どこで覚えてくるのよ、そんな言葉」
自分たちのプランをことごとく却下され、双子が口をとがらせる。
それにしても「おのれ」だとか「豚ども」だとか、一体どこで覚えて来たのか。
マリエラでさえ思わずツッコミを入れてしまったが、容姿だけは可愛らしい双子の幼女がそんな言葉を使ったら、喜んでしまうお客さんが居そうで、たいへんによろしくない。
「まー、悪いことばっかじゃないぞ。肉祭り前はな、市場なんかで在庫処分セールやってたりすんだ。でっかいオークのソーセージを挟んだホットドッグとかうまいぞ」
「なにそれ、行きたい!」
「マリエラ、お前は仕事しろ」
「仕事しろー」
「仕事しろ―」
流石はリンクス。むくれた双子より先にマリエラが釣れてしまったが、双子もうまく釣れたようだ。会話もいい感じに盛り上がってきた。
双子が「一緒に行く」とゴネないように静かにしていたジークも、会話に参加したそうにソワソワしだすありさまだ。
「はいはい。二人ともいい子でいるんだよー」
「でた、カーチャン」
「カーチャン」
「カーチャン」
「カー……」「ジークは黙って」「……」
そんなやり取りの末、リンクスに連れられて双子はご機嫌な様子で『木漏れ日』を出発していった。
リンクスが双子の相手をする表向きの理由。
それはマリエラの時間確保、負担軽減に他ならない。少なくともマリエラはそう聞かされている。
けれど、それだけなら、わざわざ『木漏れ日』を離れて双子と迷宮都市を練り歩く必要はない。
リンクスは、わちゃわちゃと絡みつく双子を躱し、珍しい物を見つけては飛び出しかねない双子の襟首をとっ捕まえながら、迷宮都市をゆっくり進む。
人通りの多い市場で買い食いをし、冒険者たちが多く行きかう表通りの広場で買ったものを食べる。冒険者たちが買い物をする奥まった通りをぶらついて、彼らがたむろする飯屋に入って休憩をする。
冒険者というものは安定とは程遠い職業だ。家庭、まして幼い子供を持つ者は少なく、迷宮都市に暮らす子供も、血の気が多く手の早い冒険者には近づかないよう教育される。エミリーのように看板娘として働く子供以外は、冒険者との接点は少ない。
少なくともリンクスが選んだ道は、そういう冒険者ばかりの場所で、リンクスが連れまわす白い双子は、その色彩も相まって大層よく目立った。
(釣れないな……)
迷宮都市で噂になっている“つがいの白い獣”。幸運を呼ぶとかいう理由で、高値で求める好事家が帝都にいるとの噂は、黒鉄輸送隊の耳にも届いている。白い兎だかネズミだかを、魔の森で捕まえた獣だと言って売る者もいるのだという。
この双子は、それが人の形を取ったような存在だ。
初めて『木漏れ日』でこの双子の姿を見た時、“何をやっているんだ”と無言でジークを責めた覚えもある。ポーションの取引を秘密裏に始めたこのタイミングで、好奇の目を『木漏れ日』に向けさせるなど何事だと。
しかも、得体のしれない子供だという。預かってしまったものは仕方がないが、面倒ごとは即刻対処すべきだというのは、リンクスもジークも共通の認識ではある。
しかし渦中のマリエラ自身が、本当の身内のようにこの双子を保護しているのだ。もろもろのリスクは理解しているようなのに、黒鉄輸送隊で預かろうとか、迷宮討伐軍に保護してもらうといった案にも首を縦に振らず、双子の好きにさせている様子に、リンクスは別の手段を考えたのだ。
(こうやって連れまわしてりゃ、白い双子を狙うやつを炙りだせると思ったんだがな……)
道行く冒険者たちは皆、白い双子に少なからず目を向ける。
けれどそれは、単なる好機の視線であって、悪意あるものは感じ取れない。
(意外とまともな奴ばっかなのか?)
獣は獣。人は人。
それを混同するような愚か者はいないようだ。少なくとも、今日のところは……。
「リンクス、お腹すいたー」
「リンクス、お腹ぺこぺこー」
「我慢しろ。もう少しで『木漏れ日』だかんな。晩飯はマリエラが作ってくれてっから」
「晩御飯、何かな? ハンバーグだったら、シュッテ、マリのことマリエラって呼ぶ」
「晩御飯、楽しみね。目玉焼きもついてたら、アウフィもエラのことマリエラって呼ぶ」
「晩飯がなんでも、マリエラって呼んでやれよお前ら……」
たっぷり一日かけて迷宮都市を遊び歩いたリンクスと双子は、夕暮れの街を『木漏れ日』に向かって帰っていく。
商店の多いこの辺りは、店の閉まる日暮れ頃には人はまばらで、閉店後の配達に向かう荷車がヤグーに引かれてごとごと進んでいる。
一日中動き回ったシュッテとアウフィはリンクスに絡まないくらいには疲れ果てている。いい感じだ。今日は大人しく寝てくれて、マリエラは楽ができるだろう。
そんなことを考えながら、リンクスが『木漏れ日』の方を見ると、偶然か扉が開いてマリエラが顔をのぞかせた。
「お帰り、リンクス。シュッテとアウフィは?」
「へ? あいつらならここに……」
マリエラに言われて脇を見れば、ついさきほどまでくっついていた双子の姿が見えなくなっているではないか。
(いつの間に。このタイミングで? 怪しい視線も気配も感じなかったぞ!?)
リンクスに気付かれずに、至近距離から二人の子供をさらうなど、そんなことができるなんて並みの冒険者の仕業ではない。双子の行方を探る今でさえ、聞こえてくるのは荷車を引くヤグーの「めへー」という間抜けな鳴き声ばかりではないか。
瞬時に臨戦態勢を取るリンクス。幸いにも今は夕暮れ、今ならば影に溶け込み双子を探し出せるだろう。
けれど、リンクスより先に、異変に気付いたマリエラが叫んだ。
「シュッテ! アウフィ! 今日は目玉焼きのっけハンバーグだよ! 今すぐ帰ってこないと食べちゃうよー!!!!!」
「はんばーぐ!」
「めだまのっけ!」
「めへー」
シュババババ。
気の抜けたヤグーの鳴き声がした方から、シュッテとアウフィが突風のように駆けてきた。
どうやら通りすがりのヤグーに特攻をかけていたらしい。解放されたヤグーは何事もなかったかのように、再びごとごとと荷車を引き始める。
「あぁ、もう、こんな毛だらけにして。街でヤグーを見かけても突っ込んでいっちゃダメでしょ。ほら、ごはんの前におフロ入っといで!」
「カーチャンだー」
「カーチャンだ―」
「ハンバーグいらないの?」
「マリエラ大好き!」
「マリエラ大好き!」
(なんだよ、あいつら。はー、ビビった……)
リンクスの隙さえつく双子。子供の行動は突拍子がなくて、大人を翻弄するものなのだが。
双子を連れて『木漏れ日』に入るマリエラにリンクスが続く。
適当な椅子に座ると、厨房からジークが冷えた果実水を持って現れ、リンクスに勧めた。
「どうだ?」
「今日のところはいなかったな。……でも、もう少し様子を見たほうが良いと思う」
「そうか……」
「心配すんなって。次もマルロー副隊長に手伝ってもらうし。あいつらだって顔が知れたほうが安全ってもんだろ?」
情が移ってしまったのか、双子を餌に連れまわすことに乗り気でないジークにリンクスが言う。
いつか『ヤグーの跳ね橋亭』で絡んできた冒険者たち。ああいう輩が、白い双子を放っておくとはリンクスには思えない。
「マリエラの安全を考えるなら、これが最適解なんだよ」
リンクスの言葉は正しいけれど、最適ではないようにジークには思えた。