白の仔ら-⑩ 冒険者応援セール
その日の『木漏れ日』店内は、いつもより一段と明るく輝いていた。
「あ、ハーゲイさんいらっしゃい!」
「よう、嬢ちゃん! 儲かってるか」
『木漏れ日』を訪れた冒険者ギルドマスター、ハーゲイの人柄によるものに違いない。違いないったら、違いない。
初めてハーゲイを見たシュッテとアウフィが、口をぽかんと開けて、至近距離から無言で無遠慮な視線を投げかけているが、無礼な冒険者に慣れたハーゲイにとっては無邪気なチビッココンビの視線など、心地いいそよ風のごとしだ。
「お? 随分ちっちぇえ店員だぜ!」
キラ、ピカーン。ちびっこ店員二人組に向けて、ハーゲイのサムズアップが炸裂する。
「……(゜ロ゜)!!! アウフィ!」
「……(゜ロ゜)!!! シュッテ!」
ハーゲイの挨拶に撃ち抜かれたシュッテとアウフィは、とてててて、と奥にある商品棚の方に走っていく。
「はっはっは。怖がられちまったか」
「そんな繊細な子たちだったら楽なんですが……」
笑うハーゲイと悪い予感に眉を顰めるマリエラ。
とてててて。
マリエラの予感は的中したようだ。マリエラが言い終わるや否や、駆け戻ったシュッテとアウフィが抱えた商品の瓶をハーゲイに差し出した。
「お客さんの、探し物!」
「お客さんの、欲しい物!」
「ん、なんだ。……化粧水と、髪用せっけんか?」
双子が持って来た瓶は、女性客から絶対の支持を得る『木漏れ日』の売れ筋商品だ。大きく書かれたキャッチコピーが目を引くように書いてある。
化粧水。『つやつや輝く肌へ』。
髪用せっけん。『スーパーシャイン』。
「不要だぜ?」
「……(゜ロ゜)!!!」
「……(゜ロ゜)!!!」
「って、おどろくのかよ!?」
ふたたび口をぽかんと開けて固まる双子。どうやら、つやぴか系の化粧水やらシャンプーやらをハーゲイが買いに来たと本気で思っていたらしい。
先ほどから、お茶を飲むふり、商品を見るふりをしながら様子を伺っていた客たちは、双子のチョイスにこぞって肩を震わせている。
「ちょ、あんたたち! すいません、ハーゲイさん」
「はっはっは。元気なチビッコだぜ。妹かなんかか?」
「すいません。俺の親戚の子なんですが……」
双子の暴挙に慌てて駆け付けたジークが、双子を小麦袋のように両脇に抱えて捕獲すると、珍しくシュッテとアウフィが手足をばたつかせて抵抗する。どうやら、ハーゲイのそばにいたいらしい。
「あー、構わん構わん。ここにいたいんだろ?」
シュッテとアウフィの瞳はハーゲイの頭部にくぎ付けだというのに、なんとハーゲイのお許しがでた。さすがは冒険者ギルドのギルドマスター。なかなかに器が大きい。
そばに置いておいても絶対ろくなことをしないだろうから、マリエラとジークはハラハラしっぱなしなのだが。
『木漏れ日』の客たちも双子が次は何をやらかすのか興味津々と言った様子で、雰囲気はザワザワとザワついているのに、みんな黙りこくって外を行きかう足音が聞こえそうなほど静まり返っている。
「えーと、ハーゲイさん、今日はどういったご用件で?」
双子がこれ以上失礼を重ねないうちにと、急いで要件を聞くマリエラに、からからと笑ってハーゲイが話を始めた。
「おう、今日はな、売店のセールへの協力依頼に来たんだぜ」
ハーゲイの話と案内書類によると、迷宮討伐軍の遠征がひと段落着いた時分は、迷宮内で魔物が湧くバランスが崩れて怪我人が出やすいらしい。だから注意喚起を兼ねて冒険者ギルド内の売店で、セールを行うのだそうだ。出展者側への値引き要請はあるが、冒険者ギルド側へ支払う手数料も値下げされるし、販売量も増える。出展者には増収増益が見込めるイベントなのだという。
「怪我がないようにな」
「(゜ロ゜)!!! ケガナイヨウニ!」
「(゜ロ゜)!!! ケガナイヨウニ!」
ハーゲイの言葉を微妙に減らして復唱する双子。
『木漏れ日』でお茶を楽しんでいた常連客達のカップを持つ手が震える。誰もが聞こえないふりをしているが、意識は双子にくぎ付けだ。
「名付けて冒険者応援セールだぜ!」
「応援?」
「励ます?」
「……(゜ロ゜)!!! ハゲ!」
「……(゜ロ゜)!!! マス!」
「分割すんな!」
あんまりな双子の発言に、思わずジークまでツッコミを入れ、ついに聞き耳を立てていた常連客がお茶を吹く。お茶が気管に入った客がげほごほとむせかえり、商品を見ていた客は悪い病気にかかったようにぷるぷると震えている。
急に重病人が増えたみたいで、いつもは喫茶店と揶揄される『木漏れ日』が珍しく薬屋らしく見えるありさまだ。
カオスだ。他に表現しようがないほどだ。
「はっはー。元気なチビッコどもだぜ。なんならセールの時に売り子をするか? “ご安全に!”って薬を渡してやりゃー、冒険者の連中も喜ぶに違いないぜ」
「ご安全に?」「ご安全に!」
「ケガナイヨウニ?」「ケガナイヨウニ!」
ハーゲイが教えた言葉に、新しいおもちゃをもらったように双子の顔が輝きだす。
「あー、もう、ハーゲイさん、この子たちに変な言葉覚えさせないでくださいよ」
時すでに遅し。
「シュッテはハーゲイ、ハゲ! マス!」
「アウフィもハーゲイ、ハゲ! マス!」
「だから分割すんな!」
「はっはっは。子供は元気が一番だぜ! んじゃ、セールの件、頼んだぜ!」
満面の笑みで手を振る双子に笑顔で答えたハーゲイは、颯爽と『木漏れ日』を後にする。
ハーゲイがおおらかな人物でよかったと心の底から安堵するマリエラとジークを『木漏れ日』に残して。
彼の去った後の店内が心なしか薄暗いのは、マリエラとジークがどんより疲れているせいだろう。ハーゲイがいないからではきっとない。ないったらない。
子供は自分たちを構ってくれる大人に懐くものだけれど、シュッテとアウフィのハーゲイへの懐きっぷりはすさまじく、その後、ハーゲイに頭部が似た人を見かけるたびに追いかけて声を掛ける事案がしばらく続いた。
「ハーゲイ、ご安全にー! ケガナ……あむぅ」
「ハーゲイ、ご安全にー! ケガナ……うむぅ」
シュッテとアウフィが最後まで言うより先に、ジークが全力ダッシュで双子を捕獲し、マリエラが双子の口に飴玉を放り込むという連携プレイで、なんとか事なきを得たが、『木漏れ日』では双子が最後まで言えるかどうかの賭けが流行する始末だった。
ちなみに冒険者ギルドでの応援セールでは、本人たちの希望と、ハーゲイ、そしてなぜか『木漏れ日』の常連客からの推薦で、シュッテとアウフィが臨時で売り子を行った。
「ご安全にー。ケガナイヨウニー!」
「ご安全にー。ケガナイヨウニー!」
「おーおー、ありがとよ」
ハーゲイ似の人物だけにかけられる、双子のギリギリな発言はなぜか大うけで、冒険者応援セールの売り上げは記録的な数字をたたき出した。
「嬢ちゃんたち、おいちゃんも応援してくれよ」
「シュッテ、ケガナイヨウニ、ハゲ! マス!」
「アウフィも、ケガナイヨウニ、ハゲ! マス!」
「ぎゃははは、お前、ハゲまされてんじゃんよー」
「がはははは! うらやましいか! 嬢ちゃんたち、ありがとうよ!」
迷宮都市は、意外と平和だ。
……もっともそれは表向き、ギルド職員やまっとうな冒険者たちの目の行き届く範囲に限られるのだけれど。
「おい、儲け話を探しにきてみりゃあ。……白い、双子だと?」
「あぁ。だが、人間はさすがに騒ぎになるんじゃねぇか?」
「帝都まで逃げ切っちまえばこっちのもんだろ? 動物であの値だぞ、いくらになると思ってる。少なく見積もったって……」
「……一生遊んで暮らせるな」
「……あぁ。やるしかないだろ。
だが、ことがことだ。帝都の旦那には渡りをつける」
「準備は抜かりなく、な」
冒険者ギルドの片隅で、白い双子に視線をやりながら声を潜める男たち。
この場にリンクスがいたならば、かつて『ヤグーの跳ね橋亭』で白いつがいの獣の話を聞いてきた男たちだと気が付いただろう。
けれど、この場にリンクスはなく、せわしない冒険者たちの雑踏に、胡乱な視線は紛れてしまう。
善意と悪意の入り混じる人込みはまるで雑木林のようで、無防備な白い双子は木の葉と踊るつむじ風のように、くるくると冒険者たちの間を舞い遊んでいた。