白の仔ら-⑦ 父娘の会話
「パパ、今日ね、可愛い双子にあったのよ? 帽子で隠れてたけど、髪も肌も真っ白いの」
その夜、シェリーは市場で出会った双子の話を父、ジャック・ニーレンバーグに話して聞かせた。
「ほう、アルビノか?」
「またそういうこと言う……」
ジャックの返しに苦笑するシェリー。
彼は、他愛ない会話というのが苦手なのだ。彼なりに娘との会話を盛り上げようとしてのことだろうが、ソーセージがおいしいと言ったら「これはヤグーの腸で」から腸の働きの話をしたり、レバーのパテの話題から肝機能の話をするのはいい加減やめて欲しい。
娘の反応に話題を変えようとしたのか、今日のジャックはいつもとは毛色の違う話をし始めた。
「そういえば、真っ白い対の獣の話を聞いたことがある」
「へぇ、どんなお話?」
珍しい。職業柄かジャックはひどく現実的で、不思議な話などしないのに。
期待に目を輝かせるシェリーにジャックは続ける。
「山に捧げる供物、だったか?」
「パーパー?」
素敵な話が聞けると思ったのに、供物だなんて台無しだ。
シェリーのじっとりとした視線にジャックは視線を逸らす。「可愛い双子」から始まった会話の着地点としては、不時着どころか墜落ものだ。
「あー、供物といっても血なまぐさいものではなくてな。山が与えた恵みに対する恩恵に対する謝礼として、山を目指してくるらしい。北の山々に住む山岳民族の信仰だ」
「あの子たちは人間だよ? でも、白い獣が最近出るって話、私も聞いたことある!」
「まぁ、ただのアルビノ個体か白色の魔物だろうがな。そういう個体は目立つから狩られやすい。だから余計に珍しがられているんだろう」
希少で珍しい動物には価値がある。迷信や信仰で裏打ちされるならばなおさらだ。
迷宮都市周辺に白い獣が現れるというのは稀に聞く話だ。数十年に一度とかそういった頻度だったように思う。そして、そういった個体を狩るのは獣や魔物よりもむしろ、人間の方なのだ。
「ふーん。北の山脈ならドワーフ? 意外とロマンチックなのかしら」
「いや、奴らとは別の少数民族だ。シール商会の初代会長と交流があったらしい」
「そうなんだ」
ふぁ、とシェリーがあくびをする。どんどん現実味を帯びる話に退屈してしまったようだ。
ちなみにシール商会は、商人ギルドの薬草部門長、エルメラ・シールの父親が一代で興した商会だ。彼は実に豪胆な人物で、ジャックも若い頃何度か世話になったことがある。今は商会を長男に任せて、どこかの辺境の地を旅しているのだという。
彼との思い出話をシェリーに聞かせてやりたかったが、父親の話に興味をなくしたシェリーは退屈そうに髪をいじっている。
そんなさりげない仕草や気の利いた会話一つできない父親に向ける気遣いは、亡き妻を彷彿とさせる。しかし、真っ黒な髪や時折痛いところを突いてくる視線は、間違いなく自分譲りだ。
愛らしい面立ちは、自分と似つかないけれど。
そんなシェリーはまだ12歳。そろそろ寝かせたほうが良い。
「そろそろ休みなさい」
「はーい。パパもおうちでまでお仕事しないで、早く寝るのよ」
ちゅ。
ジャックの頬にキスを落とすと、シェリーは寝室へと向かう。
お休みのキスは親から子にするものではなかったか。
これではどちらが面倒を見ているのかわからないなと、ジャックは苦笑する。
亡き妻にどこか似た彼女は日に日に成長し、妻の生きられなかった時間を生きていくだろう。
自分にどこか似た彼女にはずっと明るい道を歩いて、自分の生きられなかった人生を生きて欲しい。
山岳民族の話を語ったシール会長の姿がよぎる。山岳経由で独自の経路を見出した彼はヤグー隊商で財を成したのだ。彼の使った経路は山岳民族の村々を巡るもので、彼は山岳民族の挨拶を好んで使っていた。たしか、こうだ。
(シェリーに良き風が吹きますように)
彼の願いは、白い双子の祈りは、シェリーの未来を照らすだろうか。
迷宮都市で月のない夜は更けていった。