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退院してから10日後、僕は東大附属高校の学生寮で寮長から入寮説明を聞いている。入学式が1月にも関わらずこんなに早く入寮する理由は、僕に魔法使いとしての基礎知識がないため補講をうける必要があるからだ。
「以上で寮の説明は終わりです。何か質問はありますか?」
「いえ、ありません。」
「樹君の部屋は701号室です。角部屋が空いていたなんて、樹君も運がいいですね。」
「僕も、ということは、龍野さんも角部屋なんですか?」
「えぇ、珍しいこともあるものです。では、鍵を渡しますので、なくさないようにして下さいね。」
「はい。」
「それと純一先生からの伝言です。『午後3時から補講を行うのでE204まで来て下さい』とのことです。E204は裏門から入って右手にある校舎の2階にあります。学校に行く際には仮の学生証を忘れずに。学生証をかざさないと校舎に入れませんから。」
「分かりました。」
「寮の門限は午後7時です。純一先生も門限については知っていると思いますが、補講が長びいても遅れないようにして下さい。」
「分かりました。」
「これからよろしくね。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
部屋の鍵と入寮説明書をもって階段を上がろうとすると、後ろから声をかけられた。
「森林君、久しぶり。」
「久しぶり、龍野さん。」
(挨拶は美姫にだけか?)
(お久しぶりです、エレナ様。)
(とってつけたような挨拶じゃのう。)
(神様にどうあいさつしたらいいのか分からなかったので。)
(まぁ、そう言うことにしておいてやろうかのう。)
「これから純一先生のところに行くんでしょ。一緒に行こう。」
「龍野さんも補講を受けるの?」
「うん。私は森林君より魔法使いについての知識はあるけど、中学3年間は学校に通ってなかったから知らないことも多くて。」
「えっ!?中学に通っていなかったの?」
「そうなの。これから純一先生のところに行かないといけないし、詳しくはまた後で。」
「了解。じゃ、部屋に荷物を置いてくるからちょっと待っててくれない?」
「いいよ。ここで待ってる。」
「すぐ戻ってくるから。」
荷物を置いて戻ってくると、龍野さんは窓の外を眺めながら待っていてくれた。
「お待たせ。」
「じゃぁ、行きましょう。」
お互いの近況を話しながら歩く。
「退院してから今日まで龍野さんはどう過ごしていたの?」
「私はずっとリハビリかな。体が弱くてあまり動いていなかったから、普通の生活ができるように訓練が必要だったの。」
「大変だったんじゃない?」
「最初は辛かったけど、すぐに動けるようになったからそうでもなかったよ。リハビリを手伝ってくれた看護師さんもすごい回復速度だ、って驚いていたくらいだし。」
「それは良かった。」
「それに、私は中学校に通っていなかったでしょ。高校の授業について行けるか調べるために試験を受けて、足りない部分を先生達に教えてもらっていたりしたの。」
「龍野さんは中学校の勉強ってどうしてたの?」
「基本的には教科書を読んでいたくらいで、分からないところは父に教えてもらっていたかな。」
「それだけ?」
「それだけだけど。」
「教科書を読むだけで内容を理解できるなんて、龍野さんは頭がいいんだね。。。」
「そう?『重要なことは全部教科書に書いてある』って父も言ってたし、私もそう思うよ。」
「そうですか。。。」
そんな話をしているうちにE204と書かれた部屋の前に着いた。
コンコンコン
「どうぞ。」
「失礼します。」
「おー、来ましたか。美姫さん、森林君。」
「よろしくお願いします。」
「まずはそこに座って下さい。」
「「はい。」」
普通の教室の1/4程度の大きさで、こじんまりした印象を受ける部屋である。
「改めまして、東大附属高校の歴史教師、小野純一です。今日から君たちには、本来なら中学3年間で学ぶ魔法使いになるための知識を学習してもらいます。高校からの編入生に対する補講は普通、新学期に入ってから通常授業が終わった後に行われるのですが、今回は亜紀様の要請によって特別に新学期前に行われるものだ、ということをはじめに言っておきます。」
「亜紀様が?」
「そうです。新学期が始まってすぐに授業についていけるようにするため、だそうです。それだけ亜紀様は美姫さんことを気にかけているということですから、今度会った時にお礼をいっておくといいです。」
「はい。わかりました。」
「それと、森林君。」
「はい。」
「これからは龍野さんのことは”美姫さん”と呼ぶといい。僕も君のことをこれからは”樹君”と呼ぶことにする。」
「何故ですか?」
「魔法使いの世界というのは狭くてね。同じ名字を持つ者が多くて名字で呼び合っていては誰だか区別がつかなくなるから、魔法使いの間では名字ではなく名前で呼び合うことが普通だからだ。」
「分かりました。努力します。先生のことは純一先生と呼んだらよいですか?」
「それでいいです。美姫さん、私も高校では教師としての振る舞いになりますのでご了承下さい。」
「はい。」
「それと、美姫さんはまだ情報端末を持っていないようだから、自分のものを買うまでは高校の備品を使って下さい。」
「ありがとうございます。お借りします。」