03
「つまり、2人の人格が混濁してしまったのですね。」
「それって、統合と何が違うのでしょうか?」
「記憶と経験を統合できれば自己意識を保てるけれど、混じりあうと自他の境界線が曖昧になって自己意識が崩壊してしまうのよ。それによって引き起こされるのが、人格の破綻、記憶の不整合、意志の薄弱化。有体に言えば、人として生活ができなくなるの。」
「酷い。。。」
「でも、ヨアヒムの人格が勝る予定だったのではないですか?」
「そうよ。最初は主導権争いでヨアヒムが優勢だったのだけれど、直ぐに混乱に陥ったわ。」
情報端末にその時の映像が流され、
『何!?何が起きた!?大人しくしろ!俺の中に誰かがいる!?早く消えろ!お、お前の方こそ!』
言い争う声が同じロベルトの口から発せられたかと思うと、
『なっ、う、あ、あぁ!がっーー!?』
突然叫んで暴れだしたところで止まる。
「どうなってしまったのですか?」
「ヨアヒムの記憶と経験が一気に流れ込んできたことによってロベルトの脳の容量が超過して処理能力が一時的に低下し、ヨアヒムの記憶と経験が一部失われることになったと考えられるわ。人の脳は2人分の記憶と経験を納めきれないのよ。」
「悪魔と融合していて、その分も収容していたのですから、尚更ですね。」
「通信機器が故障したときの輻輳に似ているような気がします。その時にはデータベースの不整合をバックアップを使って元の状態に復旧させる作業をするのですけれど、人の場合はそんなことできないか、、、」
「記憶と経験を吸収されたヨアヒム本人はどうなったのですか?」
「混乱したロベルトによって首を刎ねられてしまったわ。私も不幸な事故だったと思うけれど、記憶と経験を吸収させる際にロベルトの間近にいたことが不運だったのよ。」
映像の続きが流され、凄惨な場面が映し出された後、
『あー、俺は誰だ?誰だ?うっうぅーー。』
ロベルトは頭を掻きむしったり、天井を見上げて痙攣したりしていたが、
『ひひひひっ。楽しそうなおもちゃが転がってるじゃねぇか。』
ロベルトがヨアヒムの死体を弄び出したところで終わった。
「この後少し持ち直すけれど、ロベルトは以前の面影を一切なくして、傍若無人な振る舞いをするようになったわ。」
「そんな状態で大丈夫だったのでしょうか?」
「人格が破綻したロベルトを、圭一は上手く手懐けたのよ。それに、ロベルトはヨアヒムの記憶と経験の大半を獲得していたから、その後の誂え物の超越種魔獣薬の開発には支障はなかったわ。いえ、人格が破綻したロベルトは圭一の命令に従って残忍な実験にも積極的に関わるようになったから、開発が加速できたと言った方がいいわね。」
「何とも気分の悪い話ですね。」
今の正直な気持ちを吐露すると、
「そんなことを言っていたら、2人目の話を聞けないわよ。」
真夏さんは呆れたように言い、
「そうなのですか?」
「あの狂った圭一がまともな実験をすると思う?」
「当時の父は優しかったので、狂っているなど感じたことはありませんでしたが、、、」
「それは圭一が美姫には己の外面しか見せてなかったからよ。出会った当初は私にも紳士的な面しか見せていたかったのだけれど、誂え物の超越種魔獣薬の開発に携わって気心知れてくると、残忍な内面も見せるようになってきたわ。」
「父は私に心を開いてくれていなかったのですね。。。」
真実を知った美姫は悲しそうに俯く。
「圭一にとって美姫は麻紀を失うことになった原因の1つでもあるしね。」
「私は父に恨まれていたのでしょうか?」
「どうかしらね?私には分からないわ。麻紀を甦らせるための素体としては大事にしているようだったけれど。」
「やはり、父はそんな事を考えていたのですね。」
「美姫は知っていたの?」
「はい。そのことに気が付いたのは最近ですが。」
「そう。」
それから、美姫も真夏さんも黙ってしまったので、
「それで、2人目は誰なのでしょうか?」
僕が2人目について聞くと、
「谷川真夏よ。」
真夏さんは有り得ない名前を口にした。
「ん?真夏さんはここにいますよね?」
「違うわ。私と入れ替わった谷川真夏本人よ。」
情報端末に谷川真夏の顔写真と詳細な情報が映し出される。
「いや、でも、この情報にある通り、谷川真夏さんは亡くなっているのですよね?」
「そうよ。」
「だったら、幽霊島にいる2人目とは言えないのではないですか?」
「悪魔が谷川真夏さんの体を操っているとか?」
「正解よ。」
美姫の考えが是であると真夏さんが答えた。
「そうだとしても、悪魔が人の命令に素直に従うでしょうか?」
「美姫は東京にも悪魔が主人格を取った融合者がいることを知っているでしょう?あれと同じよ。」
「つまり、消滅しないために従っている、と?」
「そうよ。東京政府だって研究者に悪魔の力を阻害する薬物の研究をさせているでしょう?圭一は悪魔と融合するために誂え物の超越種魔獣薬の開発をしていたのよ。融合するまで悪魔を拘束しておくためにも、悪魔の力を阻害する薬物の開発もしないはずないじゃない。」
「そうですね。」
真夏さんの言うとおりだ。
「だとしても、悪魔に故人の体を操らせる理由が分かりません。」
「私も圭一に聞いてみたのだけれど、上手くはぐらかされたわ。でも、その圭一の態度から直ぐに理由が分かったの。」
「・・・母を甦らせるための実験の一環。」
「流石、美姫。鋭いわね。」
「父が言葉を濁したことと真夏さんが直ぐに気が付けたことから、思い付くのはそれしかありません。」




