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竜の女王  作者: M.D
2173年秋
596/688

15

 晩餐会の開始時刻ギリギリに会場に滑り込んだ僕たちは、そこに鎮座していた巨大な蟹に度肝を抜かれた。


「何だ、あれ?」

「蟹みたいだけれど、海老みたいな尻尾があるし、普通の100倍くらいの大きさはあるよね。」

「あれは”オマールクラブ”ではありませんか?」

「珠莉、正解よ。あれはパース近海に生息する魔獣、オマールクラブよ。」

「魔獣!?食べれるんですか?」

「食べられるから置いてあるのだと思うよ。」

「オマールクラブは凄く美味しい、と聴きました。」

「えぇ。後で切り分けられると思うから、期待して待っていて頂戴。」


 直ぐに晩餐会が始まり、前菜から順に料理が持ってこられる。


「どれも美味しいけど、オマールクラブが気になりすぎて味わって食べられない。」

「そうね。オマールクラブがどんな味なのかも興味があるけれど、あんな大きな魔獣をどうやって捕るのかも気にならない?」

「魔獣というからには、やはり魔法使いが出かけていくのでしょうか?」

「そうよ。でも、討伐ではなく食材にしないといけないから、魔法使いであっても捕獲は難しいわ。」


「だからこそ、私が駆り出されるわけだ。」


 僕たちの会話を聞いていたレダさんが面倒そうに零した。


「レダ中佐が?」

「あぁ。私は電撃の精霊魔法が得意でね。痺れさせて生け捕りにするんだ。」

「精霊魔法の使い方を間違っている気がします、、、」

「普段は私が出張る必要もないのだが、あのような巨大なオマールクラブは私にしか生け捕りにできないからな。」

「ということは、あのオマールクラブはレダ中佐が捕獲されたのですか?」

「そうだ。そのために、君達の出迎えも出来なかったんだ。」


 なんと、レダさんは今日の晩餐会のために昨日の夜はオマールクラブ漁に出かけていたようだ。


「精霊魔法を使わない場合はどのように捕獲されているのですか?」

「オマールクラブ漁には確立された漁法があるのだけれど、かなり危険なのよ。」

「どのような漁法なのか伺っても良いでしょうか?」

「いいわよ。オマールクラブはパース近郊の海の底にいて、何もしなければ大人くしている危険性の低い魔獣なの。でも、攻撃を受けると途端に狂暴になって襲い掛かってくるわ。それを利用して、まずは魔法使いがオマールクラブのいる海の底まで潜って魔法を放つの。そうすると、オマールクラブは魔法使いを捕まえようとするから海面に向かって逃げるのよ。」

「魔法使いを生け餌にするわけですか。」

「それは危険ですね。」

「そのとおりよ。逃げる速度が早すぎるとオマールクラブは途中で追ってこなくなし、遅いと捕まってしまうから速度調整が難しくて、10年に1人くらいは逃げる速度を誤って犠牲がでるわね。」

「あの大きなはさみに挟まれたらと思うと、ゾッとします。」

「それだけでなく、オマールクラブは魔獣だけあって魔法も放ってくるから厄介なのよ。」

「尚更、その役割はしたくないです。」

「そこまでしてオマールクラブを捕らなくても良くないですか?」

「危険な漁だからこそ、歓迎の証になるのよ。それに、あの味を知ってしまうと、どんな犠牲を払ってももう一度食べたいと思ってしまうわ。」


 それを聞いて早くオマールクラブを食べたい気持ちが抑えきれなくなるが、まだ解体は始まらないようだ。


「海面までオマールクラブを釣り上げたら後は止めを刺すだけなのだけれど、オマールクラブの殻は硬いうえに全身に魔導力を纏っているから、余程威力のある魔法でないと弾かれて通用しないのよ。」

「主と呼ばれた空鮫も同じでした。」

「だったら、口を狙うしかいないか。」

「樹の言うとおりよ。魔導飛行を使える”銃剣系”魔法使いが、釣り上げたオマールクラブの口を狙って海上から精密射撃を行うわ。その時の位置取りや狙う角度なんかがまた難しくて、射撃の難易度は高いから、慣れた狙撃手でも1度で撃ち抜けるのは稀よ。」


「蟹の口は小さいですから。」

「でも、樹だったらオマールクラブを1発で仕留められるんじゃない?」

「否定。美姫は僕を買い被り過ぎ。」

「そんなことないです。樹様の射撃は素晴らしい、と私も聞いています。」

「珠莉まで、、、」


「樹は射撃が上手なのか?その割には、交流会の射撃戦には参戦しないようだが?」

「僕は模擬戦に出るので、射撃戦は出ないんです。」

「出場は1人1競技が交流会の原則だが、2競技に出てはいけないという規則は無いのだがな。次回に期待するとするか。」


「そうね。オマールクラブを倒すために魔法使いたちが射撃訓練を熱心に行っていることが、パースには世界でも最高峰の腕前を持つ魔法使いの射撃手が揃っていると云われる所以だけれど、それを押しのけて樹が射撃戦で優勝したらオマールクラブに止めを刺す役割をしてもらってもいいかもしれないわね。」

「おぉ!それは面白そうだ。キャサリンはいいことを言うな。」

「でしょ。あっ!オマールクラブの切り分けが始まるみたいよ。」


 料理人が会場に入ってきて、オマールクラブを解体し始めると、会場の全員がそれに注目する。


「どうぞ。」


 解体が終わり、殻から取り出された身が皿に載せられて運ばれてきた。


「オマールクラブは頬張って食べるのが一番おいしいわよ。」


 キャサリンさんに習って、大きく切って口に入れる。


「・・・まいうー。」

「プリプリした海老のような食感と、蟹の旨味を凝縮したような味の組み合わせは、控えめに言って最高よね。」

「口一杯に頬張ると幸せが広がって極上です。」    

「確かに、どんな犠牲を払ってでも食べたくなる気持ちになる。」

「オマールクラブを捕ってきてくれたレダ中佐には感謝をしないといけないね。」

「はい。これを食べられただけでもパースに来てよかったと思います。」


「あぁ、、、もうなくなってしまった、、、」


 オマールクラブの身をあっという間に食べてしまって残念な気持ちになっていると、


「追加が欲しいと言えば持ってきてくれるわよ。此方もおかわりをしするし、まだ身は沢山残っているから、じゃんじゃん食べて。」


 キャサリンさんの言うとおり会場のそこかしこで追加の注文をする声が聞こえ、巨大なオマールクラブが食べ尽くされるまでにそう時間はかからなかった。

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