02
「次の章は、百合子様と出会ってからエリドゥ遺跡に入るまでです。」
「手記を読む限りでは、百合子少尉は我々の敵だとの認識でよろしいか?」
「いいのではないでしょうか。優雅閑麗な美姫様だけでなく流川会長とも対立するなど、敵認定してしかるべきです。魔法軍に働きかけて追放させるのはどうでしょう?」
花梨さんと竜胆さんが物騒なことを言い出した。
「私も最初はそれを考えましたが、百合子様のような存在も、美姫様の成長を促したり存在を引き立たせたりするためには必要なのだと思い直しました。」
「好敵手もしくは必要悪、というやつですね。」
「確かに、絢爛華麗な美姫様による世界支配を目指す過程で対立する悪の存在は必ず出てきますから、美姫様にはそれを乗り越えて頂かなければなりません。性悪な高科さんにはそのための練習台として大いに役立ってもらうことにしましょう。」
「それに、百合子様は樹様の第二婦人になられるとのことですから、美姫様が世界の頂点に立たれた暁にはその補佐をさせられるよう私もそれとなく促していくつもりです。」
「そのためには百合子少尉を美姫様の側に置くのが良さそうですね。百合子少尉が東京に戻ってきたら独立小隊の配属になるよう、微力ですが私からも魔法軍に働きかけておきます。」
「そういう意味では、ミセシメ会も孵卵器のように”美姫様による世界支配”という卵が孵るのをただ見守るだけでなく、陰に陽に美姫様に関わっていくべきなのかもしれませんね。今はまだその時期ではありませんが。」
この会話を聞く限り、ミセシメ会こそが悪の組織のように思えたのだが、
「ウーパールーパーみたいなアホずら晒している森林君は何か言いたいことがあるのかしら?」
「否定。」
竜胆さんはそんな僕の心の内を正確に見抜いていた。
「それでは、樹様が落下壁の罠にかかってしまわれた次の章に移りましょう。」
「定番の罠に引っかかるなんて、樹君はある意味、遺跡探索を分かっているわね。」
「森林君は脳ミソの無い歩く案山子なのかしら?さすがの私も、唖然として言葉が出てこないわ。」
・・・
そんな感じで、手記の精査が延々と続く。
・・・
「――――以上で、最終章も終わりです。」
「樹君のおかげで、手記に書かれていなかった美姫様の様子が分かって良い時間でした。」
「その分、ページ数が1.2倍になってしまいましたが、瀟洒寛雅な美姫様に関する記述はいくらあっても困りませんから大丈夫でしょう。」
「龍野副会長、どうしましたか?記載不足でもありましたか?」
花梨さんの満足げな表情に微かな陰りがあることを和香が見とがめた。
「いえ、手記を読んだ際に引っかかった部分を今日聞こうしていたのですが、それが何だったのか思い出せそうで出てこないのです。」
「そうですか、、、そう言えば、私も樹様に伺おうと思って聞きそびれていたことがあるのでした。」
和香は僕に聞きたいことがあるようだ。
「何?」
「エリドゥ遺跡に悪魔が入っていったとの噂もあるようでしたが、遺跡の最下層で出会った悪魔は壁に鎖でつながれておりましたし、ギルガメッシュはその悪魔を『母様』と親しく読んでおりましたので、噂の悪魔とは違うのではないかと思います。でしたら、遺跡に入っていったという悪魔はどこに行ったのでしょうか?」
「それはギルガメッシュだと思うよ。」
「そうなのですか?」
僕の答えに和香はキョトンとなる。
「和香はギルガメッシュが『長時間睡眠によって起きた後の時代の変化を楽しむのも退屈しのぎには良い』と言っていたのは覚えてる?」
「はい。」
「ギルガメシュは『大昔に悪魔との戦闘を1度経験している』とも言っていたから、最近は悪魔と戦っていないようだし、退屈していたギルガメシュが遺跡に入ってきた悪魔とやりあわない理由はない。」
「そうですね。」
「だから、ギルガメッシュが外に出て時代の変化を見て回った後に遺跡に戻るところを目撃されて悪魔と誤解されたんじゃないか?というのが、美姫と僕の見解。」
「美姫様も同じ考えでおられるのなら、それが正しいのだと思います。」
「私が引っかかっていたのも正にそのことだったので、喉に刺さった小骨が取れた気分です。」
「私としたことが、柳腰の麗しい美姫様の活躍に気を取られて悪魔の噂のことを気にも留めなかったなんて失態だわ。」
「小説を書くような竜ちゃんでもそんなことあるん――――」
「竜ちゃんって言うな!」
僕の発言に怒った竜胆さんが立ち上がり、僕に拳をぶつけようとするが、
「あわわわっ!」
急に立ち上がったために足がもつれて僕にのしかかる格好になった。
ガチャッ
「和香、いる?って、樹、竜胆さんと何しているの!?」
運悪く、その時に美姫が僕の部屋に入ってきた。入ってきてしまったのだ。
(鍵は掛けておいたはず。。。)
(ワレが解除してやったのじゃ。しかし、樹はワレを楽しませてくれるのう。)
(エレナ様のせいですか!)
「3人が樹の部屋でコソコソ何かをしていると思ったら、こんなことをしていたのね?」
「否定!前にも説明したとおり、話をしていただけだって。」
「そ、そうです。高雅典麗な美姫様ならともかく、鬼畜外道な森林君といかがわしいことをすることは天地神明に誓って絶対にありません!」
「そう?竜胆さんが樹に押し倒したようにしか見えないけど?」
「事故!」
「そうです!森林君を襲うくらいなら、火星にいるといわれる進化したGと抱き合う方を選びます!」
僕と竜胆さんは必死に弁明している最中、花梨さんと和香は無関係を装っていたが、
「美姫様はどうして樹様の部屋に?」
和香が助け舟を出してくれた。
「時差ボケがまだ残っているのか変な時間に起きてしまって、和香がいないから樹の部屋にいるのかと思って来てみたの。」
「そうでしたか。では、お茶でも淹れましょう。」
「私もお手伝いしましょう。」
「ダメ!2人ともそこに座ってなさい!」
「「はい。」」
和香と花梨さんは逃げようとしたが、そうは問屋が卸さず、今までとは違い、僕だけでなく和香、花梨さん、竜胆さんもそれから夜が明けるまで延々と美姫からお小言を聞かされ続けたのだった。




