04
「私を無視して行ってしまうなんていい度胸ね。」
ホテルにチェックインした後、アフタヌーンティーを用意してあるというお店に行くと、リリーナさんが席に座っていた。
「リリーナ様はどうしてこちらに?」
「美姫に伝えたいことがあるからよ。」
「今日は他のご予定があったのではないでしょうか?」
「中止よ、中止。美姫は1週間しかロンドンにいられないと、さっき聞いたわ。私は結婚式の翌日には新婚旅行に出かけてしまうから、ジョージ抜きで秘かに美姫と話を出来るのは今日だけしかないのよ。」
「困りましたね。。。」
陽菜さんは穏便に済まそうとするが、リリーナさんは梃子でも動かない様子だ。
「美姫が了承すれば済む話よ。美姫、いいわよね?」
「・・・はい。それでリリーナ様の気が済むのであれば、私は構いません。」
「決まりね。あなた達も座って。それから、私のことはリリーナでいいわ。」
「分かりました。」
(リリーナさんが美姫に伝えたいことって、、、)
(ジョージさんのことでしょうね。)
(やっぱり。)
(でも、リリーナさんの口調から、私を非難するような内容ではないと思うの。)
(それで話を受けることにしたんだ。)
(そう。)
席に座って紅茶の種類を選ぶと、お茶のポットと3段のティ―スタンドが運ばれてきた。
(綺麗に盛り付けられてるね。)
(下の段から、サンドイッチ、スコーンとタルト、ケーキとカップケーキが載せられてて、結構量がありそう。)
(下から上に向かって味が濃くなっていくから、下の段のサンドイッチから食べるといいらしいよ。)
(成程。)
「美姫が選んだ紅茶も悪くないわね。」
「ありがとうございます。」
リリーナさんは紅茶を一口飲んで美姫の方を見つめ、
「私が美姫に伝えたかったことは、感謝の気持ち。ジョージを助けてくれてありがとう。」
頭を下げた。
「頭を上げて下さい。私は当然のことをしたまでですから。」
美姫がそう告げると、リリーナさんは姿勢を戻して美姫を見つめ、
「つまり、美姫にとってはジョージは救うべき多くの1人ということね。熱烈なジョージからの求婚も断わった、と聞いているし、美姫はジョージに恋心はないのかしら?」
「はい。二度と結婚の申し込みをしないことを誓ってもらっています。」
「ふふふ。美姫にジョージが取られることがないことを確認できて良かったわ。」
優しく微笑んだ。
「すみません、リリーナ様。美姫さんがジョージ様を助けた、とは、どういうことなのでしょうか?」
2人の会話を聞いた陽菜さんがたまらず、といった感じでリリーナさんに問う。
「その様子からすると、陽菜もジョージが神経融解症を患っていたことを知らなかったのね。私もジョージが東京への短期留学から帰ってきてから、神経融解症のことと美姫がその治療の手筈を整えてくれたことを知ったわ。」
「ジョージ様が患っていらした神経融解症とはどのような病気なのでしょうか?」
「徐々に氷が融けるように神経が細くなっていって、最後には神経が無くなって死んでしまう病気で、世界でもほとんど症例のない奇病なんだそうよ。」
「それを美姫さんが治した、と?」
「えぇ、神経融解症の治療が可能な医者を美姫さんがジョージに紹介したと聞いているわ。もっとも、その医者が誰なのか、その治療方法がどのようなものなのか、までは教えてくれなかったけれど。」
リリーナさんはそう言って美姫の方を見たが、非難をするような目ではなかった。
「そうだったのですか。美姫さんは何でもできてしまうのね。」
「そんなことないですよ。あの時は偶然が重なっただけです。」
「それでもジョージ様が回復されたのは美姫さんのおかげなのですから、私からも感謝を。」
「気持ちだけ受け取っておきます。」
「なんにしても、婚約破棄とか紆余曲折があったけれど、明日、ジョージと結婚できるのよね。」
リリーナさんは紅茶を一口のみ、これまでのことを思い出したのか、ホッとした表情をした。
「婚約破棄ですか?」
「そう。ジョージの方から一方的に婚約破棄を伝えてきたのだけれど、自身が神経融解症を患っていることを知ったからなんでしょうね。それならそうと言ってほしかったわ。」
「医者から『何時動けなくなるか分からない』と言われている、と聞きましたので、ジョージさんも長くは生きられないと考えて、リリーナさんのために決断されたのでしょう。」
ジョージさんとリリーナさんの間にはそんなこともあったのか。
「多分そうなんでしょう。でも、そんなことを私はこれっぽっちも望んでいないわ。それに、婚約破棄後に美姫に夢中になって私のことを無視するようになったのも、私に嫌ってほしかったのだろうけれど、そんなことで挫ける私ではないわ。私にはジョージしかいないのよ。」
「リリーナさんはそこまでジョージさんのことを思っていらしたんですね。」
「えぇ。私は結構きつい性格だと自認しているし、昔は淑女的な振る舞いを嫌って剣を振り回してばかりいたから、私に言い寄ってくるのはペンドラゴン家の威光を笠にきたい男だけだったのよ。でも、ジョージは違ったわ。私の本質を好いてくれて、剣の稽古にも付き合ってくれたの。」
「それは、ジョージさんには才能があるからペンドラゴン家の威光はいらなかったからかもしれませんね。」
「そう。ジョージにとって私は騎士として庇護すべき女性の1人だったのでしょう。けれど、私にはジョージでなければならなかったら、嫌いだった淑女としての振る舞いも身に着けたし、ジョージの周りに群がる女性をかたずけたりもしたわ。それなのに、突然の婚約破棄。目の前が真っ暗になったわよ。」
当時を思い出したのか、リリーナさんは表情を曇らせた。
「心中お察しします。」
「美姫に言われると複雑ね。でも、東京への短期留学から戻ってきたジョージは、これまでのことを全て教えてくれたわ。そして、再び求婚してくれたの。嬉しかった。それからは、ジョージを離すまいと早急に結婚式の準備をして、漸く明日、結婚式を挙げられるの。」
「そうだったのですか。言い遅れましたが、この度はご結婚おめでとうございます。」
「ありがとう。」




