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翌日、天気予報どおり快晴で、寒さの頂上は越えたとはいえまだ少し肌寒い。
「こんな寒空の下で野外ライブだったことを昨日まで忘れてた。」
「野外といっても会場の周りに防風壁が設置されるらしいし、暖房が無くても盛り上がる熱気で会場内は寒くはないと思うよ。」
「会場に入る前からこの有様だし、会場内はそうなのかもしれない。」
東京シールド外縁で電車を降りると、目の前には既に人で溢れていた。
「明らかに定員以上の人がいるのは、野外ライブだから会場に入れなくても上尾愛の歌が聞けるかもしれない、と考えた人が大半なんだろうね。」
「同意。それだけ人気があるってことか。」
(そんな人気のある上尾愛の中の人が、過剰表現な”竜ちゃん”だなんて、誰も信じないだろうな。)
(そんなこと言ったら『竜ちゃんって言うな!』って上島さんに怒られるよ。)
「ぷぷぷ。」
内緒話をしようと思考伝達に切り替えたのだが、美姫の言い方があまりにも上島さんに似ていたので思わず吹き出してしまい、周りの人に変な目で見られた。
「まだ開始まで時間があるけれど、どうする?もう入っちゃう?」
「肯定。物販に行こう思ったけど、凄い行列だしちょっと寒いから、もう中に入ってしまいたい。」
「それじゃ、そうしましょう。」
美姫と会場裏側の関係者専用門に向かう。
(このチケットって非売品の関係者用だったのね。)
(最前列正面のプラチナチケットだから高価で販売できるのに勿体ない。)
(そのくらい価値のあるものだから、送ることに意味を持たせられるのよ。)
(上島さんはそれだけ正体を知られたくない、ということか。)
(そうだと思う。)
情報端末を読み取り機にかざして門をくぐると、
「あら?龍野さんと森林君。ちゃんと来てくれたのね☆。」
と、横から声を掛けられ、振り向いた先には控え室に入ろうとしている上尾愛の姿が見えた。
「おぉ!上尾愛だ!」
「ちゃんと私が上島竜胆だと分かってる☆?」
「肯定!」
「本当に分かっているのかしら、、、」
僕を見る目は怪訝そうだ。
「チケットありがとうございました。」
「いいのよ。その代わりに約束はちゃんと守ってよね☆。」
「はい。」
(きちんとお礼を言える美姫と違って、樹は気が利かんのう。)
(はい。人気の歌手に会えたからと樹君は浮かれすぎですな。感情は興奮していても理性は冷静であらねばなりませんのにな。)
この後に鍛錬に行く必要があるのでついて来てもらっているグレンさんにまでお小言をもらってしまった。
「生で見ると画面越しに見るのとでは全然違いますね。」
「そう?違うように見えるのは、ライブだから遠くからでも映えるように濃い目のお化粧をしているからかな☆?」
「へぇ、場面によって化粧を変えるんですか。」
「森林君、そんなんじゃモテないぞ。女性は様々にお化粧を使い分けることを知っておくべきね☆。」
「・・・。」
上尾愛の中の人が本当に上島さんなのか?そうは到底思えない。
「樹、どうしたの?」
「頭では分かっているつもりなんだけど、歌手の上尾愛と大学生の上島さんがどうしても結びつかなくて。」
「分かる。口調が全然違うものね。」
「それは、今は上尾愛に成りきっているからよ。君津さんから、上尾愛の時には普段の喋り方は絶対にするな、って厳命されているの☆。」
「そう言いたくなる君津さんの気持ちが今の僕には良く分かります。」
「普段の私はダメってことかしら☆?」
上尾愛の姿をした上島さんがジト目で僕を睨む。
「否定、、、」
「ふふふ。今は上尾愛という皮を被っているせいか普通に話せるけれど、普段の私はああいう話し方をして壁を作らないと他人と接しられない臆病者なのよ。理由は聞かないでね☆。」
「・・・了解。」
明るく言う上島さんだったが、過去に何かあったんだろう。
「私はもう行くから、ライブを楽しんでいってね☆。」
「はい。」
そう言い残して、上島さんは控え室に入っていった。
(なんか、ビックリしちゃったよ。)
(同感。言葉の修飾が無駄に豊かなことに、あんな意味があったなんて。)
(普段の上島さんは臆病者というか、他人との距離を測りかねているように私には思えるけれど、樹はどう思う?)
(うーん、その割には律さんと紬さんだっけ?とは親しげだった気がする。)
(そうね。。。)
(2人ともあの女のことで悩まずに、今はライブを楽しむことにすればよいのじゃ。)
(そうですね。折角プラチナチケットをもらったんですから、楽しまないと損ですよね。)
(同意。)
エレナ様のおかげで気持ちを切り替えられた僕たちは、
(当然といえば当然なんだろうけれど、上尾愛の姿をした上島さんと普段の上島さんは、何もかもが全然違ってビックリしたね。)
(同感。豹変しすぎて、同一人物と思えなくくらいだったし。)
上尾愛と上島さんの違いで盛り上がりながら自分たちの席に移動したのだった。




