06
「失礼致します。遅くなり申し訳ございません。」
「雄平さんも魔法軍司令長官になったばかりで忙しい中を急に呼び出したのだから気にしないで。」
「そう言って頂けると助かります。」
左衛門さんが雄平大将の珈琲を運んできた。
「雄平さんは珈琲党だったわよね。」
「はい。して、火急の用とはどのようなことでしょうか?美姫さんも同席される理由も含めてご説明頂けると幸いです。」
「ここで聞いたことを他に漏らさないで頂戴ね。」
「はい。電話で話すのではなく、わざわざ小官をお呼びになったということは、内密なお話であると承知しております。」
その言葉に頷き、亜紀様が事情を告げる。
「・・・今朝、龍野家当主家が長年厳重に保管してきた魔法具が盗まれたわ。」
「なんと!?」
雄平大将は意外なほど驚いている様子だ。
「私が会議のために屋敷を空けたところを狙われたのよ。」
「それにしては屋敷内にも争った様子は見受けられませんでしたし、このお屋敷には強力な警備が敷かれていますので易々と魔法具が盗まれるなど、、、はっ!」
「そう、雄平さんが思い至ったとおり、これは身内の犯行よ。」
「まさか、、、」
「えぇ。姉上が魔法具を持ち出したのよ。」
「真綾様が!?」
「『この屋敷に置いて行ったものを取りに来た』と言って、私がいなかった今朝、姉上がこの屋敷にやって来たそうよ。屋敷に戻った私はそれを聞いて怪しいと思ったから、保管庫を確認しに行ったら魔法具がなかったの。」
「しかし、それだけでは証拠もありませんので、真綾様が魔法具を持ち去った、と言えないのではないでしょうか?」
「そうね。”何故か”保管庫近くの防犯装置が壊されていたから、姉上が魔法具を持ち去った証拠はないわ。でも、それは姉上を捕らえれば分かることよ。」
「亜紀様は小官に、真綾様を捕えるために魔法軍を動かせ、と仰りたいのでしょうか?いかに龍野家当主からの要請と言えども、証拠もなしに魔法軍を動かすことは出来かねます。」
「違うわよ。姉上の捕縛は龍野家の責任で行うわ。」
「それで美姫さんが同席されているのですか。」
「そうよ。魔法軍には姉上に従う”銃剣系”魔法使い達もいるでしょうから、姉上の捕縛は信用のおける龍野家の者のみで行うつもりなの。」
「危険ではないでしょうか?」
「ある程度の危険は織り込み済みよ。それに、美姫ちゃんはヒューストンで悪魔と対峙できる能力を示したのだから、問題ないとは思っているわ。今の龍野家で私の背中を任せたいと思う魔法使いの中で美姫ちゃんが一番なのよ。」
そう言って、亜紀様は美姫の方を見た。
「美姫ちゃん、申し訳ないけれど、私と一緒に来てくれないかしら?」
「はい。これがお義母様から頂いたご恩を返す時だと思って頑張ります。」
「ありがとう。」
「あの、、、お義母様と私だけで行くのでしょうか?」
「そうでは無いけれど、樹君も連れて行きたいのね?」
「はい。」
「それは美姫ちゃんに任せるわ。これは龍野家の問題だから樹君を巻き込むのは本望ではないけれど、一緒に来てくれるなら嬉しいわ。」
「ありがとうございます。」
「先程のお話の中で亜紀様が『私の背中を任せたい』と仰られたということは、真綾様の捕縛に亜紀様が直接出向かれるのでしょうか?」
「そうよ。姉妹のけじめをつけるときが来たのよ。」
「では、我々魔法軍の役割はどのようなものでしょうか?」
「その前に、姉上が今どこにいるのか話をしておきましょう。」
左衛門さんが情報端末を操作すると、東京の地図が浮かび上がる。
「保管庫に魔法具がないことを確認してすぐに龍野家の情報収集部隊に姉上の居場所を調べさせたわ。そうしたら、東京シールドを超えて平和島に向かっていることが分かったのよ。」
「平和島ですか、、、上海が宗教団体の跡地を外国人街としようとしているところですね。」
「そう、姉上は平和島から上海に逃げようとしているのだと思うわ。」
「しかし、真綾様が平和島に向かっているとしても、上海の連中と合流すると決まったわけではありません。」
「魔法軍司令長官としては妥当な判断ね。私が雄平さんに嘘を言って思考誘導しているのかもしれないのだし。」
「いえ、そこまでは思っておりません。」
「いいのよ。龍野家が集めた情報は提供するから、真偽は魔法軍で見極めて頂戴。」
「承知しました。しかし、亜紀様の懸念が的中して真綾様が上海の連中と合流されてしまわれると少々厄介ですね。上海の連中が平和島に良からぬものを持ち込んでいるとの情報も得ていますし、念のため一先ず平和島周辺の海上封鎖を行うことに致します。」
「お願いするわ。」
(平和島か。。。)
(訪さんが『上海の工作機関が東京でさらった”楯系”魔法使いを船に載せて国外に連れ出すときに一時的に留めておく場所』って言ってたよね。)
「それと、魔法軍の平和島制圧作戦を早めてほしいの。」
「つまり我々を陽動として使う、ということでしょうか?」
「陽動というより隠れ蓑ね。魔法軍は独自に作戦を実行して頂戴。龍野家はそれに乗じて姉上の捕縛を行うわ。」
「分かりました。平和島の制圧はいずれ行わねばならない事案でしたから、龍野家からの情報が正しければ魔法軍としても作戦を開始する理由になります。」
「雄平さんの理解が早くて助かるわ。」
「であれば、魔法軍には”銃剣系”魔法使いも多くいますから、作戦はなるだけ”大砲系”と”楯系”魔法使いで行うようにして、”銃剣系”魔法使いは後詰と特別任務を任せることに致します。」
「ありがとう。魔法軍が私たちに協力すればこちらの情報が漏れる懸念もあるし、邪魔される可能性もあるから、互いに独立して動くべきなのよ。」
「決行はいつになりましょうか?」
「明朝0600でどうかしら?」
「承知しました。時間がありませんので小官はこれにて失礼致しまして、真綾様の所在が確定した時点で作戦の準備に取り掛かりたいと思います。」
「えぇ、情報は直ぐに送付させるからお願いね。」
「はい。それでは、失礼致します。」
そう言って、雄平大将は足早に応接室を出て行った。




