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「あの、、、」
「私に何か聞きたいことがあるのなら、遠慮しなくていいのよ。」
「はい。父の捜査の現状について教えて頂けないでしょうか?」
「美姫ちゃんにとっては圭一のことの方が大事だったわね。私の言いたいことばかり話してゴメンね。」
「いえ、そんなことは、、、」
「美姫ちゃんには申し訳ないんだけど、圭一の行方については依然不明なのよ。『すぐ見つかるわ』なんて言ったのにまだ手掛かりすらつかめていないなんて、不甲斐ない私を許して。」
「そんな、亜紀様には父の捜査をして頂いて感謝しています。しかし、龍野家でも手掛かりすらつかめていないのですか、、、」
「そうなの。詳しいことは左衛門から説明させるわ。左衛門、美姫ちゃんに説明してあげて。」
「承知しました。」
「先程、亜紀様もおっしゃられたように、圭一様の行方については今のところ不明です。申し訳ありません。龍野家で独自に行った捜索の現状についてご報告致します。
11月3日18時2分に圭一様が東大を出てタクシーに乗られたのが、監視カメラの映像から確かめられております。タクシーは新宿方面へと向かい、14分後の18時16分に監視カメラが捉えたタクシーから降りた人物は圭一様ではありませんでした。」
??
(タクシーに乗ったのが父で、降りてきたのは別人だった、ってどういうこと?)
(美姫さんのお父さんと別の人が入れ替わったとか。)
「すみません。何故、父の乗ったタクシーから別人が降りてきたのでしょうか?」
「美姫様が混乱されるのも無理はありません。私も最初に映像を見た時には目を疑いました。その後、調査を進めると、タクシーから降りた人物は東大に薬の営業に来ていた佐々木という者で、東大近くからタクシーに乗ったことが確認されました。」
(つまり、父とその人は知り合いで、同じタクシーに相乗りしていた、ということなんじゃないかな?)
(成程。それだと辻褄が合う。)
「美姫様は、圭一様と佐々木が同じタクシーに相乗りしていた、とお考えになっでいるのでないでしょうか。我々もそう考えました。なにしろ、監視カメラが捕らえた車両番号と、位置情報を追跡した認識番号は全く同じだったからです。」
「そこまで分かっているなら、おかしい点はないように思えますが。」
「問題は、圭一様と佐々木がタクシーに乗った場所が違うにも関わらず、乗った時刻が同じ18時2分だった、ということなのです。」
(確かに、同じ時刻に違う場所から同じタクシーには乗れないな。)
(父と佐々木さんという人が同じタクシーに乗ったんじゃなかったら、父はどこに消えてしまったの?)
「そんなことがあり得るのでしょうか?」
「超常現象が起きたのでないのであれば、可能性は2つあります。1つは監視カメラの映像がすり替えられており、2人がタクシーに乗った時刻が実際には異なっていたこと、もう1つは車両番号と認識番号が全く同じタクシーを用意し、途中で圭一様の乗ったタクシーのみを消してしまうこと、です。」
「タクシーを消すのは現実的ではないので、監視カメラの映像がすり替えられていたのでしょうか?」
「いえ、監視カメラの映像は必ず複製が暗号化して取られるようになっていますので、そちらも調査しましたが、全く加工されていない同じ映像であることが証明されました。また、別の場所の監視カメラの映像を調べたりもしたのですが、不自然な点は見当たりませんでした。」
「そうすると父の乗ったタクシーが消えてしまったと。」
「はい。その方法は分かっておりませんが。」
「こうなると、”黒龍会”の関与を疑ってしまうわよね。」
「黒龍会、ですか?」
「えぇ、20年ほど前に名前が明らかになった裏社会における魔法使いの組織なんだけれど、通常の組織であれば必ず僅かなりとも洩れる情報がなくて組織構成が全くつかめていないの。でも、いくつかの大きな事件に関与している可能性があることは分かっているのよ。」
「組織の情報は洩れないのに、組織の名前だけは分かっているのは何故でしょうか?」
「それは、犯罪をおかして捕まった魔法使いが、『私は黒龍会の構成員よ』とか『黒龍会から頼まれた』とか供述したからよ。でも、調べてみると、黒龍会の幹部の名前や所在を知らなかったり、仲介者からそう聞かされただけだったりして、組織に関する情報は得られなかったの。」
「その仲介者からも情報を引き出せなかった、とうことでしょうか?」
「仲介者に辿り着いた時にはすでに消された後だったのよ。」
「死人に口なし、ですか。」
「そのとおりよ。」
「名前に”龍”の文字が入っているから龍野家が黒幕だ、なんて言われることもあるけど、笑ってしまうわよね。そんなことあるはずないのに。」
「”魔法使い”と”黒龍会”から龍野家を連想するのは容易いことですから、誰かの思惑によるものかもしれません。」
「ほんと、嫌になるわよね。」
「父が黒龍会に消されたとすると、もう見つからないのでしょうか?」
「そんなことはないわ。龍野家が誇る英雄を誘拐されて黙っていては沽券に関わるから、地の果てまで追いかけて必ず見つけ出すわ。」
「よろしくお願いします。」
「まだ手掛かりは見つかっていないけれど、きっと何処かにあるはずよ。」
「美姫さんのお父さんが乗ったタクシーの車両番号と認識番号から分かることなないのでしょうか?」
「自動運転車の認識番号は製造時に物理的に実装されるため、我々もその線も追ってみましたが、もう一方のタクシーの情報しか得られず手詰まり状態なのが現状です。」
僕の質問に左衛門さんが答えた。
「そうでしたか。もう、空間を捻じ曲げて車を異次元に放り込んで消した、としか考えられませんね。」
(それはあり得るかもしれんのう。)
(えっ!?エレナ様、そうなのですか?)
(中級以上の魔族が仲間におって、条件が揃っておれば、じゃがのう。それに、中級以上の魔族が人間に味方するとは考え難いしのう。)
(もし今回の事件に悪魔が関わっているのなら、父はもう生きていないのかもしれません。)
(その可能性は高いかもしれんのう。)
「美姫ちゃん、暗い顔をしないで。この話はここまでにしましょう。時間はかかるかもしれないけれど、圭一は私たちが必ず探し出すから。」
「はい。」
「それじゃ、美姫ちゃんが今までどうやって生活していたか教えてくれる?」
それからは、美姫さんがどうやって今まで生活していたのか、母親の麻紀さんとの思い出話など、話は尽きることがなかった。