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「先程も言ったように、何も今すぐに決めてほしいわけじゃないの。今日は、美姫ちゃんが置かれている状況と私の気持を知っておいてほしかっただけだから。」
「はい。」
「でも、美姫ちゃんが名落ちする前に何とかしないといけないから、来年の龍野家会議で許可をとろうと思っているの。だから、それまでには決めておいてほしいのよ。」
「分かりました。」
「それと、もし、私の娘になってくれるのであれば、龍野家当主になったときに美姫ちゃんが何をしたいか、考え始めてくれると嬉しいわ。」
「龍野家当主になって何をしたいか、ですか?」
「そう。龍野家当主になることが目的であってはいけないの。龍野家当主には、その力で何かしたいことがある人がなるべきなのよ。」
「当主になってしたいこと、、、」
美姫さんは少しの間、亜紀様の言葉の意味を考えているようだった。
「亜紀様が龍野家当主になってしたいことはなんだったんですか?」
「そうね。大きくは2つあるわ。1つ目は美姫ちゃんのためね。さっき言ったように美姫ちゃんを守ってあげるためには龍野家当主の力が必要だったし、美姫ちゃんの体を治すために最先端の医療を受けさせてあげようと思うと、どうしてもその力が必要だったのよ。」
「どうしてそこまでして頂けるのですか?」
「美姫ちゃんは私が生きる支えだから。」
「私は亜紀様に何もして差し上げていないと思うのですが。」
「いいのよ。私が勝手にそう思っているだけだから、気にしないで。」
「はい。。。」
「2つ目は、先程言ったように龍野家を変えていかなければならない、という思いね。今の魔法使い御三家本家筋は権力を持ちすぎていると私は思うの。国家の方針すら変えてしまえるほどに。」
「それほどまでですか。」
「想像できません。」
「そうでしょうね。今の魔法使いは直接国家を支配せず、できるだけ表に出ないようにして裏から支配をしようとしているのよ。」
「巧妙ですね。」
「そうなの。政治家や官僚を裏から操ることで、国家運営に不満が出たとしても操られている者が切られて別の者に置き換えられるだけ。私たちに影響が及ぶことはないわ。龍野家も様々な活動を通じて表に影響を及ぼしているから、私も人のことは言えないけど、魔法使い御三家の中でも勢力争いはあるから、今の私には『止める』という選択肢はとれないわ。」
「致し方なく、ですか。」
「自分のしたいことをするためには、それ以上にしたくないこともしないといけないのよ。特に、私のやろうとしていることは既得権益を持った魔法使いに痛みをしいることになって、急激に変革を行うと失敗することは目に見えているから、現状から少しづつ変えていくしかないところが辛いところね。」
「亜紀様のされようとしている変革とはどのようなことなのでしょうか?」
「端的に言うと、魔法使い御三家本家筋が持っている特権の剥奪ね。」
「特権ですか?」
「その一番の特権が、当主に選ばれるのは本家筋のみ、という当主選出権ね。魔法使いは家系を重視するから基本的に世襲制なのよ。昔の人も外家筋をつくって血の新陳代謝を行おうとしたけれど、本家筋を重視することはやめなかったから、今後本家筋以外で実力ある魔法使いが出てきたとしても、当主に選出されなければ新しい家を興されて対立することにもなりかねないわ。」
「そして龍野家は母屋を取られる、と?」
「そう。統治者であれば世襲制も継続性という意味では悪くはないけれど、魔法使いの本分は悪魔と対峙することだから、やはり当主には実力ある者が就くべきだと私は思うのよ。美姫ちゃんを私の養女に迎えて、当主候補としようとするのは変革の第一歩。もっとも、美姫ちゃんの存在が私にそう考えさせたのかもしれないけれど。」
そう言って亜紀様は美姫さんを嬉しそうに見ていた。
「今日のお話はそのような考えがあってのことだったのですね。」
「そうよ。魔法使いが今の地位にあるのは、第一次悪魔大戦がきっかけになったのは確かだけれど、先人たちが努力して獲得してきたからなの。でも今の魔法使いたち、特に魔法使い御三家本家筋の人たちはそのことを忘れ、自分たちの力は生まれ持ったものだと考えていることが問題だと思うのよ。家柄にだけ頼って威張り散らしていては、今の地位にいられなくなるわ。」
「確かに。」
「私が龍野家の権力基盤を確固たるものにした後は、龍野家の全てから実力で当主を選ぶことができるように改革を行うつもりよ。今の六条と桐生の当主は私と意見が合いそうだから、うまくいけば六条と桐生にも広げることができるかもしれないわ。
それに、私の代で全てを変えられるとも思っていないの。美姫ちゃんには私の後を継いでくれると嬉しいけれど、それは望みすぎというものね。」
(樹君はどう思う?)
(東大附属高校の魔法科に入学して、魔法使い御三家本家筋が持っている権力が絶大なものだと思い知らされたから、亜紀様の言いたいことも分かるかな。)
(麗華さんね。)
(肯定。学校の先生すら支配下におけるくらいだから。この力は適切に使える人のもとにあるべきだと僕も思う。)
(私もそう思う。でも、亜紀様がどこまでなされるのか分からないけれど、私にその後が継げるかな?)
(美姫さんならできるよ、と言いたいところだけど、美姫さんにも意思が必要だし、1人では改革なんてできないだろうし。)
(樹君は一緒にやってくれる?)
(美姫さんが必要としてくれるのであれば。)
(ありがとう。)
「私が亜紀様の養女にはなるけれども当主にはならない、と言ったらどうなるのでしょうか?」
「別にそれでもいいわよ。言ったとおり、当主には、なった後にやりたいことがある人がなるべきなのよ。美姫ちゃんにそれがないというのであれば無理維持はしないわ。」
「はい。」
「でも、美姫ちゃんに将来実現したいと思うことが出来た時に、それを遂行する手立てがなければ絵に描いた餅に終わるわ。実行が困難であるほど必要な力も大きくなるから、龍野家当主が持つ権力が役立つときがきっと来るはずよ。」
「分かりました。」
「何度も言うけれど、決断を急ぐ必要はないわ。美姫ちゃんの将来のことだもの。まだ時間はあるから、じっくり考えて結論を出してくれればいいから。」
「はい。」
「樹君、そういうわけで、私は圭一が連れ出してから美姫ちゃんのことをずっと探していたのよ。だから、あなたのおかげで美姫ちゃんを見つけられたことには本当に感謝しているわ。
それに、あなたなら美姫ちゃんと仲良くやっていけると思うの。美姫ちゃんの周りの環境はこれから激しく変わるわ。そのとき、あなたが美姫ちゃんを支えてあげてほしいの。これは龍野家当主としてではなく、私個人としてのお願いね。」
「分かりました。僕でよければ。」
「そう。ありがとう。」