02
「樹様も食べますか?」
珠莉が差し出してきたのはアンパンだった。
「張り込みときたら、アンパンと牛乳が定番です。」
「でも、これ、大福みたいなホイップ入りアンパン、って書いてあるし、牛乳がなくないか?」
「鈴蘭にアンパンと牛乳を買いに行ってもらったら、これを買ってきたんです。」
「冬に冷えた牛乳なんて飲みたくないですし、ホイップ入りアンパンだったら牛乳も入っているようなものだし、これだったら一石二鳥じゃないですか?私、賢くないですか?」
「樹様、鈴蘭のこの発想どう思われます?」
「独特?」
とりあえず、封を切ってホイップ入りアンパンを食べながら宝石店の方を見る。
「結局、あの男性はブローチを買うことにしたみたいですね。」
「そうみたいね。でも、そのまま美姫様に渡すわけではなく、綺麗な包装紙で包んでもらうようよ。」
「どういうことなのでしょう?あのブローチは美姫さんのために買ったわけじゃない、ってことですかね?」
「だとすると、2人の関係がますます分からなくなってきたわね。」
「樹さんは、美姫さんとあの男性の関係をどう思われますか?」
「ん?」
ちょうどその時、男性が振り返ったので顔が見え、
「誰かと思ったら、晴彦さんじゃないか。気をもんで損した。」
美姫と一緒にいたのは晴彦さんだった。
「えっ!?」
「樹様はあの男性のことを知っておられるのですか!?」
鈴蘭と珠莉は驚いたように僕の方を見た。
「肯定。晴彦さんは寮長の息子さんだよ。」
「そうだったのですか。」
「でも、樹様は寮長の息子さんのことをどこでお知りになったのでしょうか?」
「黒鍔村で鬼を退治した後に、飛空艇で駆けつけてきた治安維持軍の隊員の中に晴彦さんがいたんだ。それで、帰りの飛空艇で一緒になって話をした時に晴彦さんが寮長の息子さんだということ分かったんだよ。」
「凄い偶然ですね。」
「それに、体つきがガッチリしているのは、晴彦さんが治安維持軍の隊員だったからなんですね。納得です。」
「でも、どうして寮長の息子さんである晴彦さんが美姫さんと一緒に宝石店でブローチなんか買っているのでしょうか?」
「誰かへの贈り物にするため、とか?」
「私もそう思いますが、次の疑問はそれが誰か、ということですね。」
「樹さんは晴彦さんがブローチを送るような相手をご存じだったりしますか?」
「否定。そこまでは知らないけど、案外、寮長だったりすんじゃない?」
「そうかもしれませんね。美姫様だったら寮長と話をする機会もありますし、どんなものが欲しいのか事前に調べておけますし。」
「きっとそうですよ。」
珠莉も鈴蘭も謎が解けてスッキリしたような表情だ。
「ところで、珠莉と鈴蘭は普通に話をしているみたいだけれど、2人は知り合いだったのか?」
「樹様は気づいておられないようですが、私たちは東大附属中学の魔法科に通っていましたので、その時からこうやって話をしていましたよ。」
「魔法使いの世界なんて狭いんですから、年の近い者たちは大抵知り合いなんです。」
「あぁ、そうだった。そのことを忘れていた。」
「樹様は、偶に抜けていますね。」
「ふふふ。そうですね。」
この会話が転換点になったのだろうか。珠莉と鈴蘭は美姫たちのことを見張るのをやめて話し込んでしまっていた。
「美姫様と樹様は高校から東大附属に編入してこられたのだから、私は樹様と鈴蘭が知り合いだったことの方が不思議なんだけれど?」
「それは、私が高校に入学してから美姫さんと樹さんに相談に乗ってもらったことがあったからです。」
「鈴蘭は次期生徒会役員だし、もしかして、その相談って華恋様のことだったりする?」
「それもあります。」
「他に悩み事もある、ってこと?」
「はい。でも、至極個人的なことなので、珠莉さんに教えることはできないです。すみません。」
「そっか。誰しも知られたくない事ってあるしね。だから、私もこれ以上は詮索しないことにする。」
「珠莉さんにも知られたくない事があるんですか?」
「もちろんよ。」
「そのことを美姫さんや樹さんは知っていたりします?」
「えぇ。最初は私と樹様だけの秘密だと思っていたのに、美姫様も同じ秘密を持っていると思わなかったわ。」
「その秘密って何ですか?」
「人に教えられないから秘密なのよ。」
「そうですか。ちなみに、樹さんにも知られたくない事ってありますか?」
突然、鈴蘭が僕に話を振ってきた。
「・・・肯定。」
「それって何ですか?」
「『人に教えられないから秘密』だって、珠莉も言っていただろう?」
「でも、樹さんは私のことも珠莉さんのことも知っているのですから、私たちが樹さんの秘密を知らないのは不公平じゃないですか?」
「確かに鈴蘭の言うとおりかも。」
「珠莉まで、、、」
3人とも話に集中してしまっていたのが悪かったのか、
「あなたたち、ここで何をしているのかな?」
怒りをこらえた美姫の声が聞こえてくるまで、美姫と晴彦さんが近くに来ていることに気が付かなかったのだった。




