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(やれやれ、余儀ないのう。これからじゃ、というときに。)
(最後まで強気だったので、どうなることかと思いましたが。)
(他人頼りだったとは、情けないのう。)
(エレナ様が何もしないうちから気を失われてしまいましたし、粗相をされたのを見ると、よほどエレナ様が怖かったんですね。)
(美姫にちょっかいを出す気が起きないよう懲らしめてやろうと思ったのじゃが、あの状態で痛めつけても無意味じゃからのう。)
(私も無抵抗の人をどうとかするのは良くないと思いますが、恐怖は植え付けられたのではないでしょうか。)
(そうじゃのう。)
(それにしても、すっきりしない終わり方でしたね。)
(今後のことについては問題が残ったが、今回は樹が無事じゃったからよしとしておくのじゃ。)
(エレナ様、樹君を助けて頂きありがとうございました。麗華さんが樹君に魔法を放とうとしたときにはどうなってしまうのか心配でしたから。)
(礼を言われるまでもないのじゃ。しかし、樹の演算領域を使うまでもなかったが、高速移動と魔導砲とやらを跳ね除けるために精神エネルギーを少々使ったからのう。体を返した後、1時間は眠った方がよいじゃろう。美姫だけが起きているというのもおかしな状況じゃしのう。)
(そうですね。)
(今後はエレナ様に体を使って頂いても眠る必要がないように鍛錬しようと思います。)
(良い心がけじゃ。しかし、それよりもワレがいなくなった時のことも考えて、美姫にはこの程度の雑事は軽く跳ね除けられるよう強くなってもらわねばならんのう。)
(はい。頑張ります。)
(よかろう。美姫が鍛錬を行うときには、ワレも手伝うことにしようかのう。)
(よろしくお願いします。)
(それでは樹にこの前のお返しをしに行くのじゃ。)
(やっぱりやるんですね。)
(当然じゃ。)
(麗華さんたちはどうします?)
(ほっておいても死にはせんから、問題ないじゃろう。)
(そうですね。麗華さんが使った魔法で屋上の入り口が破壊されたときにかなりの音がしましたから、すぐに誰かがここにくるはずですし。)
(そういう事なら、早めに樹にお返しをしておいた方が良さそうじゃのう。)
美姫さんが僕の方に歩いてくる。
「樹、無事かのう?」
「あれ?もしかして美姫さんじゃなくてエレナ様?」
「そうじゃ。今はワレが美姫の体を借りておるのじゃ。」
「突然僕の前に現れてからしゃべり方が急に変わって、何かおかしいと思っていたんです。助けて頂いてありがとうございました。」
「美姫にもお礼を言っておくのじゃ。ずいぶん樹のことを心配しておったし、ワレに体を貸してくれたのだからのう。」
(美姫さん、ありがとう。それと、僕が気を抜いていたせいで迷惑をかけてしまって、ゴメン。)
(いいのよ。樹君が無事でよかった。)
「しかし、『拉致されんように気をつけろ』と言ったじゃろうが。それなのに、サクッと拉致されおって。どうしようもないのう。」
「すみません。」
「済んでしまったことはもうよいのじゃ。これからは気を付けるのじゃぞ。」
「はい。」
(何か変だ。エレナ様がこんなに優しいはずがない。)
「では、この前のお返しをさせてもらおうかのう。」
(やっぱり続きがあった!)
「この前のお返しって。あれ本気だったんですか?」
「当り前じゃ。それに、少し怪我をしていたほうが奴らの悪さを示せるし、今なら奴らのせいにできるからのう。」
美姫さん(エレナ様)は悪そうな笑みを浮かべている。
「エレナ様、ひどい!僕が怪我をしていなくてもいいと思います。」
「そんなことはないのじゃ。いい感じに痛めつけてやるから心配する必要はないのじゃ。」
「『樹を傷つけることは許すわけにはいかん』て麗華さんに言ってたじゃないですか。あれはエレナ様ですよね?」
「ワレ以外が樹を傷つけるのは許さんが、ワレはいいのじゃ。」
「どういう理屈ですか。暴力反対!」
「さて、始めようかのう。」
僕の意見など無視して美姫さん(エレナ様)が僕の方にこれ以上ないというほどのいい笑顔で近づいてくる。
(美姫さん、助けて!)
(ごめんね、樹君。私ではエレナ様は止められない。)
「エレナ様、やめて下さい!」
「観念するのじゃ。」
ボキッ!
1日に2回も意識がなくなるなんて、なんて厄日だ。
(これで、全部終わったのう。)
(樹君は大丈夫でしょうか?)
(腕を1本折ったくらいでは死にはせんのじゃ。)
(すごく痛そうでした。)
(あれでも、ワレの心の痛みよりもずいぶん軽いくらいじゃ。それにきれいに折ってやったからのう。よっぽど下手な治療を受けん限り、完全に元どおりになるじゃろう。)
(よかった。樹君には、今後はエレナ様への物言いに気を付けるように言っておきます。)
(そうしてくれ。では、体を返すのじゃ。)
(はい。今日はありがとうございました。)
屋上の入り口が破壊された音を聞いて教師が屋上に駆け付けたのは、体を返してもらった美姫が樹の上に倒れこんでからすぐのことだった。




