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「照準器が照準を補正して狙撃手を補助してくれるとは言え、樹君は今サラッと凄いことを言いましたよ。」
仮想狙撃訓練施設の入り口から美姫と一緒に入ってきた士紋大尉が言った。
「あれ?士紋大尉はここにいたはずなのに、どうして美姫と一緒に入り口から入ってきたのですか?」
「樹君は狙撃訓練に夢中で気付かなかったのかもしれないけれど、美姫さんとの会話が終わったとの連絡を受けて、美姫さんを迎えに行っていたんだ。」
「それで、士紋大尉から樹が仮想狙撃訓練施設にいると聞いて、私も連れてきてもらったの。」
「そういうことだったのか。」
「美姫さんも来たのね。魔法軍特務師団長 龍野芙蓉少将よ。私は龍野家分家筋の末端に席をおいている身だけれど、美姫さんが亜紀様の養女になったことは好ましく思っているわ。」
「東大附属高校魔法科3年生 龍野美姫です。麻由美大将からも芙蓉少将は頼りになると聞きましたので、よろしくお願いします。」
美姫と芙蓉少将が挨拶をかわす。
「美姫さんも折角ここに来たのだから、狙撃訓練をしてみる?」
「はい。お願いします。」
芙蓉少将は僕にしたように狙撃銃型補助具の説明をした後、伏撃の姿勢を実践してみせた。
「それじゃ、美姫さんもやってみて。」
「はい。」
美姫が伏撃の姿勢をとって二〇七式狙撃銃型補助具を構える。
「的が照準に合ったら、息を少し多めに吸い込んで少し吐き出した後に息を止めて、射線が移動しないようそのまま引き金を真っ直ぐ引き絞るの。」
「はい。」
狙いを定めて、美姫がビクッっとした直後、
パンッ!
魔導弾が発射された。
「ふふふ。僕もあんな感じだったのですね。」
「ふふふ。そうよ。」
美姫の反応を見て、芙蓉少将を2人で笑いを堪える。
「ちょっと。笑うなんて酷い。」
「ゴメン。二〇七式狙撃銃型補助具を初めて使った魔法使いは誰しも最初はそんな反応をするらしいよ。」
「あんな気持ちの悪い感じがするんだったら最初に言っておいてくれたらよかったのに。」
「僕も芙蓉少将から教えてもらえなかったんだ。」
「つまり樹君は私が悪い、と言いたいのね。」
「いえ、そんなことはありません。」
「樹君のときも美姫さんの時も、芙蓉少将閣下は楽しんでいらしたように小官には見えましたが。」
「これは初心者の通過儀礼みたいなものなのよ。」
「そんなことをするから、狙撃手になろうと考える魔法使いが少なくなるのはないですか?」
「士紋君の言うとおりかもしれないわね。これからはちゃんと言うようにしようかしら。」
「二〇七式狙撃銃型補助具が魔力を吸うときの気持ちの悪い感触を受け入れられなくて、狙撃手になりたくないという魔法使いもいるらしい。」
「その気持ちも分からなくないよ。弄られるような感じは好ましいものではないもの。」
「美姫は耐えられそう?」
「我慢できなくない、かな。」
「それは良かったわ。それならもう少し訓練を続けることはできそうね。」
「はい。」
その後、狙撃訓練を続けた美姫はほぼ魔導弾を的に当てられるようになった。
「美姫さんも狙撃手としての適性があるようね。」
「そうですね。樹君の方が命中率は良いようですが。」
「そうなのですか?」
狙撃訓練を終えてこちらに来た美姫が、僕と美姫の成績が映し出されている画面をのぞき込んだ。
「本当ですね。樹の方が的中央の黒い円に着弾がまとまってます。」
「それは樹君の方が照準を合わせてから引き金を引くまでの時間が僅かに短いからでしょうね。」
「どういうことですか?」
「照準を合わせてから標的を”狙って”魔導弾を撃つと、狙うことに意識を持っていかれるためにコンマ数秒引き金を引くのが遅れるわ。その僅かな時間差によって、遠方にある標的や動いている標的への着弾は少しずれてしまうのよ。」
「そうだったのですか。」
「だから、引き金は照準が合った時に無意識または条件反射で引かれなくてならないの。優れた狙撃手は集中力を保って、一連の動作の流れの中で狙撃を行うわ。」
「樹はそれができているのですね。」
「えぇ。普通はそれを訓練で身に着けるのだけれど、樹君は元からできているのだから、狙撃手として素晴らしい才能を持っていると言えるわね。美姫さんも優秀だし、今日は2人も狙撃手として適性のある魔法使いを見つけられていい日だったわ。」
「私も樹に優れた特技が見つかって嬉しいです。」
「さて、私はもう行かないといけないけれど、樹君と美姫さんはもう少しここで訓練していてもいいわよ。」
「ありがとうございます。」
「それから、気が向いたらいつでも来て頂戴。狙撃手としての適性がある2人は大歓迎だから。」
そう言って、芙蓉少将は仮想狙撃訓練施設を出て行った。
「芙蓉少将は『もう少しここで訓練してもいい』と言っていたけれど、私たちもそろそろ帰る?」
「賛成。もうだいぶ長居してしまっているし。」
「そうね。」
「では、寮まで送る車を手配して玄関まで案内しましょう。」
「ありがとうございます。」
芙蓉少将と入れ替わりにやってきた魔法使いに片付けをお願いして、僕たちも仮想狙撃訓練施設を出たのだった。




