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「さて、説明はこれくらいにして、樹君に二〇七式狙撃銃型補助具を使った訓練をしてもらおうかしら。」
「はい。」
芙蓉少将について射撃場へ移動する。
「狙撃時の基本姿勢は、伏撃、膝撃、立撃の3つがあるけれど、今日は長距離用の伏撃を体験してもらうわ。伏撃は最も安定した姿勢だから射撃精度が一番高いの。私がお手本を見せるから、しっかり見ていてね。」
「はい。」
「まずは、伏せた状態から補助具の床尾を肩に当てて、銃床を頬に密着させるの。」
芙蓉少将が伏撃の姿勢を実践してくれる。
「それから、引き金を引く人差し指以外の指で銃把をしっかり握るとともに、補助具を引き付けて床尾を肩に固定する。この時、両肘は肩幅よりちょっと広め、両肩は地面と水平になってないといけないわ。」
「はい。」
「そして標的に向かって照準を合わせ、引き金を引く。」
パンッ!
芙蓉少将が撃った魔導弾は、30mほど先の黒い巨大な箱に吸い込まれ、一瞬だけ光った。
「お見事!ど真ん中に命中です。」
士紋大尉が見ている画面には魔導弾が的の真ん中に当たった様子が映し出されている。
「あの黒い巨大な箱の中には的なんてありませんけど、どこに的があるんでしょうか?」
「ここに来るときに、『仮想空間を利用して狙撃の訓練を行う』と言ったとおり、黒い巨大な箱に見える観測装置が放たれた魔導弾に関する情報を観測・収集して、計算機で弾道を計算して的に当たったかどうか判定を行っているんだ。」
「それに、二〇七式狙撃銃型補助具に取り付けてある照準器も訓練施設の計算機とつながっているから、照準器を覗けば的が見えるわ。今は500m先に的がある設定になっているから、的を外すことはまずないわね。」
芙蓉少将が伏撃の姿勢を止めてこちらに近づきながら言った。
「成程。そうやって、疑似的に距離を稼いでいるのですか。」
「小官も仮想狙撃訓練施設に入ったのは初めてで、知識としては知っていましたが、このように狙撃の訓練が行われていたのですね。」
「えぇ。実戦で得た情報を使って計算機で計算した結果が現実世界の結果と一致するように常に計算方法や計算に使う係数が更新し続けられているから実戦と寸分たがわぬ環境を実現できる、と言いたいところだけれど、やっぱり少し違和感はあるわね。」
「それは周りの環境とかでしょうか?」
「いや、仮想狙撃訓練施設は床面を変形させて地理条件を再現できるし、雨を降らせたり風を起こせるから気象状況も再現して体感できると聞いているから、それはないんじゃないかな。」
「そうね。でも、いくら計算機で精密な計算ができると言っても、無限に精度よく計算できるわけではないから、どうしても計算過程で数値が丸められたりするのよ。熟練してくると、それを違和感として感じるようになるのよね。」
「凄いです。。。」
「普通はそこまで感じられないですよ。」
「誰でも長いことやってればそのくらい習熟するものよ。」
「「・・・。」」
そんなことはない、と思ったが、士紋大尉も同じように感じたようだった。
「さて、次は樹君に実際に体験してもらおうかしら。」
「はい。」
所定の位置に移動し、 伏撃の姿勢をとって二〇七式狙撃銃型補助具を構える。
「初めてにしてはいい姿勢よ。でも、緊張しているのか体が硬いわね。もう少し、気を楽にして寛いだ感じにした方がいいわ。」
「はい。」
「照準器を覗いてみて。的が見えるはずよ。最初は的が小さく見えるけど、的を照準に合わせるようにすると、倍率が上がって大きく見えるようになるわ。」
「はい。」
照準器を覗いて右上に見えた白い的が的を照準に合わせるよう射線を調整すると、的が拡大されて中央の黒い円が見えるようになった。
(視線と焦点距離から倍率を決めているようですな。)
(それで的が拡大されて見えたのですね。)
(そうですな。ワシが生きていた頃にはこのように自動で照準を合わせてくれる照準器はありませんでしたから、便利になりましたな。)
(それを言うのなら、仮想狙撃訓練施設も、ではないですか?)
(それもそうですな。日進月歩と言いますが、技術の進展は著しいですな。)
(同感。)
照準器を覗いている時なら思考伝達をしても露見しないだろう、ということでグレンさんと会話した。
「的が照準に合ったら、息を少し多めに吸い込んで少し吐き出した後に息を止めて、射線が移動しないようそのまま引き金を真っ直ぐ引き絞るの。」
「はい。」
引き金を引くと、ゾワッとした感覚と同時に、
パンッ!
魔導弾が発射される。
「的に掠りもしていないな。」
「ふふふ。」
士紋大尉は画面を確認して結果を伝えてくれるが、芙蓉少将は狙撃時の僕の様子を見て笑っていた。
「二〇七式狙撃銃型補助具を初めて使った魔法使いは誰しも最初はそんな反応をするのよ。ふふふ。」
意味が分かっていない士紋大尉をしり目に、芙蓉少将は笑いをこらえられないでいる。
「芙蓉少将が『二〇七式狙撃銃型補助具の使用を嫌がる魔法使いが多い』と言われていた理由が分かりました。」
「ごめんごめん。補助具から根のようなものが伸びてきて弄られるような感じがしたでしょう。」
「はい。ゾワッとした気持ちの悪い感じがしました。」
「これが、二〇七式狙撃銃型補助具が魔力を吸うときの特徴なのよ。この感触を受け入れられなくて、2度と二〇七式狙撃銃型補助具を使いたくない、という魔法使いもいるけれど、樹君はどうだった?」
「好ましい感触ではないですけど、耐えられないか、と言われればそうでもないと思います。」
「そう。良かったわ。樹君は狙撃手への第一関門は突破ね。」




