10
<18:19>
「さて、時間ですね。」
小太りな兵士は時計を見ながら言った。
「生贄になって頂けるのはあなたでしたかな?」
「えぇ、そうよ。」
小太りな兵士に声を掛けられた晴海さんが立ち上がる。
「生徒の方が効果的だったのですが、まぁいいでしょう。あなたでも政府が態度を変えなければ、今度こそ生徒の中から選べばよいのですから。では、こちらに来て下さい。」
「分かったわ。」
晴海さんが移動しようとしたとき、
「ちょっと待った!」
純一先生が立ち上がった。
「何ですか?」
「私が晴海さんの代わりになる。」
えっ!?
皆が驚いた表情で純一先生を見た。
「今更、女性を生贄にすることに良心が痛みましたか?それとも、魔法使いの世界では女性優位であるため男性が楯となって犠牲にならなけばならない、という文化でもあるのですか?」
「どちらでもない。私よりも晴海さんの方が東大附属にとって必要な人材であると考えたからだ。」
「それは殊勝な考え方ですね。」
(純一先生はこうやって小太りな兵士と会話することで、18時20分まで時間を稼ごうとしているのね。)
(同意。でも、晴海さんと変わろうとするなんて、もし引き延ばせなかったら本当に自分が犠牲になってしまうのに。)
(そうしないと会話を始められないからじゃない?純一先生は覚悟を決めたのよ。)
(ピアリスがおります故、時間切れとなった場合でも純一を守ることはできるでしょうから、何も問題はないのですな。)
(そうね。そうなったら反魔連の兵士も混乱するでしょうから、さらに時間が稼げるわね。混乱して生徒の方に銃が向けられないようにしないといけないけれど。)
(まずはそうならないように、ピアリスには純一に協力してもらわねばなりませんな。)
(分かってるわよ。)
「お前たちこそ、女性を生贄にしようなど良心が痛まないのか?」
「その言葉をそのままお返ししますよ。あなた達魔法使いは善良な一般市民を虐げて良心が痛まないのですか?我々にはそんな現状を良しとせず権力を普通の人に取り戻すという崇高な目的のために行動しているのです。」
「だからと言って、こんな方法が許されるわけではない。」
「暴力には暴力でしか対抗できないのです。そのくらい先生も分かっているでしょう?」
(ワレらにとっても純一が目立っておるこの状況は好ましいのう。)
(そうですね。)
(どういうこと?)
(エレナ様は私と一緒に考えた新しい魔法を使うつもりだからよ。)
(美姫とエレナ様も新しい魔法を考えていたのか。)
(樹が見せてくれた徹甲魔導弾は素晴らしいものだったから、それに触発されて私もエレナ様と魔導弾の改良を試行していたの。)
(美姫は"桜吹雪"という新しい魔法を考えたんだから、更に魔導弾の改良なんてしなくてもいいのに。)
(だって、"桜吹雪"は樹の徹甲魔導弾の二番煎じじゃない。それに、”銃剣系”と”楯系”の2つの魔法の腕輪を使わないけないから、こういう時には不便だと思わない?)
(成程。それで、”銃剣系”魔法の腕輪だけで発動できる新しい魔法を考えていた、と。)
(そういうこと。)
(美姫が試行していた新しい魔法ってどんなの?)
(内緒。)
「では、先生の方で良いですね?」
「あぁ。」
「待って。純一先生が犠牲になることはありません。先程も言いましたように、純一先生には生徒を導くという役割があります。」
「いえ、晴海さん以上の寮長などそうそう見つかりませんから、やはりここは私が犠牲になるべきでしょう。」
「そんなことはありません。純一先生は麻由美大将閣下の従弟で信頼も厚いですから、私の代わりに犠牲になったと聞けば、私が恨まれます。」
晴海さんも純一先生の意図が分かっているため、引き延ばしに協力している。
「やれやれ。生贄になるのを押し付け合うのではなく生贄になりたがるなど、2人は博愛主義者なのですね。しかし、先生が魔法軍司令長官の従弟とは良いことを聞きました。そちらの女性よりも先生の方が見せしめとしての効果がありそうだ。」
「そんなことないわよ。あなたの言ったとおり、魔法使いの世界では女性優位なの。わたしの方が効果があるわ。」
「・・・では、あなたは次の次にしましょう。」
「それじゃ意味ないわ。」
「もう決めたことです。先生、こちらにどうぞ。」
「分かった。」
純一先生は小太りな兵士が指示した位置まで移動した。
「さて、最後に言いたいことはありますか?」
「このことを麻由美大将閣下が知ったら、お前たちのことを容赦しないぞ。」
「最後に何を言い出すかと思えば、そんなくだらないことですか。もうすぐ都市国家東京から魔法使いは追放されるのです。その時には魔法軍司令長官など何もできませんよ。」
「お前たちは麻由美大将閣下の怖さを知らないからそんなことが言えるんだ。」
「ご忠告感謝しますが、これ以上は不毛な議論になりそうですから終わりにしましょう。」
小太りな兵士が手を上げ、純一先生の前に立っていた反魔連の兵士が銃を構えた。




