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今日はジョージ王子がロンドンへ帰国する日だ。
「美姫、世話になった。おかげで東京への短期留学を決めたことが間違いではなかったことを確信できた。」
「それは何よりです。」
僕たちは空港までジョージ王子一行の見送りに来ている。
「半年したらまた来るから、そんな寂しそうな顔はしないでくれ。」
「いえ、全然寂しくはありませんが。」
「美姫はつれないな。」
(ジョージ王子はまだ美姫に気があるのか?)
(それはないと思うよ。二度と結婚の申し込みをしないことを誓ってもらったんだから。)
美姫とジョージ王子が話をしているのを聞いていると、
「君が樹君だな。礼を言うのが帰国間際になって申し訳ない。」
ジョージ王子の護衛責任者と思われる人物が声を掛けてきた。
「僕はほとんど何もしていませんから、礼を言われるには及びません。」
「いや、大きな声では言えないが、樹君がいなければ美姫さんも殿下を探そうなどと考えなかったかもしれない。それに、我々護衛の中から逮捕者が出るなどという事態にならずに済んだ。殿下の体のことは言わずもがな、だ。」
「殿下を見つけたのも機転を利かせたのも美姫です。」
「東京側の警備責任者から報告を聞いて、樹君は目立たないが重要な役割を担っていたのだ、と我々は判断したのだ。なので、改めて礼を言いたい。ありがとう。」
「了解です。確かに受け取りました。」
「それと、これを渡しておこう。」
護衛責任者は金貨を2枚、僕に手渡した。
「これは?」
「我々の協力者である証だ。金貨のように見えるが、中に身分証明装置が入っている。もし、ロンドンに来ることがあって我々を頼る必要が出てきたときには、政府関係者かペンドラゴン家の関係者に見せると良い。我々は君たちに出来る限りの協力をすることを約束する。」
「有難く頂戴します。」
「また会えることを楽しみにしておこう。」
「はい。」
護衛責任者が差し出した手を握る。
「では、失礼する。」
『地球連邦航空公社ロンドン行き97便は只今より搭乗を開始致します。当便をご利用になるお客様は4番ゲートにお進み下さい。』
搭乗開始を告げる案内放送が流れる。
「姉貴は風邪なんかひかないと思うけど、ロンドンは寒いから体調に気をつけろよ。」
「一言多いのはいただけないけど、私のことを気遣うなんて聡は私にロンドンに行ってほしくないのかしら?」
「そんなことあるわけないだろ!さっさと行ってしまえ。」
「ふふふ。聡も元気でね。」
「姉貴も。」
聡も陽菜さんと別れを惜しんでいるようだった。
「美姫、ロンドンに来ることがあったら連絡してくれ。都市内を案内しよう。東京も良い街だと思うが、ロンドンも魔法使いの歴史が感じられる場所が随所にあるからな。」
「ありがとうございます。でも、そんなことをされて、殿下の許嫁の方に怒られたりしないでしょうか?」
「リリーナか、、、大丈夫なはずだ。」
「殿下、美姫様と別れがたいのは理解しますが、お時間ですので搭乗なさって下さい。」
護衛がジョージ王子に声を掛ける。
「分かった。美姫、また半年後に会おう。」
「殿下もお元気で。」
ジョージ王子と護衛たちは搭乗口から飛行機に乗り込んでいった。
「行ってしまったね。」
「飛行機を貸し切りに出来るなんて、何だかんだ言っても王族は金持ちなんだな。」
「安全と時間をお金で買えると思うと、貸し切り費用なんて安いものなんじゃないかな?私たちには縁遠い感覚だけど。」
「同感。」
地上から離れていく機体を見ていると感慨深いものがこみ上げてくる。
「しかし、騒がしい1ヶ月だった。」
「ほんと、そうよね。いきなりの求婚から始まって、あの事件まで怒涛の1ヶ月間だったよ。」
「お疲れ様。」
「樹も。それに、今回はワンちゃんが大活躍だったね。」
「同意。実習の時に『バイロ―を保護したい』と言い出した時にはどうかと思ったけど、美姫には先見の明があったのかもしれない。」
「ふふふ。実習の時にはこんなことになるとは思いもしなかったよ。」
帰ろうとしたときに、聡も空港に来ていることを思い出した。
「聡も陽菜さんの見送りに来ていたみたいだけど、まだ空港にいるかな?」
「あそこにいるみたいよ。ちょっとしょんぼりして飛行機が飛んでいった方向を見ているから、なんだかんだ言って陽菜さんがいなくなって寂しいのね。」
「同感。」
「それじゃ、聡君も誘って夕食を食べて帰りましょう。」
「了解。」
こうして、長かったような短かったようなジョージ王子の短期留学に関わる騒動が終わったのだった。




