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――魔闘会4日後
『美姫ちゃんと樹君から事件の真相について直接話を聞きたいわ。』
という亜紀様からの電文を美姫が受け取り、和香が運転する車に乗って亜紀様の屋敷に向かう。
「ワンちゃん、久しぶりね。」
「ガゥガゥ。」(美姫さん、お久しぶりです。)
検問所をとおるとバイロ―が待っていた。
「お帰りなさいませ。」
「ただいま。」
「やはり、狼魔獣にとっては美姫様が一番のようです。この屋敷で狼魔獣が心を許してくれているのは亜紀様と私だけなのですが、これほどまでに懐いてはくれません。」
屋敷から出てきた左衛門さんが言うように、バイロ―は美姫に撫でられて気持ちよさそうにしている。
「左衛門さんもワンちゃんに認められるなんて凄いですよ。」
「いえ、私は狼魔獣の食事係をしているからだと思います。」
(結局食い気かよ。)
(てへっ。)
「美姫様、亜紀様がお待ちですので、どうぞ中へ。」
「そうですね。ワンちゃん、また後で。」
「ガゥ。」(待ってます。)
道すがら、左衛門さんと美姫はバイロ―の話をしていた。
「ワンちゃんはどうですか?ご迷惑をかけていないでしょうか?」
「あの狼魔獣がここにきてから3人も侵入者を捕まえていますから、迷惑どころか我々が助けてもらっている状態です。」
「お役にたっていて、良かったです。」
「この屋敷は広いですから、どんなに厳重に警備をしても死角ができてしまいます。侵入者もそこを突いてくるのですが、あの狼魔獣が捕らえてくれましたので、被害を出さずに済みました。」
「そうですか。後で私からも褒めておきます。」
「よろしくお願いします。」
「「失礼します。」」
「美姫ちゃん、樹君、いらっしゃい。さあ、座って。」
応接室に入ると、左衛門さんではなく和香が紅茶とお菓子を運んできた。
「和香が入れた紅茶はまあまあね。」
「ありがとうございます。」
「今日の給仕は左衛門さんではなく和香なのですか?」
「これも侍女としての教育の一環なのじゃないかしら。」
「さようでございます。」
(和香のことだから、美姫の給仕をしたくて強引に変わってもらったのかと思ったんだけど違ったのか。)
(亜紀様もいるんだから、さすがにそれはないと思うけど、私も不安だったからつい聞いてみちゃった。それはそうと、樹は和香のことを”さん”付けで呼ばなくなったんだ。)
(肯定。和香から『そろそろ私のことを和香と呼んで頂きたく』と懇願されたから、努力しているところ。)
(そうだったんだ。私も最初は違和感があったけれど、直ぐ慣れるよ。)
「さて、今日来てもらったのは電文したように、美姫ちゃんと樹君から事件の真相について直接話を聞きたいからなんだけど、話をしてくれる?」
「はい。」
美姫が魔闘会を棄権して恭介少尉に会うまでの話をした。
「地下の爆発音に気付いたから、美姫ちゃんたちは魔闘会を棄権したわけね。あんなに熱望していた魔闘会の優勝を捨ててまで、魔導壁発生装置が奪われるのを阻止してくれたことには、魔法使い全員に成り代わって感謝するけれど、美姫ちゃんの親となる身としては危険なことは避けてほしいわ。」
「はい。でも、あの時は居ても立っても居られなかったので、、、」
「そういうところは麻紀にそっくりね。」
「母もそうだったのですか?」
「えぇ、体が弱いくせに無駄に行動しようとする意志だけは強くてね。私や圭一がそれをおしとどめるのに苦労したのもいい思い出だわ。」
感慨深そうな言い方だった。
「魔導壁発生装置がある部屋は国防軍が厳重に警備をしていることは知っていたのに、どうして美姫ちゃんたちは地下に行こうと決めたのかしら?」
「そうしなければならない気がしたからで、理由は私にも分かりません。すみません。」
「そう・・・。」
亜紀様が何か考えながら美姫の方を見つめている。
「あの、やはり明確な理由が必要なのでしょうか?これ以上のことは何もないのですが、、、」
「私は美姫ちゃんの答えに納得しているわ。多分、美姫ちゃんにも囁く者がいるのね。」
「どういうことですか?」
「ううん、何でもないの。気にしないで。」
(やはり、ワレの存在に気付きかけているようじゃのう。)
(エレナ様のことを言わないといけないでしょうか?)
(まだ確信を持っているわけではなさそうじゃから、まだ不要じゃろう。)
(分かりました。)
(『美姫ちゃんにも』と亜紀様が言われたということは、亜紀様の中にもエレナ様やグレンさんのような存在がいるのでしょうか?)
(どのような存在かは分からぬが、確実じゃ。しかし、それを知ろうとするとこちらのことも分かってしまうやもしれんから、今は静観しておる方が良いじゃろう。)
(了解です。)
「それに侵入者の中に、実習の時に美姫ちゃんたちの班の護衛をしていて行方が分からなくなっていた恭介少尉がいたなんてね。偶然とは思えないわ。」
「はい。私たちもそう思っています。実習での出来事が魔導壁発生装置を奪うための準備であったのか、結果として連れ去った恭介少尉を有効活用しようとしたのかは分かりませんが。」
「私も美姫ちゃんと同じような考えよ。問題は、それを仕組んだのは誰か、よね。」




