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「では参りましょう。」
キリっとした表情に戻した和香さんについて、病室を出た。
(和香さんって、魔法能力喪失者なんだっけ?)
(そうだけど、どうしたの?)
(動きに隙が無い気がするから、そういう訓練を受けたのかな、と思って。)
(それは私も思った。)
(それと、和香さんも征爾さんと同じように魔法能力を回復させたいと思ってるんだろうか?)
(どうなんだろう?後で聞いてみるね。)
寮へと向かう車の中で美姫が和香さんに尋ねた。
「和香は、魔法能力を回復させる方法があるとしたら試してみたいと思う?」
「そうですね、、、昔なら試したいと思ったかもしれませんが、今はそうでもないです。私はもう28ですから、今更魔法能力が回復したところで子供を産む道具としてしか扱われないでしょうし、このままの方が良いです。」
「そう。」
「それに、夢だった美姫様の侍女になれたのですから、それを放棄する気はありません。」
「そうなの?」
「はい。こうして美姫様にお仕えすることが私の本望なのです。ですが、美姫様の侍女であるにもかかわらず、何故私はスーツ姿なのでしょうか?侍女は侍女らしく侍女服を着ていていなければならないというのに。」
「和香は侍女服で迎えに来ようとしたりした?」
「はい。私は美姫様の侍女なのですから侍女服を着るのは当然ではありませんか。どうして左衛門様はそれが分からないのか不思議でなりません。」
和香さんが意味不明なことを言っている。
(左衛門さんが止めてくれたのね。良かった。)
(どう見ても、和香さんって大丈夫じゃない気がするんだけど、どうしてこんな人を採用したんだろう?)
(きっと侍女服にこだわりがあるだけで、仕事はできる人なのよ。)
(そうだといいんだけど。)
「どうして美姫の侍女になるのが夢だったんですか?」
「私は、魔法能力喪失者の烙印を押された後、流川家へ移り、左衛門様の下で厳しく指導されていましたから、美姫様がお生まれになってから亜紀様が元気を取り戻していかれる様子も見ておりましたし、重たい空気が取り払われ、雰囲気が明るくなっていくのは嬉しいものでした。ですから、私たちに再び希望を与えて下さった美姫様に仕えられるのは存外の喜びなのです。」
「そうだったんですか。」
「はい。樹様のことも伺っていますので、今後とも宜しくお願い致します。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
寮に戻った後、服を着替えて出てくると、美姫も服を着替えていた。
「あぁ、着替えられてしまったのですね。」
和香さんは少し残念そうだ。
「こっちの方が着慣れていて楽だからで、あの服が嫌だったわけじゃないよ。」
「分かりました。今後は私の好みを取り入れつつ、美姫様のご要望に沿った服をご用意致します。」
(今、『私の好みを取り入れつつ』って言わなかった?ちょっとおかしくない?)
(同感。やっぱり、あの服は和香さんの趣味だったんだ。)
(そうみたいね。和香には悪いけど、できるだけ自分で選ぶようにしよう。)
「それじゃ――――」
ひゅんっ!
美姫が声を掛けようとしたとき、和香さんが目に止まらぬ速さで何かを投げた。
「何?どうしたの?」
「美姫様に高速で接近する物体がありましたので、排除させて頂きました。単なる虫のようですので、ご安心下さい。」
「ありがとう。でも、虫くらいなら気にしなくてもいいのに。」
「いえ、最近は虫型の遠操機で要人を狙う、っといったことも聞きますので、美姫様の安全を最優先に行動するよう言われております。」
(今の和香さんの動き、って普通の人間にできる動きじゃない。)
(まるで身体強化を使った魔法使いみたいだったね。それに殺気も感じなかった。)
(でも、和香さんは魔法能力喪失者なんだし、身体強化なんてできないはず。)
(魔法能力喪失者でも稀に身体強化をすることができる者はいるのですな。)
何時もながらのグレン博士の登場である。
(そうなのですか?)
(はい。魔法能力喪失者は魔法使いになるほどの魔法能力を有していないだけで、常人よりは魔力の保有量が多いのですな。そして、魔法能力喪失者の中に稀にですが魔力のとおりが良い身体を持った者がおり、その者が特殊な訓練を受けることで身体強化を行うことができるようになるのですな。)
(では、和香さんは身体強化を使えると。)
(そのようですな。恐らく、あの者が美姫さんの侍女に選ばれた理由はこれでしょうな。)
(成程。性格を除くと、護衛としては適任に思えます。)
(それと、美姫さんであれば、あの者を止めることができるからでしょうな。)
(どういうことですか?)
(『魔法能力喪失者は魔法使いの警護をするという名目で身近においておく』と言うことを聞いたことはありませんか?)
(百合子さんからそんな話を聞いたことがあることを思い出しました。)
(あれは実力のある者の身近において監視することで、魔法能力喪失者が逃げ出したり反抗したりするのを抑止する、という意味合いもあり、魔法使い自らが手綱を握らなければならないこともあるのですな。)
(そうだったんですか。)
(このことは広く知られない方が魔法使い側にとって都合が良いため、隠しているわけではありませんが、公にはされていませんな。)
「どうかなされましたか?」
和香さんは美姫が急に黙ったのが気になったようだった。
「ううん。何でもないの。それじゃ、行きましょう。」
「承知致しました。」
再び車に乗り込み、僕たちは東京シールド外縁に向かった。




