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「樹君は魔法実技に苦労しているようだけれど、魔法使いの家系出身ではないし高校からの編入だから当然と言えば当然だから、今は鍛錬に集中して魔力の使い方に慣れるしかないわね。」
「生徒会長も魔法使いの家系出身ではないので、入学当時は魔法実技に苦労されたんでしょうか?」
一瞬、生徒会長が思案するような仕草を見せたので、
(嫌な事を思い出させてしまったかな?)
(流石に完璧な生徒会長も最初から何もかもできたわけじゃないのね。)
と、思ったのだが、
「樹君、私のことは生徒会長なんてよそよそしい呼び方ではなく”百合子”でいいわよ。」
生徒会長は意外な発言をした。
「??」
「私のことは”百合子”と呼んで頂戴。」
「百合子先輩?」
「百合子”さん”。」
「百合子さん。」
「それでいいわ。美姫さんも同じように呼んでね。」
(何が『美姫さんも同じように呼んでね』よ。思案したのが呼び方のことだったなんて、心配した私たちがバカみたいじゃない。)
(同感。でも、どうしていきなりあんなことを言い出したんだろう?)
(分からないけど、ろくでもない理由な気がする。)
「それで、私が魔法実技に苦労したか、って話だったわね。私は中学から東大附属の入学で、まだ周りの生徒もあまり魔法を使い慣れていないこともあって、魔法実技に苦労したというほどのこともなかったわ。」
「やはり中学からだとそんなに差がつかないんですね。」
「百合子さんに魔法使いの才能があった、と私には聞こえましたが?」
美姫さんが不機嫌そうに言った。
「それは、魔法使いの家系出身ではないといっても、私の場合は樹君とは少し立ち位置が違うからよ。」
「どういうことですか?」
「私の母方の曾々々々祖母の生まれが”西城”だったかもしれない、って言えば分かるかしら。」
「西城家って六条家の名落ち家系じゃないですか。そうすると、普通に百合子さんは魔法使いの家系出身ということになるはずですが。」
僕も同じことを言おうと思ったが、美姫さんの方が早かった。
「それに『だったかもしれない』ってどういうことですか?」
「私の曾々々々祖母が、言いにくいからもうご先祖様でいいわよね、魔法能力喪失者だったとしたら?」
「魔法能力喪失者ですか?」
「魔法使いの両親から魔法能力を有しない子供が生まれることがあるのよ。それが魔法能力喪失者。ご先祖様には生まれつき魔法能力がなかったから、ご先祖様の両親は普通の生活をさせてあげたいと考えたのね。だから、ご先祖様は自分が魔法使いの家系だということを知らなかったようなの。」
(魔法能力喪失者は魔法能力に対するアルビノみたいな感じなのかもしれない。)
(色素ではなくて魔法能力が無くなるわけだから、樹君の例えも言い得て妙だね。)
「それだったら、百合子さんは魔法使いの家系出身ってことじゃないですか。」
「それに、百合子さんのご先祖様が自分が魔法使いの家系だと知らなかったとしても、戸籍を調べれば魔法使いの家系だと分かりそうなものですが。」
「ご先祖様が生まれたのは第一次悪魔大戦の終戦年だったから、かなり混乱していた状態だったようなの。だから戸籍をごまかすことが容易だったのかもしれないわ。」
「それはあり得ますね。」
「第一次悪魔大戦では亡くなった乳幼児も多かったと授業で習ったので、戸籍を取り換えるのも簡単だったのかもしれません。」
「魔力検査で分かった私の魔法系統が”大砲系”だった、ということもあって、六条家の調査官が私の家系を辿っていったら、私のご先祖様の戸籍に若干不自然な箇所が認められたのよ。それ以外には手掛かりとなるようなものは見つけられなかったから、私のご先祖様は魔法使いだったのではないか、という結論に至ったの。」
「魔法使い御三家である六条家が調べても見つからないんだったら、それ以上は無理な気がします。」
「だから、私は記録上は一般人だけど、隔世遺伝で魔法能力が回復することはあるから、私も隔世遺伝による魔法能力回復者ではないか、と言われている、というわけ。」
「そうだったのですか。」
(百合子さんも魔法使いの家系出身ではないことでいろいろ面倒ごとに巻き込まれて大変だったんだろうな。)
(樹君も同じように家系を辿って調べられているのかもしれないよ。)
(僕の場合は調べているとしたら龍野家か。百合子さんと違って調べても何も出てこないけど。)
(そうね。樹君が魔力検査に合格したのは、エレナ様のお陰だものね。)
「魔法能力喪失者に魔法能力回復者ですか。初めて知りました。」
「一般の人にはあまり知らされていないことだから樹君が知らなくても当然ね。魔法能力喪失者は魔法使いになれる可能性を秘めた遺伝子を持っているから、その遺伝子が広まらないよう一般人として暮らすことが許されていないの。だから、魔法能力喪失者は魔法使いの警護をするという名目で身近においておき、最悪魔法使いの身代わりにさせられるのよ。」
「ひどい扱いですね。」
「だからこそ、ご先祖様に魔法能力がないことが分かった時点で、普通の人間として暮らせるように工作をしたのではないかしら。」
「確かに、魔法能力喪失者として虐げられて生きるよりは、普通の人間として暮らしたほうが幸せになれそうです。」
(魔法能力喪失者は魔法使いの陰の部分よね。)
(同感。それにしても、特定の遺伝子を持っていても魔法使いになれないのか。)
(そうね。XYの染色体を持つけど女性として生まれてきた、みたいな感じなのかな?)
「先程『魔法能力喪失者は魔法使いになれる可能性を秘めた遺伝子を持っている』と言われましたが、遺伝子を持っているだけでは魔法使いになれないんですか?」
「そうよ。遺伝子以外にも魔法使いになるために必要な要素があるらしいの。」
「その要素って何なんでしょう?」
「まだ正確には分かっていないけど”胎児が育つ過程で母体から受ける影響”というのが有力ね。」
「でも、隔世遺伝で魔法能力が回復することはあるんですよね?」
「そうよ。」
「『遺伝子だけでは魔法使いになれない』ことと矛盾しませんか?」
「それは、隔世遺伝で発現するのが”母体が持つ魔法使いの胎児を育てるために必要な要素”ってことで説明できるんじゃないかしら?」
「なるほど。一応理解はできました。」




